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第七十四話 『父と子と』

 ホントのことなんて話せやしない。

 かと言って、良い言い訳も思いつかない。


 なら、口をつぐむしかない……


 オレはしばらく沈黙した。


「……答えぬか。まぁよい。その様子でおまえには『何かある』ことが分かった」


 父はオレに厳しい目を向ける。

 だが、その後に「ふっ」と笑みをこぼし、話し出す。


「まぁ、なんでもよい。が、もし力があるのなら、アルトメイアの補佐を任せる」


「………っ!」


 予想外の父からの言葉にオレは動揺する。


 兄さんを支えるのは当然だ。

 何よりオレ自身がそうしたい。

 だが、まさか父がそれを言うとは思わなかった。


 何のつもりだ?


 ……父のことだ、何か裏でもあるんじゃないか?

 オレはどうしても、父のことになると猜疑に歪んでしまう……


 考えすぎか……?


 キョトンとするオレを他所にさらに父は口を開いた。


「……返事は?」


「え……? あ、はい……」


「………なんだ。その気の抜けた返事は? しゃんとせんかっ!」


 動揺し、呆然としているオレに父の叱咤が飛ぶ。

 その声につられ、勢い良く返事をした。


「は、はいっ!」


 父は続けた。


「……そんなに意外だったか?」

 

「あ……いえ。はいっ! 少し驚きました。元から兄さんに手を貸そうとは思ってましたが、父上に命令されるとは思いも寄りませんでした」


 オレの言葉に、父は目を瞑り、ふっと笑った。


「そうだな。わしもフィルにこんなことを言うのは初めてだ」


 父がそんな笑みを浮かべるのを、オレは初めて見た。

 これまでの厳格な印象とは違った。

 どこか穏やかで――

 それが、かえって戸惑いを生む。


 だが、戸惑いながらでも父に尋ねてみたくなり口を開く。


「……無理に聞き出そうとはしないのですね?」


「ん? おまえの力のことか?」


「……はい」


「聞かれたいのか?」


「い、いえ……それは……」


「それでよい。力があり、それがアルトメイアのためになるならば、理由は問わん。ただし――失望させるな。それだけだ」


 力強く、威厳のこもった言い方だった。

 怖いくらいに……ほんとに怖いくらいに……


「分かっています。父上に言われずとも、オレはオレの意地で責任を果たします。父上に命じられたからではなく……オレ自身の意思で」


「ふっ……それでいい。むしろ、そうでなくてはいかん」


 さらに父の顔が緩んだ。

 

 どういうことなのだろうか?

 なぜ、そんなに嬉しそうなんだ?

 オレのことはどうでも良かったのではないのか?


 思慮の足りないオレには分からない……


「……フィル。おまえ少し変わったな。前は自分の意見も言えなかったのにな」


「そう……ですかね?」


「それが、今はどうだ。恐れを抱いていはいるが、わしに己の意思を示している。前のおまえにはなかったことだ」


「………」


 たしかに、オレは仕方がない。

 当たり前と決めつけて、諦めて父の言うがまま従っていた。


 あれ?


 そういえば、こんなにまともに父と話せたっけ? オレ?

 何を言っても、否定される。

 そんな父だとばかり、思っていた。

 だから、言うがままに従った。


 けど……今日は何かが違う。


 それを父は見抜いているんだ。


 今は自分の意思で父の言葉に従おうとしている。

 そして、自分の意思で否定しようともした。

 オレ、こんなだったっけ?


 あっれぇぇ?


 混乱しているオレに父が口を開く。


「わしがおまえが変わったと感じたのは、アルトメイアが魔物を倒し、その原因を作ったお前が進んで罰を受けたときだ。知っているか、フィル? あの時のわしはおまえを本気で北の戦地に派遣させようと思っていた」


「……っ!!」


「驚いた顔をしているな。ふふ」


「え……そりゃ、突然そんなことを言われれば誰だってびっくりしますよ……」


「それはすまなかったな。だが、おまえの短絡的な行動で、後継者のアルトメイアを危険にさらした上に、街に被害が被っていたかもしれんのだ。それくらい当然ではないか。軍に入れて、性根を叩き直すつもりだった! 多少危険だが、死ぬほどの思いをすれば変わらずにはいれないだろうとな、ははは」


「………」


 ははは……じゃないっ!

 オレ、ほんとうにやばかったのかっ!

 考え直してくれて良かった……


「……では、なぜ、そうしなのかったのですか?」


「そうだな……まずはアルトメイアが必死にお前を庇う姿。そして、チスタもお前を庇っていた。その二人に信頼されているおまえに興味がわいた。そして、一番の理由はおまえだ」


「オレですか?」


「そうだ。罰を言い渡したとき、おまえが素直に従うのは昔と同じだった。だが、あの時のおまえの瞳は違っていた。すべてを諦めた澱んだ目ではなく、覚悟を決めた強い瞳だった。それが、処罰を取りやめた一番の理由だ。とはいえ、何の処罰もなしでは示しがつかない。許せ」


「い、いえ……当然の処罰だと思います……」


 あれ? なんだかすごく良識的なのだが?

 父さんって、こんなだったか?

 オレの中の父と目の前の父が違いすぎる。


「ともかく、これからはアルトメイアをしっかり補佐せよ。それが命だ」


「は、はい……」


「もっとっ! 気合入れて返事をせんかっ! 戦地に送るぞっ!」


「はいぃぃぃぃ!!」


 オレは、今の精一杯の声で返事をしたのだった。


「ふふ。それでいい。では、戻っていいぞ」


「……一ついいですか?」


 オレは今の父に聞きたいことがあった。


「なんだ。これでも忙しいのだ。手短にな」


「……父上は、昔オレを見捨てるつもりで軍に入れようとしていたのではありませんか?」


 その言葉に少し眉が動いた。

 だが、静かにゆっくりと口調で話す。


「誰に聞いた?」


「えっと……それは、使用人の噂だったかな?」


「おまえは、そんな噂を信じるのか?」


 そう言われれば、ハイなんて言えない。

 噂を鵜呑みにするのは危険だからだ。


「……たしかに、おまえを軍に入れようとしたのは事実だ。しかし、それはおまえのおどおどした腐った性根を叩き直すためだ。それ以上でも以下でもない」


「……そうでしたか」


「ああ、そうか。なるほど。おまえの中で、わしはこう考えていることになっているのだな。『この家の役に立たないなら、戦死してもいいから北の戦地で手柄でも上げさせる』と……違うか?」


「……違わない……です」


「そうか……ふっ。見くびるなよ。わしがやると決めたら、そんなものでは終わらない。ボロボロになるまで使い果たしてやる。だが、今はアルトメイアの為に働け。そのあとは、また考えておいてやる。覚悟しておけ」


 ――ゴクリッ


 オレは父の言葉に、軍に入るほうがまだマシでは……?

 そう思い、息をのんだ。


「肝に銘じます……」


 オレはそう言うのが精一杯だった。


 最後にオレはもう一つ聞きたかった。


「もう一つ、いいですか?」


「なんだっ?」


 最後だと思っていたところにさらに質問をされた。

 

 それを煩わしいと感じたのか、短く鋭い声が室内に響く。

 父はしばし沈黙し、目を細めながらじっとオレを見た。


 ほんの数秒が、やけに長く感じる――


 その雰囲気に飲まれそうだ。

 だが、それでも流されずに意を決して質問をする。


「……ち、父上はどうして、兄さんやオレを試すようなことを言うのですか?」


「……わからんのか?」


 その問いに、オレは思わず口をつぐんだ。

 すると父は「そうか」と短く言い、静かに続ける。


「そうだな……今回のアルトメイアに模擬戦を挑んだ貴族をおまえも見たであろう。大半は、あんな利己主義的でろくでもない貴族ばかりだ。そんな馬鹿に付き合わなければならない。しかも奴らは狡猾だ」


「………」


「わしの問いに答えられず、どうやって奴らと渡り合える? これからお前らが成長すれば、それが嫌というほどわかるぞ。なら、今のうちに慣らしておかないと、いつか飲み込まれる。そう思っているからだ」


 オレは息をのんだ。


 父の言葉が、重く胸に響く。


「……分かりました」


「おまえは理解が早いな。ふっ……」


 父は満足げに微笑むと、改めて命じる。


「わかったら、アルトメイアを裏から支えろ。それがおまえの役目だ」


「はい……!」


「ふふ、しっかりな。では、もう戻れ。長くなってしまった」


「はい。失礼します」


 オレはそう言って、踵を返しドアを開ける。


 一瞬だけ振り返ると、父はすでに書類に目を落としていた。

 まるで最初からずっとそうしていたかのように。

 オレは静かにドアを閉めた――

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