第七話 『希望』
「ぐっ……」
「どうした? そこまでなのか、フィル? ここで終わるか?」
兄の冷徹な言葉が響く。
片膝をついているオレを、兄は高みから見下ろし、まるで失敗者を見るかのような目で見ている。
「いえっ! まだまだです! まだ、やれます!」
オレは必死に立ち上がり、顔を上げる。
痛みが走る足を無視して、兄の眼差しに負けないようにする。
「……そうか。なら、続きだっ! いくぞっ!」
兄は言い放つと、あっという間に魔力を集中させ、炎の槍を放った。
熱く、鋭いその攻撃が、オレに向かって飛んでくる――!
――ゴウッ!
最初の槍は模擬刀でなんとか叩き落とした。
しかし、次の槍は体をよじって躱しきれたものの、最後の一発はどうしても避けられなかった。
「ぐはっ!」
足に激しい衝撃と焼けつくような熱が走り、オレはその場に膝をついて崩れ落ちた。
「こんなもんか。ここまでのようだな。ま、フィルならその程度か。だが、オレの相手にはふさわしいな。また、相手を頼むよ。フィル。それまでに、腕を上げておけよ。あははは」
「さすが、アルトメイア様、あんな卑怯者なんか相手になりませんね。ふふ」
いつも通りの対戦。
いつも通りの毎日。
いつも通りの……
「くっ……」
オレは立ち上がり、誇りのついた衣服を手で払いのける。
兄はあれから一年間、毎日のようにオレを相手に選んできていた。
いや……甚振っている……
しかも、オレに本気を出させないようにわざと顔の傷に触れながら、意識させてくる……
オレが卑怯者なら、それは卑怯ではないのか?
そう思わずにはいられないが……
それを言ったところで、誰にも相手にされないだろう。
むしろ、それを言うことにより、さらにオレは侮蔑の対象へと変わってしまうだろう……
それがわかっているから、オレは全てを受け入れている。
受け入れたくもないがな……
「………」
……これはいつまで続くのか?
これから、ずっと毎日続いていくのだろうか?
………まぁ、いいさ。
これが、いつものオレの定位置。
昔もこうだったじゃないか……
大丈夫。
慣れているんだ……だから、オレは大丈夫だ……
「慣れているから、大丈夫……」
オレは自分に言い聞かせるようにいつも呟いた。
心の中で何度も繰り返している呪いの言葉。
だが、その言葉を吐きながら、ふと過去の記憶が蘇る。
―――昔もこうだった。
小さな頃、オレは周りに合わせることができなかった。
思い通りにしたくて、意地を張って、結果として周りとの確執が生まれた。
自分が譲れなかった一線が、他の人たちを遠ざけて、オレは孤独になった。
「どうして、誰も理解してくれないんだろう……」
その頃、オレはこう思った。
「もう、慣れてしまえばいいんだ。こんなことで心を悩ませることはなくなる」
それが、いつしかオレの生き方となった。
それからずっと、オレは周りに作り笑いをして、薄っぺらい関係を築いてきた。
本当はもっと心を通わせたかったけれど、傷つけたくない一心で、無理に合わせて、心を閉ざしてきた。
でも、その関係が本当に意味のあるものか、心のどこかで気づいていた。
それでも、オレは「慣れている」と言い聞かせてきた。
信じ込ませることで、自分を守ってきた。
高校に入ると、少しずつ周囲とも馴染み、作り笑いをしながら無理に合わせることも覚えた。
でも、どこか心に空虚さが残り続けていた。
そんな中、ある女の子がオレに声をかけてきた。
彼女は特別美人ではなく、華やかさもない、普通の子だった。
けれど、オレにとってはその素朴さがどこか可愛らしく感じられた。
少しずつ、オレは彼女に心を寄せるようになった。
彼女は他の人たちとは違って、オレに寄り添ってくれた。
そんな彼女に、オレは惹かれていった。
だが、ある日ふとしたきっかけで、オレは彼女のS○Sを見てしまった。
そこには、オレをからかっている陰口が残っていた。
オレがどれだけ彼女に気を使っていたか、どれだけ心を開いたか、それがすべて嘘だったのかと思うと、心が張り裂けそうだった。
「あ~あ、ばれちゃったwもう少しこのままだったら胸くらい揉ませてあげたのに」
「でも、マジで受けるよねww アイツ、何も知らずに私にベタベタしてて草」
「しっかし、あんなやつに好かれてるなんて、ほんとバカだよねww」
「まぁ、でも楽しいから、しばらくそのままで行ってみようかな? あ、誰かに言ったらヤバいかもだけどw」
「でも本当に、笑える。私って何してるんだろうww」
と書かれた投稿があった。
さらにS○Sには「受ける」などと書かれ、オレがどれほど馬鹿にされていたかが明確に記されていた。
オレは愕然とした。
まさか、こんな風に裏切られるなんて。
信じていたのに、あんなに素直に心を開いていたのに、結局はからかわれていただけだった。
オレは怒る気力も気概も失せていた。
こんなもんだ……
所詮オレなんて……
そんな諦めの気持ちのほうが強かった……
その娘が、その後どうしたのはかは知らない。
知ろうとさえも思わなかった。
そのこともあり、オレはますます、諦めぐせが強くなっていった。
それは高校も卒業し、会社に入ってからも続いた。
もう、オレはずっとこのままなんだと、人生すらも諦めていた……
そんな中にあっても、心の奥底では変わりたい気持ちが燻ってはいたが、気づかないふりを続けていくのだった……
―――フィルのいつもの稽古場で。
いつもの大きな木の下で、無心に剣を振る。
考えることは何もない。いや、考えたくない。
兄の魔術の練習台として、毎日のように身体を酷使してきた。
そんな中で、魔術を躱すタイミングや、ダメージを受けない体勢を取るコツは少しずつ分かってきた。
それだけは、兄の相手をしていて良かったと思えることかもしれないな……
「ははは……」
――ダンッ!
「バカか、オレはっ! こんなことが得意になってどうすんだよ……」
心の中でつぶやく。
魔術を躱す動きが、まるで日常の一部のようになってしまっていることに、腹立たしさと虚しさが交錯する。
「くそっ……」
それでも、動きは止められない。
剣を振るう手は無意識に、すっかり体に染みついた動作を繰り返している。
魔術の一発一発が、まるで自分の成長を証明するかのように感じてしまう。
しかし、これが本当に進んでいることなのか?
ただの逃げ道でしかないような気がして、ますます嫌気が差す。
そんな心情が胸に渦巻く中、振り下ろす剣の音だけが響く。
そしてまた、何も考えず、無心に剣を振るい、いつも通りの体力作りをする。
そこに、感情など一切ない。
それが、オレには心地よかった。
……ウソだ……
昔のトラウマと兄からの仕打ちに打ちのめされていた……
頭にはそのことだけが、ぐるぐると駆け巡り、止めどもなく涙が溢れてくる。
オレが何をした……
何か悪いことでもしたのか……
いつもいつもいつも……
なんで、こうなる!
なにが悪かったんだっ!
何もかもがオレのせいなのかっ!
理由の分からない感情に囚われ、オレはふと高台から下を見下ろした。
「ここから、飛び降りれば楽になるのかな?」
そんな、考えが浮かんできたが、一度死んだ時のあの冷たい感覚が蘇り、オレは思考を止めた。
「はは……」
乾いた笑いが風がかき消した。
どうすればいい。
どうしたらいいんだ?
オレはただ、普通に生きていきたいだけなのに……
それが罪だというのだろうか?
前の世界でオレは変われたと満足して死んだはずなのに、ここに来て、変わったはずのオレがまた、同じ目にあっている。
……なんの皮肉だ、これはっ!
変わったんじゃないのかっ!?
変われたんじゃないのかっ!?
これじゃあ、前と同じじゃないかっ!
「くそっ! くそっ! くそ……」
ああ、もういっそ、理不尽に誰かがオレを殺してくれないかな……
そんな時、空間に異変が生じた。
――ヴォン!
「な、なんだっ!?」
それは、空間の歪みから何かが現れ始めた。
一番初めの感想は「鉄の塊」。
それが、オレの感想だった。
徐々にその「鉄の塊」の形がはっきりし始め、次の感想は――
「ロボット?」
だった。
そして、その「ロボット」が話しかけてきた。
「私は第四十二星雲 第十二兵団所属 対銀河連邦次世代決戦兵器、タクティカルストライカー。キミは?」
と――