5 AI‥‥あい‥‥アイ
「こちらがフレデリカ様のお部屋になります」
そう言われて連れてこられたのは3階建て屋敷の最上階にある部屋だった。
「わあ〜!」
自然と感嘆の声が漏れる。実家の3倍の広さはあるのではないだろうか。
白いカーテンからは夕日が差し込みオレンジ色に部屋が彩られている。昼ごろ出発したため、もう日が暮れようとしていた。
窓辺には机と椅子があり、ティータイム時にはここで楽しむのも良さそうだ。
奥には大きな天幕付きベットがある。私がもう10年ほど若ければベットの上で跳ねて遊んでいたかもしれないほどふかふかだった。
他にも執務机やクローゼット、鏡台など置かれているがどれも私好みのシンプルなデザインだった。
「フレデリカ様は派手なデザインよりも単一色の統一感あるデザインのほうがお好きだと伯爵家の方より伺いました。もし、お気に召さないものがありましたら交換致しますので遠慮なくおっしゃってください!」
なるほど、事前に情報共有されていたのか。
にしても元気よく説明してくれる侍女のアリーからは「私が監修しましたっ!」って感じがひしひし伝わってくる。とても可愛いし見ていて面白いかもしれない。
「ありがとう、問題は特に無いです。ただ、お部屋の広さに驚いてしまって」
「3階のお部屋は全4室あって全てがこの広さなんです。改造すれば部屋の連結も可能になっているんですよ!ちなみに旦那様のお部屋は2つ隣です!」
「へえ、そうなんだ。この部屋はアリーが整えてくれたの?」
「はいっ!そうなんです。フレデリカ様、よく分かりましたね」
「貴方はいつも、顔に全て描いてあるからでしょ?」
「え、ホント!うーんそんなことは‥‥」
もう一人の侍女であるマリアがツッコミを入れる。この二人は仲が良いようだ。
「申し訳ありません、フレデリカ様。マリアは顔にすぐ出てしまう性格で‥‥」
「大丈夫よ、気にしてないから」
「フレデリカ様、今日はもう疲れたでしょうからお召し物を変えませんか?何着か私共の方で動きやすいものを揃えておきました」
「ありがとう。この後は何か予定があるの?」
「夕食が2時間ほど後に出来上がるのでそれまでお茶を飲みませんか?夕食後は湯浴みをしたら就寝です」
社交の場としてお茶は飲むが日常的には飲まないのであまり馴染みはない。しかし二人と話せるのならば楽しそうだ。
そうして私は重い正装用ドレスやコルセットを外し、窓辺の椅子に座った。
用意されていた服の中からクリーム色のワンピースを選んだ。生地が柔らかく動きやすいため身体によく馴染む。
紅茶を用意してもらったが、せっかくだから親交を深めようと2人もお茶に誘うと戸惑いながらも紅茶を用意して椅子に座ってくれた。
「本当はこういうこと使用人はしてはいけないんですよ!だからフレデリカ様、秘密です!」
「もちろん、私が誘ったんだから」
駄目だと口で言いながら、マリアはニコニコと顔を綻ばせる。
「私、今日公爵様と対面して社交界での印象や評判とすごく違う印象を受けたんだけど、屋敷ではいつもあんな感じなの?」
この機会に公爵様や屋敷の情報は手に入れておきたい。気さくな2人なら教えてくれる内容も多いはずだ。
「あ、驚かれましたよね。屋敷ではいつもあんな感じですよ!」
「あの仮面に惚れる令嬢も多いため、婚約願いが季節ごとに数十件届きます」
「そうなんです!旦那様、今まで全ての申し込みを断ってきましたから、今回フレデリカ様が来てくれて私共の仕事が1つ減ったし、このまま独り身だったらどうしようかと話していたので本当に安心したんです!」
やはり、全ての申し出を断っていたにも関わらずヴェーガル伯爵家は選んだということは、目的が奇才であるので間違いないだろう。
また、ベリックお兄様が第一王子派にいるため家ごと派閥に取り込みたい思惑もあるはずだ。
「私なんかが公爵様と釣り合うか分からないけど、精一杯仕事はするね」
「そんなに気を負わなくて大丈夫です」
「まずはお屋敷になれる方が重要です!」
2人はにこやかにそう言う
「‥‥1つ気になったのですが、一体旦那様とはどこで愛を育まれたのですか?」
「今まで旦那様に関してそのあたりの話題は全く出てなかったので、私共も急な決定に驚きました」
2人が目を輝かせながら聞いてくる。
AI‥‥‥あい‥‥‥アイ‥‥‥愛‥‥‥‥‥
愛ですと!
いやいや、一体何を言ってるのか。政略結婚に愛などあるわけないだろう。何を勘違いしているのだろうか。
「いやいや、公爵様とはそんな関係じゃないよ。きっと、我が家の立ち位置だったり能力的なもので選んだんだって」
「うーん、そうでしょうか」
二人は私が公爵様と恋仲にあるのかまだ疑っているようだが、挨拶をした程度の人とどうやって恋仲なんぞになるのだろうか。誤解も良いところである。
「能力と言えばフレデリカ様のご家族は代々優れた貢献を果たしてきましたが、フレデリカ様は何かあるのでしょうか?」
「あっ、それ気になってました!実は、ヴェーガル伯爵家ってあまり性格に関していい話が無いのでフレデリカ様も凄いクセの強い人だったらどうしようと身構えていたんです」
うん、この質問来ると思ってた。どう答えようか、一層才能なんて持ってないことを話すべきか。
うーむ、うーん、うーぬ‥‥‥
「フレデリカ様?」
黙ってしまった私を心配そうにアリーが顔を覗き込む。
「ああ、ごめんね。私は基礎的なものは大体出来るよ」
「あ、なんでも卒なくこなせるタイプですね!羨ましいです、私はあまり要領が良くないので」
基礎だけでは駄目なのである。
1番上の騎士の兄様は史上最年少で騎士団重役に上り詰めた。
2番目の兄様は新しい魔法構築方法を確立して今では第一王子付きの側近にいる。
3番目の姉さまは、旅をする中で新種の植物を次々と発見し学園の教科書に載っている。
4番目の兄様は修行先で王族からの依頼を取り付け、商会の業績と知名度を一気に上げた。
5番目の姉さまは美術学会で最優秀賞を5回連続で受賞し最年少で殿堂入りを果たした。
一番下の弟は歩く図書館と呼ばれ、学園1年目にして各機関のスカウトを総なめにしている。
私だけが中途半端で、取り残されている
何も持っていない、持てていない
熱中出来るものがない、出会えない
私だけが武器を持てない