3 話が違う
馬車に揺られること3,4時間。ついに公爵家に到着した。
もともと我が家は辺鄙な森の中にあるため貴族街から離れてる。そのため、結構時間がかかってしまった。お尻が痛い。
馬車を降りると、執事さんが出迎えてくれていた。
「お待ちしておりました。フレデリカ様。お疲れのところ申し訳ありませんが、旦那様がお待ちです」
「出迎えありがとうございます。ヴェーガル伯爵家が三女フレデリカです。公爵様のもとへの案内よろしくお願いします」
私はできる限り丁寧に優雅に見えるように礼をする。スパルタ教育で礼儀作法を教えてくれたお母様に今だけ感謝したいくらいだ。
顔をあげると執事さんが案内を始めたので私はそれに続く。作法の及第点はもらえたと思いたい。
それにしても敷地が広い。屋敷以外全部庭園といえるのではないか。加えて正面にそびえ立つ屋敷の圧巻さ。ムニリア公爵家は何百年以上の伝統と格式を持つ貴族だ。この建物一つだけでもそれを物語ってる。
現当主のカノン様は夜会で何度か挨拶をした程度だが、人当たりがよく物腰が柔らかい印象だ。社交界でもおおむね評判は良い。逆に今までよく所帯を持たずにいたくらいだ。
彼は今は、第一王子付き文官として働きながら当主の仕事をしていると執事さんが教えてくれる。有能なことだ。
ちなみに余談だが、私の二番目のベリック兄さまも第一王子付き文官だ。3人は学園の同級生であり友人らしい。兄さまから友人談を聞いたことはないけれども。
そんなことを思いながら屋敷の中に入ると部屋の多いこと多いこと。一体だれが住んでなにを仕舞っているのか気になるところだ。
窓から床まで埃一つ見えない磨き上げられた廊下。前を歩く執事さんもそうだが、使用人達の質の良さが伺える。
ただ、そこまで流ちょうに周りに気を向けている暇はない。これから侯爵様と顔を合わせ、住まわせてもらえるだけの価値を提供しなくてはいけない。もし、対面そうそう出ていけなど言われたら私は面目丸つぶれである。
これは、政略結婚なのだから
しかし、私に特出した才能がない以上どうしたら良いものか。
通常の教養を身に着けた身分の高い貴族令嬢など、私以外でもいくらでもいる。
しかし、あえて伯爵家から、しかも奇才家からの申し出を受けたのだから求めているものは1つしかない。
そうこうしているうちに目的の部屋らしき場所にたどり着いてしまった。
もう胃が痛くなってきた。帰りたい、私に務まるとは思えない気がしてきた。心臓がバクバクと音を立てて、先程まで風景を見て考えないようにしていた現実が一気に流れ込んでくる。
「フレデリカご令嬢をお連れしました」
「入れ」
執事さんが扉を開けるのと同時に私は大きく息を吸い深呼吸をして礼をする。
「ヴェーガル伯爵家が三女、フレデリカでございます。今回はムニリア公爵様のご配慮によりこの縁ができたこと、誠にうれしく思います。公爵様のお役に立てるよう全身全霊をもって役目を果たしていく所存でございます」
「顔をあげろ」
緊張が顔に出ないように私は体を上げる。
執務室の机とおぼしきものには大量に書類と本が積み重なっている。その中央には透き通った鼻に整った輪郭、耳のあたりでそろえられた黒髪。金色の瞳は月のように輝きこちらを見据えているのは、ムニリア公爵家現当主カノンであった。
ただ一点、フレデリカの記憶と違うのは、夜会で令嬢達から声を掛けられ柔和な笑みを浮かべていた姿はどこにもなく、ただ無表情で冷淡にこちらを見つめていることだった。