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第六十三話 『策略家の格』

 キャメルン男爵は一瞬、兄の笑みに反応できずにいた。

 彼の口元がわずかに引きつる。


 キャメルン男爵は、アルトメイアに対して絶対的な優位を保っていた。

 だが、そこでヒュリエの登場。

 その中で核心に触れられ、打ちのめされたからだ。

 

 だが、それでも心を落ち着かせた。

 それは、彼の貴族としての矜持だったのかもしれない。


「……ほう?」


 男爵の目が細められる。

 挑発と受け取ったのだろう。


「お受けいただけると。それは光栄なことですな」


 静かに言いながらも、その言葉には棘があった。


 周囲の貴族たちがざわめき始める。

 会場の空気が少しずつ張り詰めた。

 まるで細い糸が今にも切れそうな状態だった。


 そして、その空気の変化にいち早く気づいたのは――


「何事でしょうか?」


 澄んだ声が響いた。


 その場にいた誰もが、反射的に声の主へと目を向ける。


 アマーリエがゆっくりと歩み出ていた。

 彼女の表情は落ち着いていた。

 しかし、その背後には彼女を支える家臣たち。

 その数名控えており、ただならぬ気配を醸し出していた。


「お話は、先ほどのお二人の対応で把握しております」


 柔らかく微笑んだ。

 しかし、その目は笑っていなかった。


 キャメルン男爵が口を開こうとする。

 だが、その前にアマーリエは静かに扇を開き、軽く手首を返す。


「でも、ここはそのような話し合いをする場ではないわ。ね?」


 その言葉には、有無を言わせぬ力があった。


 一瞬の沈黙。


 キャメルン男爵は微かに肩をすくめた。


「なるほど、これは失礼しましたな」


 と軽く頭を下げる。


「いえ、わたくしも妹の無礼な言動にお詫び申し上げます」


 そう言うと、キャメルン男爵に謝罪をする。


 兄も小さく息を吐く。

 ヒュリエはアマーリエに言葉に不服な顔をする。

 だが、アマーリエの視線を受けて口をつぐんだ。


「では、提案なのですが続きは改めて正式な場を設けませんか? そこで、お互い納得のいく話し合いをしましょう。どうでしょうか?」


 アマーリエはすべてを収めるように優雅に振舞う。


 だが、広間に緊迫した空気が漂っていた。

 アマーリエは微かに息を吐いた。

 手を後ろで組んだまま、キャメルン男爵を正面から見据えた。


 彼女の言葉は冷静だった。

 無用な対立を避ける柔らかさを含んでいる。

 しかし、それを受けたキャメルン男爵は鼻を鳴らし、不満げに肩をすくめる。


「話し合いなど必要あるまい。お前たちに覚悟があるならば、すぐにでも決められるはずだ」


 その言葉に家臣たちがわずかに顔をしかめた。

 しかし、アマーリエは怯まずに微笑を保ったまま、軽く頷く。


「そうですね。ですが、こうした事柄には、我が家の意見だけではなく、家臣の意見も必要です。それが責任を負う者の務めかと」


 キャメルン男爵は舌打ちをし、何か言い返そうとしたが——


「——その通りだ」


 重厚な声が響くと、場が一瞬で静まり返った。

 広間の奥、扉の向こうからゆっくりと入ってきた。

 それは、ブッシュボーン家の当主、グランバドルだった。


 彼は堂々たる体躯を誇り、威厳に満ちた眼差しをキャメルン男爵へと向ける。


 家臣たちが一斉に道を開け、彼の歩みを妨げる者はいなかった。


「申しはしたが、そちらの訝しる気持ちも分かる」


 グランバドルの声音には揺るぎがない。

 それでいて、相手を追い詰めるような威圧ではなく、あくまで冷静な調子を保っている。


「ならば、場所は我が領地の大型魔獣が出る地域——今は安定しているが、監視を続けている広大な荒地がある。周囲の被害も考慮し、そこで模擬戦を行う。それでよろしいか?」


 キャメルン男爵は目を細める。

 一瞬、言葉を選んでいるようだった。


「……まあ、それならば、こちらも異論はない」


 グランバドルは静かに頷くと、さらに続けた。


「それと……加えて、せっかくの機会だ。こういう案はどうだ?」


 グランバドルはさらに提案を提示する。


「他の貴族や庶民も見学できるようにするのはどうだろうか?」


 会場がざわめいた。キャメルン男爵も眉をひそめる。


「何?」


「もちろん、その費用は我が家も負う。しかし、提案を持ち上げたそなたたちにも、相応の負担をお願いしたい。無論、それだけではない」


 グランバドルはゆっくりと視線を巡らせた。

 広間の隅に控えていた家臣の一人。

 先ほどまでの口論が嘘のように静まり返る空間に緊張を滲ませる。


「皇帝陛下に上奏し、公営ギャンブルとして正式に認可を得るつもりだ。賭け金から得られる収益で開催費用を補填するだけでなく、その土地の貸出収益や上がる税収の一部も活用することで、負担を軽減できるはずだ。この上奏は、ブラックバード家にお願いしたい」


 その問いにアマーリエと家臣団は驚く。


「それは……意外なご提案ですね。何故、我が家に?」


 アマーリエはグランバドルの真意を尋ねる。


「伯爵家になったばかりの我が家、ハースリア家は子爵。だが、長年に渡り「帝国の黒壁」と呼ばれたブラックバード家。どちらが皇帝陛下における信頼の差は明白。ですので、ブラックバード家の申し出ならば、スムーズに提案が通ると思い至った次第でございます」


 その、グランバドルの一言に誰もが納得する。


 だが、キャメルン男爵の表情が微かに揺れた。

 これで、完全に否定する理由がない。

 むしろ、これを拒めば「提案したものの責任を果たせない」という評価を受けることになる。


 そして、何より——


「……ふん、そこまで言うのなら、乗ってやる」


 その言葉に、グランバドルは微かに笑みを浮かべた。


「——異論はないな?」


 そうして、ただの貴族間の争いだったはずの模擬戦は、大規模な興行へと変貌を遂げたのだった。

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