第六十五話 『後日談と新たな風の予感』
『英雄祭』が滞りなく終わり、数日が過ぎた――
終わってみれば、なんとも慌ただしい一日だったと実感する。
あの男爵の提案は、現在も父が調整中だ。
すでにブラックバード家は皇帝陛下に上奏していた。
その結果、多くの貴族が関心を寄せた。
今までにない大規模な催しということもあり、当然のことだろう。
だが、関心を寄せたのは貴族だけではない。
皇帝陛下自身もこの計画に興味を持たれたという知らせが届いた。
実際の開発対象となるのは、大型魔獣が出没する地域――「ラース地方」だ。
その昔、被害が多大だった。
そのため、人口は少なく、開発も進んでいない。
今は大型魔獣の活動も収まっている。
一時的だが、一応の平穏が保たれている状態。
そんな土地を利用しようとしている。
模擬戦を中心とした開発を進めようという計画だが、当然、時間がかかる。
模擬戦の開催地は限定的。
とはいえ、そこに至るまでの道路整備を含めたインフラ整備も不可欠だ。
そのため、協力をブラックバード家、ハースリア家にも要請した。
さすがに、動く多額の資金。
それに対してハースリア家は少しばかり一悶着があった。
しかし、家の面子や収益の分配。
そレに加え、皇帝陛下の興味の高さを考慮し、最終的に了承の返事をもらった。
ブラックバード家は人員、機材、資材を提供。
ハースリア家もほぼ同様の支援を取り付けた。
さらに、皇帝陛下への上奏の結果、帝国からも人員が派遣されることが決まった。
なんでも、皇帝陛下ご自身もこの計画を楽しみにされているという噂があるほどだ――
それほどの大事業である。
兄の操縦訓練の時間を考慮しても、早くても一年後の実施になるという試算だ。
順調に進めば一年後の予定。
だが、何か問題が発生すれば延期は避けられない。
予定が延びることはあっても、前倒しはない。
兄にとっては訓練の時間を確保できるため、悪い話ではない。
もしかすると、父はそれも見越して計画を立てたのだろうか?
偶然のようにも思えるが……
ここまでの采配を見せられると、そうとしか思えなかった。
それに加え、このインフラは我が家に取っては必要だ。
物資の運搬、素早い兵の移動などで整備をしたかったはずだ。
だが、我が家だけでそれをやろうとしても資金が足りない。
だか、この機会に我が家だけでなく、他貴族も巻き込んで整備してやろうと考えたのかもしれない。
だとすると、どれだけ思慮遠望に飛んでいるのか。
そう思わずにはいられなかった。
この事業を取り仕切ろうとする父は、圧倒的だった。
今の俺では到底及ばない。
これほどの差を見せつけられると、俺たちなど相手にされないのも無理はない。
そう理解してしまう自分がいる。
だが……理解はできても、納得はできなかった。
そして、落ち込む兄に寄り添い、慰めたアマーリエ様。
そのブラックバード一行は祭りが終わった二日後には国に戻った。
兄はアマーリエ様といい雰囲気になっていた。
まんざらでもない顔を浮かべ、別れを惜しんだ。
一方オレもヒュリエとの別れに切なさを覚えるのだが……
ヒュリエはどこか楽しそうな雰囲気だった。
そんなにオレと別れるのが嬉しいのか?
そう、不満げな顔を浮かべていた。だが――
「また、すぐに会えるよ。そのときはよろしく」
と、なんの事か分からないが上機嫌で帰路についた。
この子はよく分からないな。
だが、そんなヒュリエが気になっていく。
そして、姉さんだ……
「……ボク、もうこんな行事いやだ……」
「お嬢様……どこにおられますか?」
「ヒッ! じゃ、じゃあ、ボクは部屋に引きこもるっ!」
そういうと慌てて姉さんは数日間、部屋に引きこもった。
何が、あったのだろうか……
少なくとも、あの使用人は姉さんにトラウマを植え付けたことには違いない……
ご愁傷様……姉さん、あなたのことは忘れない……
あとは……兄さんとチスタだが……
どちらも、少し様子がおかしい。
一見、前と変わらない。
だが、変わらないように意識しているのか、どうもそれが微妙な違和感を生んでいた。
互いに気遣い合い、接する。
それは、いいのだが、その距離感を測りかねている感じだ。
たしかに、婚約をした兄に対してチスタは前のようには接しにくいだろう。
それに加えて、自分の元奴隷の立場。
それを、今回のことで思い知らされた。
だが、それでも自身に対して普通に接してくれる兄。
その思いに報いようとする姿が、なんともいじらしい。
けど、それをどこまで振る舞えばいいのか測りかねている感じだ。
兄も兄で、そんなチスタを気遣いすぎている感じだ。
それに、これからアマーリエ様との付き合い。
その時に、どの程度の接し方をすればいいのか測りかねている。
そんな感じで、どちらともなにも言わないが微妙なズレを生んでいた。
そんなオレも、あの夜のチスタとの出来事を思い出し、どうにもモヤモヤしていた。
あの、『英雄祭』の時から、オレ達の関係が少なからず変化があったことは確かだ。
「……はぁぁぁ」
オレはこれからの事を考えると、溜め息を吐いた。
「……問:何か問題でも?」
「ん? ああ……ちょっとな……」
「では、やはり、繁殖の可能性を……」
「おぃっ! なんで、そんな話になるっ!」
ストライカーは少し考えた後、淡々とした口調で言う。
「人とは不思議な生命ですね。もっと単純に考えればいいものを」
「それは思うんだけどね……どうせ深く考えても、なるようにしかならない」
「ならば、こう考えればいいのではないでしょうか?」
「……どういうことだ?」
「最悪の事態だけを回避するように動く。それだけでも、タスクを単純化できませんか?」
フィルは思わず息をのんだ。
最悪の事態だけを避ける――
つまり、 全てを上手くやろうとせず、最低限のラインを決める ということか?
確かに、それなら余計なことを考えずに済むし、行動の指針も明確になる。
「もしくは、フィルが思い描く未来のために動く。あるいは、最悪の事態だけを回避しつつ、未来へ進む。そのどちらかですね。……ですが、後者を選べば、結果として望む未来の近似値を取得できる可能性が高いのではないでしょうか?」
「……そうかもな」
「どちらにしろ、フィルがやりたいようにやるのがよろしいのですよ。あなたは間違わない。そう信じていますよ。フィル」
「……ストライカー。わかった。オレはオレが望む未来の為に頑張ってみるか」
そうだよな。
初めから分かってたじゃないか。
ただ、オレは誰かの後押しが欲しかったのだと、この時、気づかされた。
――そして、
「ヒュリエ・ラ・ブラックバード! 今日から、この屋敷でお世話になります。不束者ですが、よろしくお願いします! ニコッ」
「はっ……?」
突然、ヒュリエがオレ達の屋敷にやってきた……




