第七十一話 『新たな住人、新たな日常』
――ストライカーの考察をきいた次の日の朝。
――バンッ!
「いやぁぁ! いきなり扉を開かないでぇぇ!」
オレが着替えている最中、突然扉が開いた。
ちょうど、パンイチの姿を見られた。
「さぁ、早く朝の稽古を始めるわよっ! フィル!」
しかも、ちょっと困る状態だったのに……!
「お、おまえ……ノックくらいしろよな……!」
「いいからっ! 早くやるわよっ!」
「わかったから! 着替えをさせてくれぇぇ!」
朝からオレはひどく疲れたのだった……
おかげで、昨日のストライカーの話はすっかり頭から消え去った……
その後、軽く朝食を食べ、一息ついてからヒュリエの訓練に付き合うことにした。
――カンッ! ガンッ! カンッ! ガッ!
「グッ……!」
「そこまでっ!」
「「はぁ、はぁ……」」
「むぅ……」
「やるわね……ギリギリだけど、私の……勝ちよ……はぁ、はぁ……!」
フィルもヒュリエも剣を構えたまま、肩で息をしていた。
何度か勝機はあった。
だが、最後の模擬戦はヒュリエに軍配が上がった。
「そうですね……フィル様はやはり、あと一歩踏み込むのを躊躇されています。確実に当てられる場面でも振りが鈍くなり、むしろ、敢えて打ち込むのを止めていますね? 違いますか?」
相変わらず、ラサラの指摘は鋭い。
言葉にされると、改めて考えさせられる。
自覚していたが、できれば向き合いたくない問題だった。
「……違いません」
「……ふぅ。それを直せとは言いませんが、いつか、その迷いがあなたを殺しますよ」
ラサラの声は、厳しくも優しかった。
「ですが……その迷いを別の形で補うこともできます」
「どういうことです?」
「フィル様は、人を殺すことを酷く怯えている。違いますか?」
「……違いません」
そう答えると、ラサラは目を閉じ、静かに話し出す。
「なら、殺さない方法で打ち込めばいいのです。簡単ではありませんがね。『打ち込んでも死なない』と確信できれば、振り切れるのではありませんか?」
「……そう、ですね」
「そうすれば、お嬢様に負けることもなくなるかもしれません」
「はぁぁぁっ!? どういうことよっ、それっ!」
ヒュリエは納得がいかず、大声を上げた。
「落ち着きなさい、お嬢様。冷静に相手の実力を分析することは、勝つための初歩ですよ。認めたくない事実であっても……ね。自分に都合のいい解釈ばかりしていては、いずれあなたが死にます」
「ぐっ……それでも、最後はわたしが勝ったわ……」
ヒュリエは顔を伏せ、剣を握る拳が震えていた。
肩を揺らし、小刻みに震えている。
「……ふぅ。認めたくないでしょうが、一つ教えましょう。お嬢様、フィル様が何度手を止めたか、覚えていますか?」
「……っ!」
「……覚えていませんか? それとも、分かっているけど認めたくないのではないですか?」
「うっ……」
ヒュリエは核心を突かれたのか、言い淀む。
そのヒュリエにさらにラサラは言葉を続けた。
「わたしが見たところ、少なくとも五回はありましたよ。それでも、勝ったと言えますか?」
「……思わない……」
「それでいいのです。正しい勝利を掴むためには、まず正しく状況を認識すること。それができれば、自分に何が足りないのかが分かり、補うことができます」
ヒュリエは悔しそうに口を引き結んだ。
それを見て、ラサラは少し表情を和らげる。
「自分が負けを認めるのは難しい。わたしも昔はそうでした……お気持ちは分かります。でも、負けたと感じたその先に、『どうすればよかったのか』を考えることが大切なのですよ。理解できましたか?」
「……分かりました。ご指導、ありがとうございます……くっ!」
そう言うと、ヒュリエはオレに顔を向ける。
そして、「キッ」と睨むと——
「いいっ! 今度は負けないからっ!」
少し涙目で、そう言い放った。
「………」
信頼している師匠の言葉を、悔しくても素直に受け入れる。
それが、この子のいいところなのかもしれない。
こんなことを言われて、悔しくないわけがないのにな……
自分の弱い所は薄々分かっていた。
しかし、言葉にされてはっきりと指摘される。
けど、それは分かっているが認めたくない事実だ。
それを、はっきりと言ってくれるラサラさん。
言わないで後悔させてしまう。
そうなるくらいなら、怪我を負わないうちに自覚させる。
そう、導いているのかもしれない。
オレには、そう感じられた。
ヒュリエは納得がいかないだろう。
けど、ラサラさんを 認め、信頼している。
そして、自分でもなんとなくだが気付いている。
だから、素直に従うのかもしれないな。
「あ……ああ、オレも勝ったなんて思ってない。オレも分かっていたのに、そこから逃げていたんだしな……違うな、考えるのを止めていたんだ……が、正しいか」
「そうです。見たくないのは分かりますが、まずはその部分をハッキリさせないといけません。まぁ、私に言わせれば、お二人共まだまだですけどね。ですが、フィル様のその強さはどこで覚えたのでしょうか? 気になりますね」
「えっ? ……あ、いやぁ……ふ、普段の鍛錬で……」
シミュレーターのお陰なんて言えないっ!
でも……ラサラさんにSSSをやらせたら……
普通にクリアしちゃうんじゃないか?
いや、いやいや……さすがにそれは……ないよな……?
……うん、多分。
でも、もし……もしやらせたら……?
けど、ストライカーの存在に気づかれるワケには……
でも、いずれはバレそうな気がする。
オレの不注意で……
んんん……その前に話してたほうがいい気がする。
突然、見つかって騒がれるのものなぁ……
オレは少し考え込む。
とりあえず、見つかる前提の心構えだけはしておくか……
「さぁ、皆さんこれで汗を拭いてください。そして……お嬢様のタオルはわたしが……ハァハァ……」
「やめてっ! 相変わらず気持ちわるいわね……」
「失礼。自重します」
「……まったく……でも、はぁ、気持ちいい」
オレたちは汗を拭いて、すっきりした気分になった。
「………」
……シャワーが欲しいな……
贅沢だろうか。
そんなことを考えていると、兄さんとチスタがやってきた。
「やぁ、フィル。またヒュリエと一緒か? 本当に仲がいいな。」
「こんにちは、フィル様」
「やあ、兄さんにチスタ」
軽く挨拶を交わしながら、オレは彼らの顔を見た——




