第六十六話 『騒がしくなる日々』
なんとも妙な話になってきた……
「フィル! フィルっ! ちょっと、模擬戦しない?」
「………」
到着早々、それが開口一番か?
なんなんだろうか、この子の遠慮のなさは……
「ねっ、いいでしょっ!?」
ヒュリエが元気よくせがんでくるが、俺はため息をついた。
「ふぅ……ヒュリエ、それより、荷物を先に部屋へ運んだらどうだ?」
「えーっ! そんなの使用人に任せるわよっ! それより……」
「とりあえず、落ち着け……」
「そうですよ、お嬢様。まずは皆さまに挨拶を済ませなければなりません。それを怠り、勝手に歩き回られると……わたくしがまたお嬢様のスメルを追って……くふぅぅ……!」
「………」
ラサラさんの変態っぷりに、オレは若干引いてしまう。
「わ、わかったわよっ! だから、それはやめてちょうだい……仕方ないなぁ……はぁ……じゃあ、また後でね、フィルっ!」
そう言うやいなや、パタパタと小走りで部屋に向かっていった。
ラサラさんもオレたちに一礼すると、その後をついていく。
……あの落ち着きのなさはなんなんだ?
もしかして、あれか?
いつもと違う環境に来て、友達の家に泊まりに行く感覚でテンションが上がりすぎたとか?
「………」
……いや、少しはこっちの都合も考えてくれよ。
あの子はいい子なのは間違いない。
でも、こっちの事情なんてお構いなしにぐいぐい来る。
しかも、到着したばかりでこれだ。
悪いとは言わない。
むしろ、明るくて場の雰囲気を作るのは上手い方だと思う。
……ただなぁ。
少しは遠慮してくれてもいいんじゃないか?
はぁ……落ち着きがなさすぎるよ、本当に。
「………」
……いや、それより、なんであの子がこの屋敷にいるんだ?
なにも聞いてないのだが!?
いきなりのテンションに巻き込まれて、一番気になることを聞き忘れてたよ……
「………」
……まぁ、あとで誰かに聞けばいいか。
それにしても……これから大変そうだぞ……ほんとに……
「あ……そうだ……」
それもあるが……
この状況……ストライカーのことを隠しきれるのか、オレ?
「はぁぁぁ……頭痛くなってきた……」
オレはこれからのことを考えると、深いため息をつかざるを得なかった――
――カンッ! カンッ! ガッ!
「ほら、もっと動いて! 剣が縮こまってます! もっと足を広く、腕はコンパクトに!」
「わかってるわよっ! うるさいわねっ!」
「できてないから言ってるんですよ!」
ヒュリエとラサラのやりとりを横目に、オレはぼんやりと思う。
……なんで、こんなことをしてるんだ?
「フィル様はもっと踏み込んでっ! 大きく振りかぶって!」
「……はいはい」
適当に返事をしながら、言われた通りに動く。が、
「そこは小さくっ!」
どうすりゃいいんだよ……たくっ……
――ガスッ!
「ぐえぇぇ……!」
鈍い衝撃とともに、オレは吹っ飛んだ。
息が詰まり、視界がグラつく。
「や、やったぁぁあ!」
ヒュリエの歓声が遠くで響く。
……いや、マジで勘弁してくれ。
こんなことなら、ストライカーからアーマー借りておくんだった……
「あはは。でも、フィルはやっぱり強いよ。わたしとここまで渡り合えるんだから」
「そうかい……そら、どうも」
そう言っているオレにヒュリエは手を伸ばした。
その手を掴んで、オレは立ち上がった。
「……たしかにお嬢様の言われるとおりにフィル様はお強いですね」
「でしょうっ!」
「ですが……どう言えばいいのでしょうか? フィル様は相手を叩きのめしてやる! そんな気概が全く感じられません。ですから、動作の一つ一つが受けに流れて、徐々に追い込まれている感じを受けますね」
「………」
案外、この人は鋭いな。
確かに、オレは相手がいれば、どうしても引いてしまう……
「ですが、フィル様の剣は独特なのも不思議ですね。まるで、実戦を想定している動きですよ。どこで、そんな動きを覚えたのでしょうか? フェイントをフェイントだと認識し、剣を上手く流し居なす。到底、誰かから教われるようなものではないです。不思議ですね」
……なるほど。
言われてみれば、普通はこういう動きにはならないのかもしれないな。
オレの剣は、多分あのシミュレーターのおかげだ。
今はSランクを挑戦しているが、何度かSSやSSSにも挑んだことがある。
――あれは、もはや異次元の戦闘だった。
敵は剣を振るうのではなく、殺すために動く。
防御なんて考えていない。
攻撃の合間に次の一手を仕込み、どんな動きも「死」に繋げてくる。
たとえば――
剣を躱した瞬間、逆手に持ち替えた短剣が首筋に突き刺さる。
投げナイフを弾けば、それを逆に掴んで突き返される。
回避した瞬間、死角から別の刃が放たれる。
……もうね……レベルが違いすぎるんだよ。
最初の頃は、何度やっても「即死」の繰り返しだった。
でも、何度も繰り返すうちに、自然とフェイントか本命かの見極めができるようになった。
戦いのリズム、殺意の兆し、無駄のない動き――それが「読める」。
……さすがだよ、ストライカーさんよ……
「それだけに、惜しいですね」
「へぇぇぇ……ラサラがそこまで言うのは珍しいわね」
「珍しいのはフィル様ですよ。ここまで変な人は初めてですよ」
「………」
変とは失礼な人だなっ!
いや、猫か?
まぁ、どちらでもいい。
それなりには評価してくれてるってことだよな?
なら、今までやってきたのは無駄じゃなかった。
オレにはそれだけで十分だ。
「さて、まだ続けますか?」
「やるっ!」
「……ええ」
「ほら、フィル! 早く位置についてよっ!」
ああ……もう!
「わかったよっ! だけど、これが最後だぞっ!」
「うんっ! わかった! じゃあ、行くよっ! やぁぁぁ!」
「え、ちょっ……!」
――ガンッ!
こうして、オレの一日は過ぎていくのだった。




