4 圧迫面接
私は全身全霊を持って感情が表に出ないように笑みを深めながら公爵様の瞳を見つめる。
公爵様は全てを見透かすような、それでいて何か値踏みをするような金色の瞳を肩肘を付きながら無表情にこちらを見ている。
あれ、社交界の印象と全然違う。何ならすごく怖いのですが。
というかいつまでこの視線の戦いを繰り広げる必要があるのだろうか。
感じたことのない圧に耐えながら私は必死に笑顔をつくる。手が震えそうになるがぐっと力を込めて、自身の立っている鳥肌を脳で全力無視する。
ぽたりぽたりと私のグラスに水が溜まる。
この緊張で私の若葉色の髪が枯れ葉色になりそうだ。
「ふっ」
公爵様が1つ息を吐いた。それだけで先ほどまでの緊張した雰囲気がいくらか和らいだ気がした。
「失礼した。私はムニリア公爵家当主カノンだ。今回、フレデリカ令嬢との縁ができたこと誠にうれしく思う。早速だが今後の予定を説明する」
公爵様は後に控えてた執事さんに目線を向けると席を立ち、執務机の前にある長椅子に座った。
私も促されて反対側に腰を下ろす。緊張で身体が震えているが絶対に気づかれてはいけない。お腹に必死に力を込めた。
無表情だがこの姿が素なのか、夜会の姿が素なのか理解しかねる。
なにせきっと私は見定められているのだから。
執事さんから資料をもらって目を通すと披露宴の夜会までの予定表が詳しく記載されていた。
先ほどまでの圧は感じないが気は抜けない。姿勢を正し呼吸を密かに整える。
「まず、正式なお披露目は3ヶ月後だが、それに伴う招待状は既に各貴族に送ってある。そのため返答の手紙や贈答品が既に届けられているためいずれ仕分けてもらう」
「分かりました」
「確認に対しては執務を担当している使用人をつけよう。私も最終確認を行う」
「ありがとうございます」
ちゃんと指導と確認をしてくれるらしい。私になど時間を割かなくてもいいのにと思う一方、何も分からない状態で失敗する方が迷惑だと思う自分もいる。そして招待状はもう送っているとのことだから速攻の破談はないと見ていいだろう。
「次に披露宴の服についてだが」
「ああ、それはヴェーガル家に任せてもらえないでしょうか」
ダーネル兄様に頼まれた件である。公爵様は眉を少しひそめて資料から顔を上げた
「何故だ?」
「我が家に服飾関係に強い兄がいるのです。彼がぜひ今回のデザインを担当できないか申し入れがありまして」
「なるほどな」
公爵様は少し考えているのか数秒目を閉じた
「案はいつ頃提出できる?」
「手紙を出せば明日にでも。数パターンほどもう試作を作っていたので実物を見て選び、直すことも可能です」
「期間は?」
「材料費さえ出していただければ1カ月ほどで」
「ほう、早いな。質はどうだ?」
「貴族御用達の商会で修行していた時期があります。それと同等は確実かと」
「この提案は公爵家と伯爵家の関係を強く結びつけるものとなるが中立派を維持してきたそちらにとってはどう考えてるのか」
「父が決めた婚約です。服装に関して兄が口を出すことは容易に想像つきます。織り込み済みでしょう」
公爵様はボソリと「ベルエルさんか‥‥」と呟き少し黙る。
「‥‥‥‥分かった、3日後だ。ここに呼べ」
「ありがとうございます」
なんとか交渉は成功だ。商人でもないのに、大口顧客からの交渉に成功したような気持ちになる。
「後は披露宴での招待名簿だ。当日までに覚えておけ」
「分かりました」
さっと目を通すがさっと200人以上いる。さすが公爵家。場所も王宮大広間と王室主催の夜会のようだ
ん、王宮?え、王宮でやるの!?
「あの、これ開催場所が王宮なのですが‥‥」
「人数が人数だからな。というか全公爵家の披露宴は全て王宮で取り仕切られているはずだが」
「他三家は既婚者か学園に通う年齢の方々しかいないので存じ上げませんでした」
「確かにそうだな」
なるほど、考えてみれば収容人数200人超えの会場が王宮以外無かった。
失念していた。あんな大きな場所で行うなんて、胃が持つだろうか。考えただけでキリキリしてきた。行きたくない、面倒なことが容易に想像できる。
「問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
カッコ今のところカッコ閉じ
最大限の社交用スマイルを作り答える
「最後にこれからフレデリカ専属になる侍女を紹介する。入れ」
「「失礼します」」
入ってきたのはどちらも若い侍女さん達だった。というかそっか、専属の侍女さんが付くのか。
家では姉弟達が実験器具や布や絵の具にお金を湯水のように使っていくので使用人に割ける余裕がなかった。そのため侍女という概念を失念していた。
「お初にお目にかかります。この度フレデリカ様の専属侍女を担当させていただきます。マリアです」
「同じくアリーです」
マリアはブラウン色の髪を肩辺りまで伸ばし内側にふわっと巻かれている。瞳も同じ色で背筋を伸ばした姿はとても清楚な印象を与えている。
アリーは桃色の髪をうしろで高く結び濃い赤の瞳をこちらにキラキラした様子で見つめている。
「二人とも、これからよろしくお願いします」
身の回りを手伝ってくるのだからこちらも誠意を見せなくては。立ち上がって礼をする。
「「‥‥‥‥」」
ん、反応がない。もしかして何か悪いことをしてしまったのか‥‥
恐る恐る顔を上げると二人は「はっ」としたように頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
「精一杯お勤めさせていただきます」
どうやらきっと大丈夫そうだ、と信じたい。
「あと侍女は5名、執事は3名いる。他にも騎士や料理人、庭師など多くいるがおいおい紹介する。今回ここまで案内したダルクは筆頭使用人のため問題が起きたら彼か私に連絡するといい」
「分かりました」
「挨拶が遅れました。筆頭使用人を務めさせていただいております、ダルクです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ダルクは見た目は4,50代といったところの薄い黄土色の髪を耳辺りまで揃えた紳士を体現したような人だ。
ただ隙がない。公爵様もそうだと思うが何か武術は会得しているはずだ。
「これで以上だ。部屋は整えてあるので侍女に案内してもらうといい」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
「ああ」
私は長椅子から立ち上がり礼をして部屋を出る。
公爵様は最後まで無表情で最低限の言葉しか喋らなかった。
あー疲れた。何あの圧迫面接みたいなものは。ベリック兄様が昔王宮雇用試験でされたって言ってたけど、あの心身擦り削られる感覚をよく理解出来た。
というかあれが私の旦那様になるんでしょう?
これから全てあの圧で対応されたら胃に穴が開く可能性が大いにあるかもしれない。
じわりと目頭が熱くなるが、それを何とか私はこらえた