11 虐待ダメ絶対
おはようございます。朝でした。
昨日は布団に入ったら直ぐに寝てしまった。やはり寝具の質の違いなのだろうか。お高いものすごい。
今日もアリーに朝の支度を手伝ってもらい、食堂へ向かう。私はそこまで深窓の令嬢として育てられていないので支度の手伝いは必要ないが、アリーも仕事を奪うのは少々心苦しかったので大人しくしていることにした。
「おはようございます、公爵様」
「ああ、おはよう」
昨日と同じように公爵様は既に朝食を食べるのを始めていた。私も昨日と同じように美味しく頂く。
今日は料理人達に挨拶とお礼を言いに行こうかな。加えて昨日、仕事中にアンに屋敷裏の訓練場では毎日公爵家の私兵が訓練をしている事を聞いたので見学にも行こう。
今日の予定を考えながら無言の朝食を済ませていく。すると今日は公爵様が話しかけてきた。
「先日の披露宴ドレスの案件だが、昨日そちらから承諾の手紙が届いた。明日は朝一で出発するとのことなのでそのように動け」
「分かりました」
「それと‥‥」
公爵様が食事の手を止め、長い脚を組む。それだけでとても様になる。肖像画を作ったら公爵様ファンに高値で売れそうだ。
「昨日、ディーカと名乗る臨時使用人が掃除班に配属されたと報告を受けた」
「そうなんですね」
私は笑みを浮かべる。
まあ、公爵様に報告がいくのは想定内だ。問題は彼がどのような判断を下すのか。
貴族令嬢たるもの相応しくないと禁止するのか、はたまたこれが私の能力なのかと誤解するのか、違う業務を言い渡すのか。
何も考えなしに臨時使用人をしたのではない。公爵様が私の行動をどう受け取るかで彼の目的を推測しようという狙いもあった。
「担当の使用人の報告を聞いたが業務態度、技術、姿勢全て使用人として高評価だった。これに関してだが‥‥」
空気が緊張し、冷たく感じる。実際賭けに出てはみたがこれで婚約解消・支度金返却となったら家族にどう説明しようか。
「お前は、伯爵家で使用人紛いのものをさせられ、虐げられてきたのではないか?」
「‥‥‥‥‥えっ?」
使用人紛い‥‥‥虐げられる‥‥‥
‥‥確かに!普通の令嬢が使用人の仕事を完璧にこなしたらそう誤解されてもおかしくないかも!?
「いえ、全く。家族仲は良好ですし虐められた経験は一度もありません」
「そうか?」
金色の瞳がこちらをじっと見つめる
すごい疑っているのでは‥‥‥そんなに見つめられると居心地が悪いのですが‥‥
「最高神に誓ってそのような事実はございません。昨日は、使用人達と仲を深めようとあの様な行動に出ました。臨時使用人ディーカは他では得難き経験をすることが出来ましたよ」
公爵様の瞳を見つめ返しながら私は笑う
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥そうか、杞憂だったようだ。失礼した」
「誤解が解けて良かったです」
心臓がバクバクとうるさく暴れる。真顔で居られる自信が無かったため、思いっきり口の中を噛み、痛みでどうにか誤魔化した。
その後は終始無言のまま食事を終え、私は部屋に戻った。
結局何故我が家からの申し出を受けたのか分からず終いだった。しかし、そっか。あまり令嬢らしからぬ行動を取ると伯爵家の信用を落とすことになるのか、気をつけたほうが良さそうだ。
ただでさえ、我が家は価値観がズレでいる事が多々あるのだから。
「今日も、臨時使用人として行動するのですか?」
アリーが部屋に来て、今日の予定を尋ねる。
「うーん‥‥‥今日はいつも美味しい料理を作ってくれる料理人達に挨拶をして、私兵の訓練を見学に行きたいと思っているんだ」
「分かりました!そろそろ彼らは片付けを終えて休憩時間なので比較的忙しくないと思いますよ。訓練は今日午後からだと連絡が入ってるので後で向かいましょう!」
「分かったわ、行きましょうか」
調理室は食堂の隣にあった。実は2つの部屋は直通となっており料理の出し入れはそこから行われていたらしい。
アリーが厨房に入り、状況確認をしてくる。
「ジルさん、モニカさんいらっしゃいますか?今大丈夫ですかー?」
「ええ、問題ないよ。どうしたの、アリーちゃん」
「あ、モニカさん。実はお二人に挨拶したい方がいらっしゃいましてね。入って大丈夫ですよ!」
呼ばれたので中に入る。
「こんにちは、モニカさんで良いのかしら?私、この度ムニリア公爵家の婚約者となり住まわせて頂くこととなったフレデリカです。いつも美味しい料理をありがとうございます。今日はそのお礼と今後もお世話になる事を伝えに来たくて」
「まあ、未来の奥さまが私共料理人なんかの元へ出向いてもらえるなんて。本来こちらから挨拶に向かいべきなのにわざわざありがとうございます。今、ジルを呼んできますね」
バタバタとモニカが料理場の奥に入る。
「この屋敷の料理人はモニカさんとジルさんで、お二人は宮廷料理人だった所、こちらで働くことになったのですよ!」
「へえ、そうなんだ」
奥からジルを連れてきたモニカが出てきた
「失礼しました。私ここの料理を担当しているジルと申します。フレデリカ様、私共の料理はお口に合っているでしょうか?もし、改善点やリクエストなどあればお気軽に仰ってくださいね」
「旦那様は食事の要望をあまり出す方では無いから、こちらとしてもありがたいわ」
2人は流石王宮にいただけあって物腰が柔らかだ。料理人は平民出身の方が多いが2人は貴族出身だろうか。一通りの作法が身についていた。
「うーん、そうですね。初日に出ていたスープがとても美味しかったのですがまた作ってもらうことは可能ですか」
「ええ、もちろんですよ!あれは私が丹精込めて仕込んだので気に入ってもらえて良かったわ!」
「フレデリカ様は肉系か魚系、どちらがお好きでしょうか?」
「お肉の方が好きです」
「野菜で苦手なものはありますか?」
「特に好き嫌いは無いけれど‥‥‥強いて言うなら辛いものは苦手です」
「デザート何か食べたいものはあるかしら?いずれお茶会とかも催くでしょう?」
「今のところお茶会の予定はありませんが、焼き菓子が好きです」
ここから怒涛の質問攻めが始まった。食べたことあるものから、実家ではどのようなものを食べていたのか、濃口か薄口か、屋敷のどの料理が美味しかったか、直してほしい味などだ。
ちなみに私は薄口である。
あれやこれやと話していたら、あっという間に1時間以上話し込んでしまった。
「あのーー‥‥ジルさんモニカさん、楽しんでいるところ申し訳ないのですが昼食の準備は大丈夫なのでしょうか‥‥あと2時間程で兵達の訓練時間が始まる筈ですが‥‥」
「えっ!もうそんなに経ってたの!?」
「これはまずいですね」
なんてことだ、私が2人を引き止め過ぎてしまったのかもしれない。時間管理も出来ないなんて周りが見えていなさ過ぎる。
ぽたりと私のグラスに水が溜まる音がする。。
「あの、お仕事の邪魔をしてしまい本当に申し訳ありません」
「いいのいいの、私達が熱く語り過ぎてしまっただけだもの」
「モニカ、食パンを仕入れてたからサンドイッチにしましょう。具材はありものと手早く作れるもので。時間がありません」
「ええ、そうね、ごめんなさい。アリーちゃん、申し訳ないのだけど手伝ってもらっていいかしら。食パンを切るだけだから」
「それでしたら私にも手伝わせてください」
包丁を持ったことは無いがナイフならある。切るだけなら出来るはずだ。
「え、フレデリカ様。それは流石に‥‥」
「モニカ時間がありません。申し訳ありませんがフレデリカ様、アリー、よろしくお願いします」
「はいっ任せてください!」
「ありがとうございます」
一斤の食パンを10枚に分けて四角くくり抜く。。
さくさくさくさく
さくさくさくさく
さくさくさくさく
屋敷の人間全員を賄うパンの量は凄まじかったが、切るだけなので無心でやればそこまで時間はかからなかった。。
具材をつくる2人は先ほどまで談笑していた姿と異なり、キッチンをくるくる踊るように凄まじいスピードと手捌きで具材を作り上げていた。
結局具材を挟む作業も手伝うことになり、私の初料理体験は接戦のタイムアタックという形で幕を閉じた。




