第七十七話 『軍曹と学び舎の鉄則』
――ドドーーンッ!
空気が震え、大気が揺さぶられる。
衝撃波が鼓膜を打ち、世界が一瞬ぼやけた。
「うっるさっ! 耳が痛いィィィ!」
今日は兄の砲撃の練習だっ!
さすがに本気の砲撃ってわけじゃないっ!
けど……それでも、この音だっ!
音が響きすぎるよっ!
「ああ、まだ耳がキンキンする……」
魔術の砲撃は火薬と違うと思っていたのだが、案外響くもんだな……
映画やアニメの砲撃シーンと大差ない。
あんな爆音の中で作業してる人たちは、よく難聴にならないな……
――ああ、だから耳栓するのか。
「……だから言っただろ。耳を塞げと。やらないほうが悪い」
そう指摘するのは整備士の『ベルクボッグ』さんだ。
この帝国では混血種が多いが、それには理由がある。
元々、千年前は集合国家の中でも貧しく、最弱国だった。
その発展を担ったのはある少年が遺跡で『グリムヘッド』の原型を見つけた。
そのことで、歴史が動く。
その後、周辺国家から学者などの助力を求め、研究が始まる。
すると興味を示した隣国から日増しに人が集まった。
そのうちに技術が発展し、さらに研究が進む。
すると遠方からも噂を聞き興味を示した者が押し寄せてきた。
そうしている内に、いつしか強国と呼ばれるまでに至った。
人手不足だった国は人種問わずどんどん人を受け入れる。
その結果、混血種が増えていったというわけだ。
そのせいか、職人気質が強い。
まぁ、それ自体はドワーフに限ったことじゃない。
だが、彼の場合、特にそれが色濃く出ている気がする。
「部外者は邪魔になるからと断ったのだが、案の定だ。ブツブツ……」
「いや、まぁ、すいません……悪気はないんですよ……いやぁ、あはは」
気まずさをごまかすように愛想笑いをする。
そんな中で、不意に視界に小さな二足歩行の機体が入った。
……あれはなんだ?
ストライカーよりも小さく、高さは二メートルほど。
グリムヘッドを縮めたようなフォルム。
妙に気になって、ついベルクボッグに尋ねた。
「前から気になっていたんですが、あれは何ですか?」
「あん? ああ……あれは『ヘッドローダー』だ」
え? それだけ?
「あの、えっと……何をする機体なんです?」
「……ちっ、めんどくさいな。見りゃ分かるだろ」
いやいや、分からないから聞いてるんですけど……
「フィル、あれは『ヘッドローダー』って言って、『グリムヘッド』の整備をするための小型作業機よ。資材を運搬したり、部品の取り付け・取り外しをしたりするの。ふふ~ん」
ベルクボッグさんの代わりに、得意げに姉さんが説明してくれた。
ようは、倉庫などで使うリフトのようなものか?
「おっ、嬢ちゃん。よく知ってるなぁ。その通りだ。整備作業用の道具ってわけだ。いやぁ、コイツも嬢ちゃんくらい物知りだと助かるんだけどなぁ。がははっ!」
「当然。がっははは」
姉さんも一緒になって笑いだした。
楽しそうで何よりです……
「………」
――砲撃の訓練が終わり、整備を始め出した。
オレたちは、いらない子になり屋敷に戻る。
そして――
昨日の約束通り、ヒュリエの勉学の面倒を見ることになった。
そのことを聞いたラサラさんも自分も教えて欲しいと志願してきた。
まぁ、教えるに限っては一人や二人増えたところで問題はない。
早速、オレは始めて行くのだった。
「いいか、諸君。今から、おまえらを立派な良識者にしてやる。そのためには寝ても覚めても数字の波に揉まれてもらうぞ! わかったかっ!」
「「は、はい」」
「ちがうっ! 返事はYESだっ!」
「「い、いえす……」」
「よし、いいぞ。そして、YESの前と後ろに『ニャ~』をつけろっ! わかったか、凡人どもよっ!」
「「にゃ……にゃ~イエス……にゃ~……」」
「声がちいさいっ!!」
「「ニャ~イエス、ニャ~!!」」
「よろしい、それでいいんだっ!」
ヒュリエとラサラは、心底嫌そうな顔をしていた。
――が、俺は気持ちよく軍曹を演じていた。
ちょっと、楽しかった。
意外だったのは、ラサラさんのほうだ。
失礼ながら、最初は勉強とは縁のないタイプだと思っていた。
だが、彼女の方から「教わりたい」と言ってきたのだ。
気になって、オレは「どうして?」と尋ねた。
なんでも、勉学を教わる機会がなかったそうだ。
そのことで、ヒュリエの家に雇われる前に大変な目にあったらしい。
たぶん……たくさん、騙されたんだろうな……
よく分からず、契約書にサインしたりとか……
分け前を、掠め取られたりとか……
ラサラさんにきいたら、
「不思議だったんだ。仕事をすればするほど、何故か借金が膨れていった」
「……」
……それ、完全にカモにされてたやつじゃないか?
まぁ、でも今はヒュリエの家に雇われて、借金も返済できたらしい。
いい雇い主に巡り会えて、本当に良かったですね……
そのため、二度と騙されないように。
拾ってくれたヒュリエの家に迷惑をかけないためにも。
文字や計算を覚えたいそうだ。
そして今、静かに勉学を励んでいる。
特にヒュリエは、本気で学ぼうとしていて、その真剣さが違っていた。
よく話を聞くし、質問もしてくる。
その姿からは一昨日、勉学を嫌って抜け出したとは思えない。
だが、これはいいことだ。
興味を持つ、それが成長に一番大事なことだ。
その証拠に、ヒュリエは飲み込みが早い。
驚く程に。
この子は出来ないんじゃない。
やる気を失っていただけなんだ。
そう思わされた。
ただ、その旺盛な好奇心が、時々困る質問を投げかけてくる……
「ねぇ、フィル。3+0が3なのはわかるけど、なんで3×0が0なの? それに3÷0も」
「………」
ちょっと説明に困る……
どう説明すればいいのだろうか?
「ねぇ、三個あったものが0をかけるとなんで0個になるの? それに三個あったものを0で割るとなんで0になるの?」
非常に説明に困るんだけどぉ……
掛け算はまだいい。
「掛け算って、3×2なら3を2回足す、2×3なら2を3回足しても同じになるよな? なら 0×3も、0を3回足すってことになるんだ。何もないものを何回足しても、やっぱり何もない だろ? たとえ 3×0でも同じ。0を3回足しても0のままだよ。0の掛け算の場合は3を0回足すという感覚がおかしいから、元々0のものから考えるのがいい」
「……確かに! なんかスッキリした! じゃあ、3÷0は?」
掛け算はこれでいいのだが、割り算の説明は……
実はオレもあんまり知らない。
そういうものだと、思っていた。
けど、こうヒュリエみたいに具体的に聞かれると困る……
ストライカーに聞いてみるか?
バカにされそうだけど……
「ちょ、ちょっと待っててくれるかな?」
「うん、いいよ。軍曹っ! わたし違うことしてるね」
ああ……なんて素直なんだ。
――しばらくして。
「えっとね。0で割るってことは『3個のものを0人で分ける』ってことになる。でも、分ける相手がいないから、計算自体が成立しないんだ。だから、数学のルールとして『計算不可』って決められてるんだってさ。ただ、仕方ないから0とする時があるみたいだ」
「え~~なにそれ? 変なの。でも、分かった」
よ、よかった……
わかってくれた。
はぁぁぁ。
心臓に悪い。
こういうなんでもない単純なことにこそ落とし穴がある。
今回は、そんなことをオレが教えられた気がする。




