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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

苛められっ子とゴブリンサマナーの一週間

作者: Beo9

ゴブリンの台詞は最初カタカナでしたが、あまりに読みにくいので普通にしました

 深い眠りから覚めるように、意識が覚醒していく。

 自身の身体を知覚し、自分の身体だと認識し、自分の目を開ける。

 哄笑、嘲笑、大爆笑。それが、俺の目に映った最初の光景だった。

「だぁっはっはっは!ま、マジかよ!?あっはっはっは!」

「レ、レジェンドでこれとかっ……ぶっははははは!」

「はっはははは!サリュー、お前マジで最高だな!はぁっははははは!」

 サリュー?誰だ?少なくとも俺ではなさそうだ。というか、俺は一体誰だ?

「マジで出るんだな、外れサモンって!なあおい、お前のこれ何だよサリュー!?レジェンドに相応しいゴブリンなんだろ!?ぶぁっはっはっは!!」

 ゴブリン……そうだ、俺はゴブリン。名前は無い。たぶん。

 何やらおどおどした子供が一人いるが……こいつがたぶん、サリューって奴なんだろう。周りの言葉から考えるに、俺はこいつに召喚されたってことなんだろう。

「え、ええと……ゴブリン……サマナー?だって……」

 それを聞いた瞬間、周囲の奴等がまたドッと笑いだした。

「しょ、召喚士が召喚士呼んだのかよ!?あっはははは!」

「い、意味ねー!それで今度は何呼ぶんだよ!?コボルトか!?ピクシーか!?はっはっはっはっは!」

 ゴブリンサマナー。そうだ、確かに俺はゴブリンの召喚士だ。うーん、しかし本当に、なぜ俺が呼ばれたんだ?

 周りの奴は全員人間。つまり人間の召喚士が、俺を召喚したわけだ。だが、どうも狙って呼んだわけでもないようだ。じゃあなぜ呼ばれたのか、と、思考がグルグル回る。

 ただ一つわかるのは、俺はどうも外れ扱いされているらしい。何かランダムで召喚してみたところ、俺が呼ばれたと考えるのが妥当か。

 そう考えると、どうにも腹が立つ。確かに俺はゴブリンだが、そんじょそこらのゴブリンと一緒にされては困る。血の滲むような努力と勉強の末に、独学で召喚魔法を習得したスーパーゴブリンなんだからな。どうも召喚したもの同士を戦わせようとしていたようだが、そう簡単に負けてやるものか。

「馬鹿だなサリュー!てめえはどうせその程度でしかねえんだよ!力でも頭でも運でも、俺には一生勝てねえんだよ!」

「うう……!」

「ほら、お望み通りのレジェンドガチャサモンだぞ?一週間後の勝負が楽しみだな?」

 何やら偉そうに語っている奴に、ずっと影が差しているのが妙に気になった俺は、ふと頭上を見上げた。

 そこには真っ赤な鱗を持ったドラゴンがいた。これが俺の相手か。よし、前言撤回。今すぐ俺を元の世界に戻せ!!!!

 静かに俺がパニクっている間に、偉そうな奴は高笑いを残して、ドラゴンを連れて去って行った。他の奴もサリューを心底馬鹿にしながら去って行き、後には俺とサリューが残った。

「……なんでだよぉ……くそぉ……!」

 絞り出すように言って、サリューはギュッと拳を握り締めた。まあ、何となく事情は察せた気がするが、既に負けた扱いなのは何か気に入らない。

「これだったら、せめて対等には戦えると思ったのに……!」

「悪かったな、外れで」

「え、いや、それは……って、え!?」

 俺が言うと、サリューは一瞬普通に答えようとして、すぐに驚いた顔でこっちを見てきた。

「え、しゃ、喋れるの!?」

「喋れないわけがあるか。ゴブリンにだって言葉はあるぞ」

「あ、うん、ごめん……って、そうじゃなくって!なんで、君が言ってることわかるし、僕の言葉も分かってるの!?」

「同じ言葉じゃ……ない、よな。確かに」

 言われてみれば、ゴブリンはゴブリンの言葉で喋るし、人間は人間の言葉で喋るはずだ。ここまで普通に喋れるなんてのは普通じゃない。

「まあよくわからんが、とにかく俺が召喚された経緯と、俺はこれから何をすればいいのか、聞かせてもらえるか?」

「う、うん。わかった」

 サリューは家へと歩きながら、ポツポツと語ってくれた。

 それによると、ここは人間の国で、魔法が発達した世界らしい。サリューはその中でも、特に魔力に優れた者達が入る学校に通っているが、成績は常に最下位。

 魔力はそれなりだが、体力も知力もあるわけでもなく、サリューは常に苛められていたらしい。そんなある日、とうとうサリューも我慢の限界が来て、ガチャサモンでの決闘とやらを申し込んだらしい。

 俺としてはその『ガチャサモン』とやらがわからなかったのだが、平たく言うと若干多めの特殊なコストを払うことで、強めの召喚獣が無作為に選ばれるらしい。レジェンドはその中でも最上級で、神にも匹敵するような力を持った召喚獣すら出ることがあるのだとか。

 で、無作為に選ばれるってことは、当然外れ枠もあるわけで、今回の俺なんかがそうらしい。

 まあ、確かにドラゴンに対してゴブリンは……うっかり同情しそうになる。実際のところ、死ぬのは俺だけなので同情はしねえが。

「で、なんで一週間後なんだ?」

「ええと、それは慣習みたいなもので……召喚獣がこの世界に慣れるまでが、大体そのくらいかかるみたい。君は結構慣れてるみたいだけど……」

「俺自身が召喚士だからな。ただ、色々思い出せないことがあって、何とも気持ちが悪いんだが」

「ああ、それは戦ってもらうにあたって、必要のない情報は思い出せなくなってるみたい。せっかく召喚したのに、『家に帰りたい』とかずっと言って動かなかったら意味ないでしょ?」

「それを『意味がない』と切り捨てられる辺り、実に自分勝手な奴等だなと思う」

「う……ご、ごめん」

「まあいいさ。使う側にはその方が都合がいいのはわかるし、俺としても理由が分かればどうでもいい」

 つまり、まとめるとこうだな。

 苛められっ子召喚士が苛めっ子召喚士に牙を剥こうとしたら、相手はドラゴン自分はゴブリンで決闘する羽目になった、と。

 うん、誰がどう見ても詰んでるな。

「よくよく運のない奴だ」

「うん……」

「洒落か?まったく面白くない」

「ち、違うよっ!たまたまそうなっただけで……て、え!?」

「ん?どうし……え?」

 俺とサリューは、見つめあったまましばらく動けなかった。

「……声、聞こえてるよね?」

「いつの間に離れたのか気づかないぐらいには、普通に聞こえてるぞ」

 サリューはいつの間にか立ち止まっていたらしく、50メートル以上は離れた場所にいた。しかし彼の声ははっきり聞こえており、距離による音の減衰などは全く起きていない。

「もしかして、召喚獣とは距離に関係なく話せるの?」

「普通はそんなことないと思うんだが、そうとしか思えないな。試しに何か囁きかけてみてくれ」

「こ、これでどう?聞こえる?」

 耳元で男の囁き声が聞こえて、俺は気分が悪くなった。

「気持ち悪い。どうせなら女が良かったな」

「自分から言っておいてひどくない!?」

「おっと聞こえちまったかー。独り言のつもりだったんだけどなー」

「絶対嘘でしょ!」

 一頻り怒ってから、サリューはがっくりと項垂れた。

「はぁ……召喚獣すら、僕のこと馬鹿にするんだ……なんでこうなっちゃったんだろう……」

「それだけ自立した奴が、お前の相棒ってわけだ。まあ、仲良くやろうぜ」

 努めて軽い調子で言うと、サリューは恨みがましい視線を向けてきた。

「君からも結構やられてるんだけど……」

「俺はお前のせいでドラゴンと戦うんだけど」

「…………ごめん」

 とにかく一週間。この一週間で、俺はドラゴンと戦って生き残るための手段を考えなくてはいけない。

 気のせいか、完全に詰んでいるような気はするが、たぶん気のせいだろう。何が何でも生き残ってやろうと、俺は静かに覚悟を決めた。

「ところで君……名前はあるの?」

「名前?いや、特になかったはずだ」

「ゴブリン……とか、サマナーとかって呼ぶのも、ちょっと変だよね」

「別に変じゃないぞ、人間」

「わかった、君のことはゴブ=ファセングロウ=シェルジェッタ6世って呼ぶね」

「ゴブファ……何だって?」

「ゴブ=ファセングロウ=シェルジェッタ6世。かっこいいでしょ?」

「却下」

「なんでさ!?」

 結局、とにかく短く覚えやすい名前、とリクエストしたところゴブ君と呼ばれることになった。単純かつ安直だし、ゴブリンと一音しか変わらないが、まあ初の名前だし、良しとしよう。

 こうして、俺とサリューは一週間後の決闘に備え、あれこれと準備をすることになったのだった。


―――――


 翌日から、俺とサリューは自分達ができることを確認していった。

 まず、俺とサリューは異種族ながら言葉が通じる。そして距離に関係なく会話ができる。便利と言えば便利だが、これでどうやってドラゴンを倒すのかは不明だ。

「ええと……君は……ゴブ君は何ができるのかな?」

「召喚」

「まあ、そうだよね。ええっと……一秒につき一体、他のゴブリンを召喚できるみたい」

「ほう?俺の能力が分かるのか?」

「うん、ゴブ君に意識を集中すると、何となくわかるよ。ゴブリンサマナー、身体能力は他のゴブリンと一緒。召喚できること以外は取り柄無し、だって」

「お前はいちいち一言多いな……だから苛められるんじゃねえのか」

「せ、説明を読んだだけだから僕のせいじゃないよ!」

 現状、できることをまとめると、距離に関係なく会話が出来て、サリューは俺の能力が分かって、俺は一秒に一体他のゴブリンを召喚できる。


 うん。


 うん。


 これでどうやってドラゴンを倒せというのか。


「俺は死ぬのか……」

「諦めないでよ!何とかしなきゃ!」

 そんなことを話していると、昨日見たドラゴンの召喚主が姿を現した。

「よお、サリューじゃねえか。レジェンドゴブリンを大事に連れ回してんのかぁ?」

「……プリヴェ」

 どうやらこいつはプリヴェと言うらしい。俺の敵だし、覚えておこう。

「なんだぁお前?ゴブリンでドラゴンに勝とうとでも思ってんのか?」

「っ……!」

 サリューは唇を真一文字に結んで、ぎゅっと歯を食いしばっている。

「可哀想になあ?なけなしの魔石をはたいて、運の勝負に出てみたら、まさかのゴブリンだもんなあ?はぁっはっはっは!まあいいじゃねえか、出来損ないのお前にはお似合いだぜ!」

「……」

「てめえが土下座して、この先一生俺の奴隷になりますって言えば、許してやらなくもねえぞ?その方がいいんじゃねえのか?ん?」

「……だ、誰がっ……!」

 必死に一言、何とか絞り出した瞬間、プリヴェはサリューの胸倉を掴んでいた。

「あ?てめえ、誰に向かって口きいてんだ?出来損ない野郎の分際で、これ以上俺に楯突くつもりか?」

「うっ……ぐぅ……!」

「無能、出来損ない、欠陥野郎。レジェンドでゴブリン引くぐらいには、てめえは価値がねえんだよ。わかるか?てめえにとっては、ゴブリンですら伝説の召喚獣扱いなんだよ。わかったら帰って出来損ないのママのミルクでも飲んでな」

 言うだけ言って、プリヴェはサリューを地面に投げ捨て、振り返りもせずに去って行った。俺は特に何もせず、サリューを見つめている。

「……そうだとしたって……せめて、僕だって何かできるって……!」

「やられたい放題だったな、お前。まあ、お前が切れた理由はよくわかった」

 俺は軽く息をつくと、サリューに手を差し出す。

「立て。召喚主様が寝てるんじゃ、俺だってやる気にならねえ」

「ゴブ君……手伝ってくれるの?」

「何度も言うが、戦うのは俺だ。言い換えれば、死ぬのは俺だ。そもそも、やらないって選択肢がねえんだよ」

 サリューは俺の手を取って立ち上がり、服についた土を払っている。

「あとまあ、あいつはゴブリンがゴミみたいな言い方してたからな。俺もちょっと腹が立った」

「うん……わかるよ」

「ゴブリンが弱いのはその通りだが、俺はそれが認められないから召喚士になったんだ。つまり、なんだ……ゴブリンだって、場合によっちゃ強いんだって、認めさせてやりてえよな」

「うん、そうだよね。僕も、ただの出来損ないじゃないって、皆に認めさせたい」

「それなんだけどな、俺の見立てじゃお前は召喚士に関して、ずば抜けた資質があると思ってる」

 俺の言葉に、サリューは目を真ん丸に見開いた。

「えっ……お、お世辞でも嬉しいけど、なんで?」

「俺と普通に会話が出来てるし、距離が開いても会話ができる。普通、こんなことができる奴はいねえ。そもそも、召喚士に大切なのは、召喚した奴と意思の疎通ができるかどうかだ」

「えっと、それは普通に誰でもできるんじゃ……?」

「お前はそれがずば抜けてるんだよ。あの野郎だって、自分のドラゴンに『戦え』とか言えば、ドラゴンは戦うだろうよ。だが、ドラゴンの意思をどんだけ読み取れるか。ドラゴンに意思をどのレベルまで伝えられるかって考えたら、たぶん大したことはできねえだろう」

 召喚士だからこそ、それはわかる。俺が召喚するのは別の世界のゴブリンだが、同じ種族でも言葉が微妙に違ってやりにくかったりするものだ。

「これはお前の武器だ。恐らく、あいつらは俺達がここまで普通に話してるのを知らない。この武器を隠し通してうまく使って、何とかドラゴンをぶっ殺そう」

「や……やれる、かな?」

「戦争に大切なのは準備だ。ぶつかり合いなんてのは、準備の結果でしかねえ。そこに至るまでに、装備は整えたか、策は練ったか、裏切る準備は、裏切られる準備は、外交は、落としどころは、そういったもんをどれだけ用意できるかが、勝敗を分けるのさ」

「なんか……ゴブ君って先生みたいだよね」

「これでも、ゴブリンの中じゃエリート中のエリートだ。さて、頑張ってみようぜ、召喚主様よ」

 俺が拳を出すと、サリューは自信なさげにこつんとぶつけてきた。まあ、今はそれでいい。この先六日で、何とかドラゴンを倒す算段を付けねえとな。


―――――


 自分達の力は大体わかった。ならば次は敵だということで、何とか相手の力を計れるようなものは無いかと思ったら、何とこの世界では魔法によって模擬戦のようなものができるんだとか。

「つまりね、魂の一部と肉体の一部を使って、そこから魔法的に自身を再構築して、魔力結界の中で――」

「あ~、もういいもういい。つまり、死なずに敵と戦えるってことでいいか?」

「んー、まあそんな感じ。でも実際死なないわけじゃなくってね?再構成した肉体の方はしっかり死ん――」

「本物が死ななきゃいいよ。じゃあ、それであのドラゴンと戦ってみようぜ」

「うん、わかった。僕も一緒にやってみるよ」

 どうやら学校の設備でそういうものがあるらしく、サリューは何やら書類に記入をしてから別の建物に向かい、そこの受付に書類を提出した。

「やりたいのは、僕とゴブ君……このゴブリン。相手はドラゴンでお願いします」

「瞬殺だと思うけど……まあ、いいよ。じゃあまず、髪の毛とか皮膚とか少しもらえるかな」

「俺の貴重な髪の毛をっ……!?」

「ゴブ君、ポソポソしか生えてないもんね。まあ、一本使えばその後何回もやれるから、必要経費ってことでね」

 俺が文句を言う前に、サリューは俺の髪を一本引っこ抜いた。頭頂部付近だったせいで地味に痛かった。

 その貴重な素材を使い、受付の者が何やら唱えると、部屋の中に複雑な魔方陣が浮かび上がった、それを見て、サリューは俺の手を引く。

「あの魔方陣に入ればいいんだ。さあ、やるよ」

「了解。それじゃあ、いっちょやってみるか」

 俺とサリューは意気揚々と魔法陣の中に入った。すると、魔法陣が眩く光りだし、一瞬の後には目の前に巨大なドラゴンが立っていた。

「うおっ……これは、なかなか迫力が――」

 ドラゴンは真っ赤なブレスを吐き出し、俺達は逃げる間もなく一瞬で燃え尽きた。


「ぶあっ!?い、生きてるか!?俺達生きてるか!?」

「ぐっ……い、生きてるけど、ほんと瞬殺だったね……」

 気が付いたら、俺達はまた魔法陣の部屋にいた。本当に一瞬だけ、全身が燃えるように熱いと思ったが、その時には既に死んでいたようだ。

 しかし……まあ予想はしてたんだが、思った以上に瞬殺だったな。抵抗するとかそれ以前の問題で、相手が見えたと思ったら死んでいた状態だ。

 はっきり言って、攻略の取っ掛かりを探るどころか、詰み状態だってことを再確認しただけのような……いや、きっと何か攻略の糸口はあるはず。

「確か、何回でもやれるんだよな?」

「うん、いくらでもやれるよ」

「じゃあ再挑戦だ。今度はもっと長く生きて、何とか攻撃を通せるかやってみよう」

「わかった!じゃあ、やるよ!」

 そして、俺達は再び魔法陣に入り、ドラゴンとの再戦に挑んだ。


 結果、10戦10敗。総生き残り時間は30秒くらい。平均3秒で死んだ計算だ。

 いやいやいや、さすがに強い。強すぎる。まずブレスが範囲も広けりゃ威力も高いし、噛みつきも爪も尻尾も当たれば一撃だった。

 これ、本当に勝てるのか?3回ぐらい召喚には成功したが、問題なく一緒に葬られてばっかりだったぞ。

「……やっぱり、無理、かな……」

 サリューが沈んだ声を出す。正直無理な気もするが、それでも諦めるという選択肢は無い。

「無理かもしれないが、何とか勝ち筋もあるかもしれない。とにかく……取れる手段は、何でも取っていこう。サリュー、お前あのプリヴェの野郎と交渉して、何とかこっちに少しでも有利な条件を引き出せ」

「有利な条件って……た、たとえば?」

「開始何秒か動かないとか、狭い所で戦うとか、とにかくドラゴンの力を発揮できなくするか、俺達に無条件に有利な条件だ。正直、『はい始め』じゃ俺達に勝ち目はない」

 たとえゴブリンを一度に十体召喚したところで、一緒に焼き払われて終わりだろう。そうでなくとも勝ちの目は全く見えてはいないが、何もしないよりは何かした方が可能性も出てくるだろう。

「とりあえず、今日はこれをずっとやるぞ。何度でもできるんだよな?」

「え?べ、別に良いけど……なんで?」

「アリバイ作りだ。お前はとにかく滅茶苦茶に挑みまくって、殺されまくって、それで心が折れて『ハンデをください』って言いに行くんだ。いきなり『ハンデくれ』って言ったって、どう考えても鼻で笑われて終わりだろ?」

「なんかいけそうな気はするけど、そうなるかもね……」

 実際死なないとはいえ、今日一日中死ぬことが確定し、サリューは暗い顔になった。

「その代わりさ、君も一緒にお願いしてくれるかな……?」

「ん?まあ、いいぞ。頭下げるだけで勝てる可能性が上がるなら、いくらでも下げてやるさ」

 そして、俺達はこのあと一日中、ドラゴンに挑み続けた。途中から数えるのはやめたが、少なくとも百回近くは死んだはずだ。

 そうやって挑み続ける俺とサリューを、周りの奴等はみんな笑っていた。そりゃそうだろう、ゴブリンとドラゴンの勝負じゃ、何度やったって勝てないのは目に見えている。なのに挑み続けるなんてのは、正直言って馬鹿にしか見えない。

 だが、それでいい。相手が俺達を馬鹿だと思ってくれりゃ、その分勝てる確率は上がる。

 と言っても、0パーセントに何を掛けても0のままなのは、如何ともしがたい所だが……あと五日のうちに、何とか1パーセントでもいいから勝てる算段を付けねえとな。


―――――


「すみません。お願いします。少しでいいからハンデをください」

 翌日、サリューは学校に来ると即座にプリヴェを探し、綺麗な土下座を決めていた。ゴブリンの俺から見ても素晴らしい土下座で、俺は少しだけこいつを見直した。

 が、プリヴェの野郎にとってはそこはどうでもよかったようで、勝ち誇った笑い声をあげていた。

「はぁっはっはっはっは!ざまあねえな、ええサリュー!?昨日一日ドラゴンと戦ってたんだってなあ?それでどうしても勝てねえからって、泣きつきに来たわけだ?はっはっはっはっは!『僕だってやれるんだー』とか言ってたのはどうしたんだよ?ええ?」

 プリヴェはサリューの口振りを真似て馬鹿にする。それでも、サリューは身じろぎ一つせず、綺麗な土下座を続けている。

「……俺からも頼む。少しハンデをくれ」

「あん?」

 俺もサリューに倣い、一緒に土下座をする。すると、プリヴェは一瞬呆気に取られた顔をした後、再び大笑いを始めた。

「ぶあっはっはっは!お前、よくこのゴブリンをここまで躾けたな!?あは、あっははははは!!ゴブリンの土下座とか初めて見たぞ!!ぶわっはははは!!」

 どうやら俺の土下座は大受けなようで、他の奴等も盛大に笑っている。

「あっはははは!何あれ、ほんっとキモーい」

「すげえなあいつ、ゴブリンに土下座教えたみたいだぞ!あははははは!」

「やっぱり出来損ないは出来損ないかー、あれだけ啖呵切っといて、結局土下座して『ハンデくれ』だもんねー」

 だいぶ言いたい放題言われているが、とにかくハンデをもらえりゃ儲けもんだ。それを考えれば、俺達が何を言われようと構うことはない。

「ところでお前等、俺の言ってることわかるか?」

 頭を下げたまま聞いてみると、プリヴェは怪訝そうに聞き返してきた。

「あ?こいつはさっきからギャイギャイ何を言ってるんだ?」

「え?ええっと、その……」

「『お願いします』とかそんな感じの適当なこと言っとけ」

 どうやら、サリュー以外には俺の言ってることはわからないようだった。

「えっと、お願いしますとか、そんな感じの適当なこと……」

「いや『適当なこと』まで言うなよ!」

「あ、ええと、それっぽいこと言ってる……」

 ぎりっぎりごまかせたけど、こいつちょっと阿呆なんじゃなかろうか。

「まあ、こいつも死にたくねえだろうからなあ。いいぜ、じゃあ最初に一分、俺のドラゴンは動かないでいてやる。まあそれでも、瞬殺には変わりねえだろうけどな!」

 よし!一分もらえた!この一分を、俺は何としても活かさなくちゃいけない。

「ついでに、決闘場所を狭い所にしてくれとか言ってみろ」

「え?あ、えっと……け、決闘場所も、狭い所にしてください……うぐっ!?」

 サリューが言った瞬間、プリヴェはその頭を強く踏みつけた。

「てめえ、何調子に乗ってんだ?可哀想なてめえに、一分のハンデやったからって図に乗るんじゃねえよ、クソ野郎が。どうせ場外狙いだったんだろうが、それぐらいお見通しなんだよ、馬鹿が!」

 頭をグリグリと踏みにじり、プリヴェは吐き捨てるように言った。

「悪かったな、謝っとけ。ハンデも無しにされたらかなわねえ」

「ぐ、う……す……すみません、でした……。調子に……乗りました……許してください……」

「最初っから立場を弁えとけ、馬鹿が」

「ぐっ!」

 最後にサリューの脇腹に蹴りを入れ、プリヴェはようやく足を離した。

「まあいいさ、ハンデの一分はやる。だが決闘場所は、平原を選ばせてもらうぞ」

「へ、平原!?あんな広い所で……!?」

「文句あんのかよ、出来損ないが!てめえは黙って俺に従ってりゃいいんだよ!」

 再び、プリヴェがサリューを蹴ろうとする。さすがにあまり蹴られるのも可哀想なので、俺は素早く間に入った。

「お前の母ちゃんでーべーそっ!」

「ぶっ……!」

「あ?何笑ってんだてめえ!?」

「ち、違うよ!蹴られてちょっとむせただけで……!」

 小声で『変なこと言わないでよ!』と怒られたが、どうせわからないんだから何を言ったって構いやしねえだろうに。

「短小野郎!オークに劣る単細胞!帰ってパパのミルクを飲め!」

 俺は召喚主を庇う召喚獣といった様子を演出しながら、思いっきり好き放題にまくしたてた。

「で?てめえのゴブリンは何を言ってるんだ?」

「え、ええぇっとぉ……よく聞き取れないけど、『すみません』とか『苛めないで』とか……」

「ふん。ゴブリンに庇われるとか、よくよくてめえも終わってんな。じゃあな、サリュー。決闘が楽しみだな」

 どうやらそれなりに満足したらしく、プリヴェは振り返りもせずに去って行った。それを見て、他の生徒も見世物が終わったとでもいうように解散していく。

「……ゴブ君?頼むから変なこと言わないでよ……かなり危なかったんだから」

「少しはすっきりしただろ?感謝してくれていいぞ」

 俺が言うと、サリューは怒ったような呆れたような、何とも微妙な顔で俺を睨み付けてきた。

「……まあ、少しはね」

「ならよかった。怖いのを我慢して言った甲斐があったってもんだ」

「絶対嘘だよね。めっちゃノリノリだったよね」

 そうは言いつつも、サリューは俺に向けて拳を出してきた。俺はそこにコツンと拳をぶつけてやる。

「でも、決闘場所は失敗しちゃったね……平原じゃあ、ドラゴンがすごく有利になっちゃう」

「そうでもねえさ。逃げ隠れするには広い方が都合がいい」

「大した背丈のない草しか生えてない平野だけど、本当に大丈夫?」

「……た、たぶんな。俺はほら、体色緑だし、目立たないはず……たぶん」

 色々やっぱり不安はあるが、とにかく開始一分は確実に生きていられることになった。この一分は、きっととんでもなく大きな一分になるはずだ。

 あとは、そもそもドラゴンにどう攻撃を通すか……例の模擬戦で設定ができるなら、一分もらったうえで試してみるか?

 決闘まで、あと四日。この一分を活かす方法を、何とか考えなくっちゃな。


―――――


 一分の猶予をもらってのドラゴン戦は、平均生き残り時間が一分ちょっと伸びただけの結果となった。

 60体のゴブリンウォリアーやゴブリンメイジを召喚しても、やはりブレスの一撃で全員が蒸発してしまう。散開してブレスをかわしたところで、尻尾での薙ぎ払いや噛みつき、あるいは再びのブレスであっという間に殺されてしまう。

 それでも、まったく収穫が無かったわけではない。実戦と同じなら、ブレスは一度吐くと次が出るまで30秒ほどかかることが分かった。つまり、最初のブレスで犠牲を30人程度に抑えられれば、その後も30人程度で戦い続けられるということだ。

 一つ問題があるとすれば、その30人での攻撃でも全くダメージが通っていないって事だけだ。

 いよいよもって、本当にどうするべきかなあ……。

「ねえ……何か、勝てる手段、思いついた?」

「思いついてたら、こんなにテンション低くねえ」

 サリューと二人して、大きな大きな溜め息をつく。本当に、どうしたもんかこの状況。

「そもそもお前、なんであんなに皆から馬鹿にされてるんだ?お前が行ってる学校って、優秀な奴だけが通ってるんじゃねえのか?」

 俺の質問に、サリューは寂しげに笑った。

「まあ、僕平民だし……成績だって最下位だからさ……」

「そうじゃなくてな、最下位だろうが何だろうが、全体で見りゃ優秀な方ではあるんだろ?なのに、あんな出来損ない呼ばわりされる道理はねえだろうに」

「ああ、それはねえ……みんな、自分より下の相手が欲しいんじゃないかな」

 サリュー曰く、優秀な者達であることには変わらないが、それでも自分より確実に下という相手を貶して安心したいんだろうということだった。

「よくわからん。なぜわざわざ優秀な奴を貶さなきゃいけないんだ?」

「ゴブ君は、そういうことなかったの?」

「無いな。むしろ、俺が召喚魔法を覚えたらみんな見直してくれたもんだ。すげえ奴だってな」

「そっか……羨ましいなあ」

 寂しそうに笑って、サリューはそう呟いた。

「お前もすぐにそうなる。あいつのドラゴンをぶっ倒して、すげえ奴だって見せてやりゃいいのさ」

「そうはならないだろうねえ。どうせ、『サリューの分際で生意気だ』とか『ハンデもらわなきゃ勝てなかったくせに調子に乗るな』とか、そんなことばっかり言われるよ」

「ここの人間どもはどんだけ腐ってるんだ?いくら何でもそこまでは……」

「あるよ、絶対。僕は負け犬の出来損ないのままでいなきゃいけないんだ。王室からの覚えもめでたいプリヴェに勝ちなんてしたら、絶対ロクでもないことに……」

 俺はサリューを引っ叩こうとしたが、どうやら何がしかの制約があるようで、どうしても手が動かなかった。

 そこで、俺は考えを変え、思いっきり元気づけてやろうと考え、サリューの背中を全力で引っ叩いた。

「痛ったぁ!?な、何!?なんで召喚主に暴力振るえるの!?」

「失礼な、俺はお前を元気づけてやっただけさ。気合入っただろ?」

「嘘だ!絶対ただ引っ叩いただけだよね!?……でも、そういう言い訳すれば制約って外せるんだ、知らなかった」

 結構ガバガバな制約だな。でも、何かしら使えるかもしれないし、一応覚えておこう。

「とにかくだ。もう勝負は始まっちまってる。だったら、初志貫徹で、あのいけ好かねえ野郎に吠え面かかせてやろうぜ。その方が、少なくともこっちはすっきりするだろ?」

「うーん……まあ、ねえ」

「そもそも、『やっぱり負けてくれ』とか言われても、俺は断るけどな。まだ死にたくない」

「あ、うん、そうだよね。だったら、やっぱり何とかして勝てる方法考えないとね」

 そして、俺達はまた模擬戦でドラゴンに挑み、殺されまくった。いやほんと、万に一つどころか億に一つも勝ちを拾える気がしない。

 これはちょっと、本格的に考えを変えていかなきゃいけないかもしれない。そもそも、ドラゴンなんてのは最強生物の代名詞ではあるが、英雄譚にはドラゴン殺しが付き物だ。

 つまり、人間の力でもどうにかすればドラゴンは殺せるはずで、それがわかればゴブリンの俺でも殺せるかもしれない。

 今日はもう時間も遅くなったし、どうにもできないから、明日以降のあと三日。それで、何とか攻略の糸口を見つけなきゃならない。


―――――


 翌日、サリューと俺は学校の図書室に入り浸っていた。俺は字が読めないが、挿絵にドラゴンが書いてあるやつをとにかく探し、サリューがそれを読んでみるという分業制だ。

 朝からずっとこの作業を続けているが、正直結果は芳しくない。

 童話なんかは『何かよく知らんパワーでドラゴンの首を落としました』とか『愛が力になってドラゴンを倒しました』とかそんなんばっかりだ。具体的な方法はまったく描かれておらず、過程をすっ飛ばした結果だけしか書かれていない。

「これで、大体ドラゴンの挿絵がある奴は全部だぞ」

「ありがと……はあ、まったく役に立たないね」

 その意見には俺も完全に同意する。何かよく知らんパワーなんか得られるわけもないし、サリューとの間に愛を育むつもりもない。本っ当に、時間の無駄だったとしか言いようがない。

「いっそ図鑑とか、事典とか、そういうもんの方が有益な情報があるかもな」

「僕もそう思って探したんだけど、全然……『会ったら死ぬ』とか『出会わないようにするべき』とかそんなのばっかりだよ」

「お手上げか。はぁ~……まあ、あとは挿絵の付いてない奴は見てねえから、そういうやつの中に参考になることが書いてあるかどうか、だな」

「そうなると、小説とかお硬めの英雄譚とかかな。実際、そっちのがまだ目があるかも。ちょっと僕探してみるよ」

 そう言って、サリューはいくつかの本を積み上げ、それを一つずつ読み始めた。それを横目に、俺はまた別の本を手に取る。

 どうやら召喚術の本らしく、文字は全く読めないが図解や挿絵のおかげで何となくは理解できる。俺が召喚術を勉強してる時に、この本があったらなあと、益体もないことを考えてしまう。

 凡その内容としては、召喚するときは極力具体的に召喚する相手を思い浮かべること、召喚した相手にしっかり意思を伝えること、信頼関係を築くこと、といったようなことが書かれているらしい。

 まあ、俺の場合は無作為に呼ばれただけだから、召喚する相手ってところはあんまり関係なさそうだが……しかし、意思の伝え方に身振り手振り、というようなことが描いてあったりするのを見るに、やはりサリューは召喚士としては破格の能力を持っているようだ。

 しかし、それでも他の部分を見られて、出来損ない呼ばわりとは……よくよくついていないというか、社会が腐ってるというか。ま、そもそも召喚士っていうよりは召喚もできる魔術師って感じみたいだし、魔術師としては微妙なのかもなあ。こいつは召喚士一本でやった方が良さそうなもんだが。

「……あ、ゴブ君ゴブ君!これ、どう思う!?」

「ん、何かあったか?」

 その時、サリューが俺を興奮気味に呼んだ。読んでる本を覗き込んで見たが、見事に字しか書いてなくてまったく読めやしない。

「……何て書いてあるんだ?」

「あ、そっか。えっとね『勇者はドラゴンの口に飛び込むと、口の中に剣を突き立てた。ドラゴンは苦しみ、勇者を振り飛ばすと、怒りのブレスを放った』だって」

「勇者燃やされてねえ?」

「ちゃんと避けるみたいだよ。で、そこじゃなくってさ、この『口の中に剣を突き立てた』ってところ。つまりさ、ドラゴンでも口の中は柔らかかったりしないかな?」

 そう言われて、俺はようやくその可能性に気付いた。

「そうか……そうか、そうか!どんな生き物だって、体の中は柔らかいはずだもんな!」

「ゴーレムは全身硬いよ?」

「つまんねえ茶々入れんな!大体ゴーレムは生き物じゃねえだろうが!体の中を攻撃……いけるかもしれねえぞ!」

 俺が興奮気味に言うと、サリューも興奮気味になってきた。

「じゃあ、早速やってみる!?ドラゴンと模擬戦!」

「おう、やってみようぜ!」

 俺達は積んでた本を手分けして片づけると、意気揚々とドラゴンとの模擬戦に挑んだ。


 結果、ボロ負けだった。いや、確かに攻撃は通じなくもないんだが、そもそも噛まれたらアウトだった。

 一分の猶予があるから、50人くらいで一気に攻撃を仕掛けてみたが、口の中を若干傷つけて終わるだけだった。そして根本的な問題として、攻撃はしてこないが防御はするわけで、ぞろぞろ口の中に入ろうとしても首を上げて逃げられてしまうことが大半だった。

「うーん、やっぱり口の中じゃちょっと弱いんじゃないかなあ?」

「これ以上、俺に何をしろと?」

 思わず言うと、サリューは何となく同情の籠った目で俺を見てきた。

「……お腹の中から攻撃したら、どうかなあ?」

「く、食われろと。俺に、ドラゴンの胃の中に行けと」

「君と言うか、ゴブリンウォリアーに行ってもらってさ。そしたら、何とかならないかなあ?」

「ウォリアーに同情するが……うーん、まあそれぐらいしか勝ちの目は無さそうだし、試してみるか」

 心の底からウォリアーに同情しつつ、俺達は再びの模擬戦に挑んだ。

 結果、13回のやり直しの末、何とかウォリアーを腹の中に送り込むことに成功した。が、特に何の動きもなく、ブレスで薙ぎ払われて終わった。

「うーん、何がダメだったんだろ?確かに入ったんだよね?」

「ああ、喉の奥に滑り込んでいく姿は見たから間違いない」

 そして、サリューはまた同情の籠った目で俺を見てきた。

「……ゴブ君が行けば、何が起きたかわかるよね?」

「嫌だ!模擬戦でも絶対嫌だ!生きたまま食われるのは死んでも嫌だ!!!」

「でも、何とか勝ちの目を見つけないと、本当にそうやって死ぬ可能性もあるんだよ?プリヴェのことだから、『そいつを生きたまま食っちまえ』とか言うかも?」

 何だか本当に言いだしそうで、俺は何も言えなくなった。

「大丈夫だよ、本体が死ぬわけじゃないんだからさ」

「できればお前も一緒に引きずり込んでやりてえ」

 仕方ない、何でもやろうと決めたんだ。本当に、本っ当に嫌だけどやるしかない。俺は覚悟を決め、ドラゴンの胃の中に行く決意を固めた。


 五分後、俺は石造りの床に力なく横たわっていた。

「ゴ、ゴブ君大丈夫?」

「体が……一瞬で溶けてった……腕が、足が、じゅわって……身体が、どんどん溶けて……ううぅぅ……」

 結論として、ドラゴンの胃液は滅茶苦茶強力だった。胃の中なんて入ろうもんなら、本当に一瞬で溶かされて終わりだった。ああ、嫌だ嫌だ、あの感触は思い出したくない。

「きょ、今日はもう終わりにしようか?なんか、もう……ダメだよね?」

 俺は返事もできず、ただ黙って頷いた。あの感触は夢に出そうで、今から寝るのが憂鬱だ。

 勝ちの目が見えたかと思ったら、結局は今日も見えなかった。泣いても笑っても、あと二日。勝ちの目はまだ見えないけど、生きたまま食われるのだけは何としても回避したいと、切実に思った。


―――――


 夢に見た。夢に出た。夢で溶けた。夢でも溶けた。

「あああぁぁぁああぁぁぁぁあああ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁ」

「ゴ、ゴブ君しっかり!!ここはドラゴンいないから!」

「うううぅぅぅ……お前も一回食われろ……」

「やだよ。何で僕が食われないといけないのさ」

「……一回死ね……」

 俺達は、今日も図書室で本を読み漁っている。今回は解剖図や医学書を読み込んでおり、どこか攻撃出来そうなところはないかと探しているのだ。

 俺はちょっと、胃とか腸とか見るとトラウマが発動するので、その辺は全部サリューに見てもらっている。でも、たまたま開いたページにそう言うのが載ってたりすることもあり、その場合はちょっと全身の震えが止まらなくなる。

「うーん、やっぱり目が定番だよねえ。でも、ドラゴンの目って攻撃出来そう?」

「ん~、スカウトとかレンジャーなら、やれる奴もいるかもなあ。ただ、基本的な戦闘能力は低いから、あまり頼れないんだよなあ……」

「そもそも、頼れるゴブリンっている?」

「俺」

「ああはい」

 雑に流しやがってこの野郎。良くも悪くも、俺とこいつはだいぶ馴染んできた気がする。

「ところでお前、召喚術については詳しいのか?」

「え、僕?いや、ガチャサモンくらいしかやったことはなくって、召喚術はまったくの専門外かな」

「お前は召喚術こそ学ぶべきだと思うぞ。お前なら、ドラゴンだろうがレイスだろうがゴーレムだろうが、普通に会話してありとあらゆる指示をできるだろうからな」

「うーん、未だにそれは信じられないんだけど……でも、ゴブ君とは普通に会話してるもんね。今じゃもう、学校の誰よりもゴブ君と喋ってるくらいだよ、あははは」

 『あはは』じゃねえ。本当にこいつ、全然友達いないんだな。ちょっと腹立つところがあったり、若干阿呆なところはあるけど、いい奴だと思うんだがなあ。

 ま、俺はゴブリンだから人間の世界に口を出す義理も何もないが、隠れた才能を持ってるのに、それが誰にも知られずに埋もれているのは残念に思う。

「他に攻撃できそうなところ……生殖器とか、お尻の穴とか?」

「その辺りだよなあ。攻撃できるかはともかく。尻の穴とか入りたくねえなあ」

「入るのはゴブ君じゃないでしょ」

 そんな話をしつつ、俺は昨日見ていた本を再び読んでいる。

 異なる世界から呼んだ相手は、余計な情報を思い出さないようにしており、戦うことに違和感も何も持たないらしい。言われてみれば、俺もドラゴンと戦うのは嫌だが、戦うことそれ自体はすんなり受け入れてたっけな。

 そして、召喚主は召喚獣と意思を合わせることで、意思の疎通がしやすくなるというようなことが書かれている。確かに、同じ方向を見てれば意思の疎通はしやすいだろうな。

 とはいえ、俺は同じゴブリンを召喚しても、完全に意思を合わせるなんて真似ができるはずもなく……おまけに言葉が通じない時もあるし、何だかんだで本に書かれてることを実践してるようだ。

「うーん、やっぱり目か、お尻の穴くらいしか攻撃出来そうなところないねえ。口はそもそも噛みつかれそうだし」

「やめてやってほしいな。本当にトラウマになるからな、あれ」

 手詰まり感がすごい。攻撃できる箇所はほとんどなく、相手の攻撃は一撃必殺。しかも広範囲に攻撃が届くから、一分で60体のゴブリンを召喚しても全然間に合わないし……いよいよもって、これは詰みなのか。

 気が付けば、外はすっかり暗くなり、もう今日一日が終わろうとしている。

「なんか、すごいゴブリンとかいないの?伝説の勇者ゴブリンとか」

「いねえなあ。そんなのいたら、とっくに召喚してる」

 やっぱり、ドラゴン相手に戦うなんて無謀すぎるんだよな。一分の猶予があったって、それを活かし切ることもできない。

 これはもう本当に、俺は死ぬかもしれない。というか、死ぬ。

「……それでも、一矢は報いたいな」

「そうだね……せめて、傷つけるだけでもできれば……」

「まさに、意思を合わせた状態だな。でも、お前にはあまり必要のない工程だけどな」

「そうでもないよ。やっぱり同じ気持ちでいるんだって思うと、少し勇気が湧くもん」

「その勇気が、少しでも何かの足しになってくれりゃあ御の字なんだがなあ」

 俺はもう半分ほど諦めの境地になり、本を本棚に戻した。知識を得たって、もうすぐ死ぬんじゃ意味はねえ。

「……ねえ。本当に、強いゴブリンとかいない?ゴブ君が死ぬのは、僕嫌だよ」

 沈んだ声で、サリューがそんなことを言う。俺だって死にたくはねえが、こればっかりはどうしようもない。

「いねえなあ。一番頼りになるゴブリンは、俺だ」

「そっか……だったらせめて、ゴブ君が二人いればよかったのにねえ……」

「そうだなぁ……ん?」

 俺はさっき戻した本を、慌てて手に取った。そしてページを次々めくっていくと、俺の知りたかった情報が書いてあった。と言っても、挿絵だから確実にそうだとも言えないが。

「……よし、よしよしよしよし!!サリュー、お前は本当に天才だな!!」

「え、な、何!?どうしたの!?」

「今すぐ模擬戦だ!行くぞサリュー!」

「待って、もう終わってるから!やるなら明日にして!」

「わかった!正直、出来るかどうかは賭けだ!でも、出来たらきっと勝てる!」

「ほ、本当!?本当に勝てる!?」

「出来たらな!出来なかったらごめんなさいだ!」

 こうして、あと一日の猶予を残して今日が終わる。明日は今日考え付いたことの実証だ。


―――――


 最終日。俺達は模擬戦の会場におり、昨日思いついたことの実証を行っていた。

 結果、閃きは見事に当たった。これならば、俺達にも勝ちの目ができる。というより、高確率で勝てる。

「とにかく、今日一日はずっと訓練だ。あとお前、絶対に表情に出すなよ」

「わかってるよ。勝てる可能性は出たけど、ハンデ無しじゃ無理だもんね」

 これは、相手が俺達を舐めくさっているからこそ取れる手段だ。ハンデありきの戦術しか思い付けなかったのは残念だが、それでも十分すごいことではあるだろう。

 相変わらず、周りの奴等はサリューを馬鹿にしている。わざわざ罵倒しに寄って来る者までいる。

 だけど、これも明日には変わる。明日、サリューは落ちこぼれの負け犬から、ドラゴンを倒したすごい奴になるんだ。

 何度も模擬戦をし、手応えを確かめ、戦いの方向性を決める。それに加え、サリューの懸念にも配慮し、その対策も立てていく。

 こうして決戦前夜は、俺もサリューもすっかり覚悟を決め、静かに眠りにつくことができたのだった。


―――――


 学校にほど近い平原に、多数の観客が集まっていた。その一部は結界で覆われ、その中には俺とドラゴンだけが入っている。

「それでは皆さんお待たせしました!これより、当校一の有望株、プリヴェと!」

 司会進行役らしい教師が、拡声魔法を使って高らかに宣言している。名前を呼ばれたプリヴェは、群衆に手を上げて応える。

「反対に当校一の落ちこぼれ、サリューとの決闘を開始します!」

 教師が言うと、群衆達から失笑が漏れる。サリューの奴、生徒だけじゃなくて教師からも苛められてんのかよ……ちょっと俺の想像が甘かったようだ。

「形式は、レジェンドガチャサモンにて召喚した召喚獣同士の一対一!使われます召喚獣は、プリヴェはファイアードラゴン!サリューはゴブリンサマナー!」

 再び、群衆達から失笑と言うより嘲笑が漏れる。まあ、絶望的だもんな。仕方ないっちゃ仕方ない。

「制限時間なし!相手の召喚獣を倒した時点で、そちらが勝者となります!では両者、準備は良いですか!?」

「いつでもいいぜ。負ける要素がねえ」

「はい……いけます」

 二人が頷くと、教師は一層声を張り上げた。

「それでは、決闘開始ぃ!!」

 決闘の始まりが高らかに宣言され、群衆達から歓声が上がる。ドラゴンに関しては、こちらを見つめるばかりで動きはない。

「サリュー、約束だからな。一分だけ好きにやれよ、そのあとでぶっ潰してやるからよ!」

「ありがとう……それじゃあ、遠慮なく。ゴブ君、自由にやっていいよ」

 ちなみに、俺には本来、結界の外の声は聞こえていない。全部サリューの実況中継によって把握している。自分で落ちこぼれ、とか言わなきゃいけないのも辛かっただろうな。

 まあ、今はそんなことは良い。それじゃあ、ドラゴン狩りを始めるとしよう。

「自由にやらせてもらうぜ、サリュー。動きがあったら教えてくれよ」

 俺は召喚魔法を使い、一人のゴブリンを召喚した。

「おっとぉ?早速ゴブリンを召喚したようだぞ!あれはゴブリンメイジか?どうやら魔法で攻めようというつもりらしいです!」

 教師が言っているが外れだ。こいつはゴブリンメイジなんかじゃない。

 再び、召喚魔法を使う。今度は召喚した奴と一緒に使い、合計四体になる。

「いや、ゴブリンメイジではなかった模様!どうやらサマナーを召喚していたようです!涙ぐましい努力!それに対し、プリヴェのドラゴンは悠然と構えている!どうやら、一分だけハンデを付けてあげた模様!さすが、王者の余裕だぁ!」

「え、サマナー召喚?これ……やばくない?」

 実況の声に、群衆の中の1パーセント程度は、その危険性に気付いたらしい。だが、肝心のプリヴェが気づかなきゃ問題はない。

 俺達は完全に息を合わせ、ゴブリンサマナーの召喚を続ける。なぜ、ここまで息を合わせられるのかと言えば、召喚しているのはどこかのサマナーではなく、俺自身だからだ。

 召喚の本に書いてあった。この世界には、平行世界と言う存在があると。限りなく似た世界がいくつもあり、理論上はその世界から自分を召喚することも可能だと。

 自分のことは意外とわからない、なんてことは言われるが、俺に関してはそんなことはない。とにかく負けず嫌いで、死ぬほどの努力だって厭わないで、不可能と言われた召喚術をモノにした実績がある。

 だからこそ、俺は平行世界の俺を具体的に想像し、召喚できた。そして、似たような世界の奴だから、この世界は説明不要。今何をすればいいのか、自然と分かっている。

 召喚、召喚、召喚。召喚の度に俺達の数は倍になり、その数は飛躍的に増えていく。最初こそ笑っていた奴等も、十秒もしないうちにこれがどれだけやばい事か、気付き始めたらしい。

「おい、プリヴェ!攻撃しろ!これ以上待つな!」

「は?なんでだよ?あんな奴、何体居たって……」

「あのまま倍々に増えて行ったら、一分も経たずに平原がゴブリンで埋め尽くされるぞ!手遅れになる前に早く!」

 そんな教師の言葉を聞きながら、サリューは俺に話しかけてきた。

「ゴブ君、教師が攻撃するように言った。攻撃が来ると思うから、備えて」

「教師がねえ、ほんとにこいつら腐ってんな」

「あはは……想定の範囲内だよ」

「そうかよ……とにかく了解した。思ったよりは早いが、こっちも想定の範囲内だ」

 時間は十五秒、俺達の数は16384人。一度、ワーカーの召喚を挟み、地面に穴を掘らせる。そして、俺自身を含む千人ほどがその穴に入り、上から埋められる。

「ドラゴン、薙ぎ払えって指示が出た。ブレスが来るよ!」

 サリューからの情報が来る。ここまでで20秒。今や52万以上に膨れ上がった俺達は、散開してドラゴンのブレスを避けにかかる。

 ゴウッと、ドラゴンがブレスを放つ。人数の多かった一点に集中したブレスは、およそ半分ほどの俺達を消し飛ばした。

「強力なブレスが炸裂した!あれだけ増やしていたゴブリンの、なんと半分が消えたー!」

「……だって、どう思う?」

 口ぶりまで真似しながらそう問うてきたサリューに、俺は苦笑い混じりで答えた。

「教師も馬鹿しかいねえのかって感想しか出ねえよ」

 一秒で倍になり続けてきた俺達が、20秒目にして半分を消された。これは一体何秒分のロスになるのか。

 答えは簡単、1秒だ。半分『も』消したんじゃなくって、半分『しか』消せなかったんだ。

 次のドラゴンのブレスは30秒後。このまま増え続ければ、次が来るまでに兆を軽く超える数にまで増えることができる。まあ、そこまで増やすつもりはさすがにないが。

 2秒で、消された分のさらに倍の数まで増える。さすがに百万を超えたので、ここからは攻撃の時間だ。

 それぞれに、ウォリアー、ナイト、メイジ、スカウト、レンジャーの俺を呼び出す。召喚士の道に進まなかった俺だって絶対いるはずだと思ってたが、やっぱりいたようだ。

「さぁて、数の暴力を味わってもらうか!」

 百万のゴブリンが、一斉にドラゴンへ襲い掛かっていく。尻尾での薙ぎ払いや噛みつきなどで応戦するも、一度に倒せるのはせいぜい百人。単純計算で一万回食らわない限りは壊滅しないし、壊滅しても一秒で元に戻る。

 こっちの攻撃はほとんど効いていない。しかし、攻撃を嫌がる部位もある。そこを重点的に攻撃しつつ、俺達は更なる隙を窺う。

「くそっ!何だってんだよ!ゴブリン程度、さっさと殺せ!ブレスはまだ使えねえのかよ!?ああくそ、肝心な時に役に立たねえ馬鹿めが!」

 どうやらプリヴェはいきり立ってそんなことを叫んでいるらしい。どうせ楽勝だと思って、ロクに自分の召喚獣の力を把握しようとしなかった弊害が出てるな。そもそも、ブレスだって薙ぎ払えてなかったしな。

 一方の俺達は、弓を使える奴が顔に攻撃を集中し、それを嫌がるドラゴンの足や尻尾に斬り付ける。一発一発はほとんど効果が無いとはいえ、さすがに百万回も斬り付けられりゃあ少しは効く。

 ドラゴンはどんどん自由を奪われ、俺達は好き放題に動き回り、そして決定的なチャンスが来た。

「ドラゴン、バランス崩しそう!後部に集中!」

「よし、ここで決める!」

 顔に飛び道具を集中させ、後退しようとするドラゴンの足元にわざと集まり、何十人も踏み潰されつつ血溜まりのトラップを作る。それに足を滑らせ、尻が落ちた瞬間、俺達はそこに殺到した。

 ぐぎゃあああぁぁ!!と凄まじい悲鳴がドラゴンの口から迸った。尻から体内に侵入し、好き放題に攻撃する。ドラゴンは滅茶苦茶に暴れるが、体内に入り込んだ俺達を出すことはできない。

「おい、ふざけんな!ドラゴンがやられんのかよ、ゴブリンとサリュー如きに!?」

 まさに七転八倒し、悲鳴を上げ続けるドラゴン。やがて、その口から血が噴き出し、尻からも血が流れ出し、少しずつ動きが小さくなっていく。

 そして、ついに動きが完全に止まり、ドラゴンの目から光が消えた。

「よし……よし!よし!よぉし!勝った!俺達の勝ちだぞサリュー!」

 協力してくれた俺達の生き残りを元の世界に返しつつ、俺は穴から這い出た。ブレス対策の穴だったが、結局一発しか撃たれなかったな。

 一方、群衆は静まり返り、ただ茫然とドラゴンの死骸を見つめている。そりゃあそうだろう。一方的な殺戮劇だろうとは思ってただろうが、まさかドラゴンがゴブリンに狩られるとは思ってなかっただろうからな。

「しょ……勝者、サリュー。サリューとゴブリンサマナーの勝利、です」

 勢いを失った実況が、力なく俺とサリューの勝利を告げる。結界が解かれると、サリューは俺に駆け寄ってきた。

「ゴブ君、お疲れ様!うまくいってる?」

「今のところは。この後が無事に済めばいいけど、そいつら思ったより腐ってるからなあ」

 そんなことを話していると、一人の老人が俺達に近寄って来た。サリュー曰く、どうやら学園長らしい。

「サリュー、ドラゴンを破るとはな。驚いたぞ」

「学園長……ゴブ君のおかげです。あんな戦法、僕には思いつきもしなかったですから」

「つまり、君は召喚獣と高度なやり取りができるのだな。ふむ……そうかそうか」

 やおら、学園長は巨大な炎を召喚した。一体何をするのかと思う間もなく、それは俺に向かって襲い掛かって来た。

「ぎゃああぁぁーー!!」

 まるでドラゴンのブレスを彷彿とさせる炎に、俺の身体は一瞬で燃え尽きた。


「ゴブ君!?え、学園長、何をっ……!?」

 ゴブリンは一瞬で焼き尽くされ、サリューは驚いて学園長に顔を向ける。だが、学園長はそれが当然だというような表情を浮かべていた。

「君は、ハンデを悪用して多重召喚を行い、決闘を汚した。そして、貴重なドラゴンも殺してしまった。君はねえ、大罪人なんだよ」

「そんなっ……違います!」

「しかもだ。プリヴェ君は王室からも期待をかけられる、若きエースだ。君みたいな平民とは、器が違うのだよ。そんな彼が、君に負けるなど、あってはならない。君は不当な手段で決闘を汚し、貴重なドラゴンを殺し、プリヴェ君を傷つけた。死刑にはならないかもしれないけど、それも君の態度次第だね」

 プリヴェは歯を食いしばり、拳を真っ白になるほどぎゅっと握った。

「僕と、ゴブ君が……一週間、悩み続けて、それでやっと掴んだ勝利は……掴んではいけなかったっていうんですか……!?」

「当り前だろう?プリヴェ君には輝かしい未来があるが、君には何がある?どうせこの学園の出とも思えないような、十把一絡げの魔術師にしかなれない君が、プリヴェ君と何を競えると?」

「決闘を……汚してるのは、どっちですか!?」

「君だよ。そうそう、君に妙な才能があると知られるのも面倒だ。君にはやっぱり、死刑になってもらうのがいいかもしれないねえ」

 まるで慰めるかのように肩をポンポンと叩き、学園長はプリヴェの方に歩いて行った。

「プリヴェ君、災難だったね。ドラゴンだってただじゃなかったのに」

「が、学園長……!その、俺だって、まともにやれば負けなかったんです!あいつが……!」

「いい、いい。わかってるよ。彼は君の優しさにつけ込んで、決闘を汚した。それが事実だよ」

 そんな言葉を聞きながら、残されたサリューはただ拳を握りしめ、駆けつけた衛兵に連行されるまで、ずっと俯いていた。




 王城の地下牢に、ぶつぶつと小さな声が響いている。その声を聞きながら、牢番の兵士はもう一人に話しかける。

「あの子、来た時からずっとあんな調子だけど……一体何した奴なんだ?」

 話しかけられた兵士は、面倒臭そうにそちらを見ると、これまた面倒臭そうに口を開いた。

「あん?あ~、なんでも、決闘で多重召喚をして、汚いやり方で勝ったらしいぞ」

「決闘……あの、学園でやったっていう、ゴブリン対ドラゴンの決闘か?え、じゃあ何?あいつゴブリンでドラゴンに勝ったのか?」

「そうじゃねえの?」

「『そうじゃねえの』って……それ、多重召喚にしたってすごい事だと思うんだけど……」

 兵士が言いかけると、気だるげな兵士は表情を変え、声を潜めた。

「決闘相手は、王室のお気に入りだ。あいつは決闘を汚して、ドラゴンを殺した。それでいいんだよ」

「それって……そりゃ、ああもなるか。頑張ったんだろうに、やりきれねえなあ……」

 そう言うと、兵士は同情の籠った目で、サリューの入る牢を見つめるのだった。




「うん……まあ、想定通り。ね?やっぱりろくでもないことになったでしょ?この程度なんだよ、僕の国って。うん……そうだね。もういい加減、いいかなって思うよ」

 ぶつぶつと、サリューは喋り続ける。傍から見ると、頭がおかしくなったようにしか見えない光景だったが、実際はきちんと相手が存在していた。

「で、ゴブ君はまだ穴の中?」

「十分くらい前に出たところだ。これで夜じゃなかったらどうしようかと思ったぜ。しっかし、俺の身代わりの俺には悪い事した」

「あはは、君の身代わりの君って、なんか複雑だね」

 距離も何も関係なしに、召喚獣と話ができる能力。これを使って、サリューはずっと会話していたのだ。

「悪かったな、サリュー。俺はお前の国が、ここまで腐りきってるなんて信じられなかった」

「いいんだよ。僕だってここまでひどいのはちょっと想定外だったし。退学は覚悟してたけど、死刑はちょっとねえ」

「ドラゴンと戦わされた俺の気持ちが分かったか?」

「んー、それはわかんないかな」

 そう言って、サリューは笑った。

「だって、助けに来てくれるでしょ?」

「その予定だ。声の方角はわかるし、問題はねえ。スカウトもレンジャーも、召喚し放題だしな」

「今度は、一分どころか一晩あるしねえ。どこまで増えるか、楽しみだね」

「戦争は数だ。ドラゴンの次は、人間一千万人ぽっちじゃ、俺達は止められねえって証明してやらなきゃな」

「楽しみにしてるね、ゴブ君」

 全てを諦め、全てに絶望した表情で、サリューは黒く染まりきった笑顔を浮かべる。

 そして、ゴブリンサマナーは夜陰に紛れ、召喚を続ける。今や、外は地平の彼方までゴブリンに埋め尽くされ、いつ侵攻の命令が出ても良いように、すっかり準備を整えていた。

「それじゃあゴブ君、好きにやっていいって命令は一旦取り消す?」

「その方が、すっきりするんじゃねえか?」

「あっはは、それはそうかもね」

 楽しげに笑ってから、サリューは表情を改めた。そこにいたのは、苛められっ子のサリューではなく、一人の邪悪な召喚士だった。

「それじゃあゴブ君。侵攻、開始。皆殺しでいいよ」

「おぅし、そりゃあ俺もすっきりしそうだ。それじゃあ、いっちょやるか!」

 地平を埋め尽くすゴブリンの群れが、ぞわりと蠢いた。そしてその群れは、サリューの国を包み込むように飲み込んでいくのだった。

ガチャでロクなのが出なかったので勢いで書きました

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