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第六十二話 『ラジカルなお嬢様』

 数多くの貴族が見守る中、キャメルン男爵は選択を迫った。


 彼は穏やかな口調で話す。

 へりくだった態度を取りながらも、逃げ道を巧みに塞いでくる。


 一見すると礼儀正しい。

 だが、その実、相手を追い詰める狡猾な手口だ。

 表向きは謙虚に振る舞いながら、巧妙に相手の立場を貶める。

 まさに貴族らしいやり方だった。


 「あくまで聞いた話ですが」と前置きをし、自らの関与を否定。

 その言葉には、責任を負わずに他者を操る狡猾さが滲んでいた。


 兄の困惑した顔が目に浮かぶ。


 ――胸が締め付けられる。

 浅はかな提案をした自分が情けなくなった。


「さて、この提案をお引き受けいただけますでしょうか? 断るのも一つの手ですが……『逃げた』とここにおられる方々が思われるかも知れません。わたくしは、そのようなことを思いはしませんよ。それも、立派な一つの戦法なのですから」


「くっ……」


 あんなこと言われて、断れるわけがないだろうがっ!

 ほんとにいけすかないっ!

 分かってて、煽ってくる!

 しかも、周りの貴族までもその気にさせてくる。

 どうみても、ここで兄が断れば、討伐の噂の信憑性がなくなる。

 皆が、この家を猜疑の目で見てくるだろう。

 それが、分かっているからこその提案なんだ……


 ほんとに、貴族ってヤツはっ!


 兄様はどうするつもりなんだ?


 それに、この状況で父はなにをしているんだ?

 ……いや、あの父のことだ。

 きっと、何もしない。

 兄の当主としての対応を見ているんじゃないのか?

 それによって、これからの方針を決めようとしているとか?


 ……ありえる。

 いや、きっとそうなのだろう。


 ……あの顔……兄様は返答に困っている。

 

 ……オレが、代わりに出て行くべきか?

 

 いや、だがしかし……オレが出て行ったところでどうなる?

 何も、実績のない子供の話など聞いたりしない……


 悔しい。だが、どうすることもできない――!


「さて、ご返答はいかに? ア・ル・ト・メ・イ・ア様」


 あいつぅぅぅっ!

 なんて、いやらしい言い方なんだっ!


 オレはいつの間にかこぶしを握っていた。


「……わたしは……」


 兄さんは言い澱んでいた。

 

 当然だ……


 こんな、大事な選択を十才そこらの子供が即答出来るわけがない……

 けど、今はそれをしなくてはならない。

 それを思うと、兄に全てを任せてしまった自分に腹が立つっ!

 

 こんなことなら……くそっ!


 近くに姉さんも来て、「あわわ」している。

 オレもその場で立ち止まり、保留の形で動けずにいた。


 そんな時に、オレの近くにヒュリエがやってきた。


「ねぇ、アルトメイア様のことを兄様と呼んでいいかな?」


 そう、小声でオレに尋ねてきた。


 いきなり何を言っているんだ?

 そう思ったが、もう婚約も終わっている。

 なら、いいんじゃないのだろうか?


 と、そう伝えると「そう?」とだけ告げ、そのまま兄の方へと進んでいくのだった。 


 そして――


「兄様っ! こんな無礼なヤツの提案など聞く必要はないわよ!」


 はっきりと断言する声の主は、フュリエだった。


「な、なにっ! わたしが無礼だとっ! どのあたりが無礼だと……」


 キャメルン男爵は声を荒げかけた。

 だが、途中でハッとして口ごもる。


 相手はブラックバード家の次女。

 軽んじれば、後々面倒なことになる――そう悟ったのだろう。


「……お嬢様、誤解を招くようなことを申し上げたなら、謝罪いたしましょう」


 キャメルンは言葉を選び、取り繕うように言う。

 だが、その声音には、はっきりと動揺が滲んでいた。


 おい、アイツ何を言っているんだ?

 何をしようとしているんだ……?

 オレにはフュリエの行動がさっぱり理解できなかった。


 確かに、さっき「いいんじゃないか?」と言ったが……

 そんな、いきなり呼べるものなのか?

 さすがに、オレはアマーリエ様を姉さまと呼べないぞ……


「兄様、はっきりと仰ってください!  貴公に言われずとも、こちらから模擬戦を申し込むとっ!」


「お、おい……何をいきなり……それに、唐突にキミに兄様と呼ばれるのも……」


 兄さんは、ヒュリエの言い分に驚いていた。


「あはは、さすが勇猛で名を馳せた『ブラックバード家』のご息女だ。この不詳キュンメル、感服いたしました」


 礼儀に則り、優雅に礼を尽くした。


「しかしながら……アルトメイア様は混乱されている様子。すこし、でしゃばりすぎたのでは?」


「うるさいわね! どうせ、伯爵家になるのが許せなくて、無理難題を押し付けてきてるくせに、図々しいのよ、あなた! 少し、黙ってなさいよっ!」


「ぐっ!!」


 ヒュリエのその歯にものを衣ぬ物言いにキャメルン男爵の顔色が変わる。

 恥辱にまみれ、身体は小刻みに震え、顔を真っ赤にし、憤怒の如き様相を呈した。


「……それに、あなた、分かっているの? あなたが喧嘩売っているのはブッシュボーン家。その家名に嫁いだ姉さまはブラックバード家。あなたは、ブッシュボーン家のみならず、わたしの家にも喧嘩を売っているのよ。そんなの見過ごせるわけがないじゃないっ!」


 勢いよくヒュリエが啖呵を切る。


「さぁ、兄様、 こんな道端の小石なんて、蹴飛ばせばいいだけですっ!」


「なんだと……!」


 ――ギリッ!


 キャメルンは悔しげに歯ぎしりした。


「「「……っ!!!」」」


 その一言に、周りの貴族たちのざわめきが消える。

 そして、静かに成り行きを見守る。


 オレは、そのふてぶてしい程のヒュリエに爽快感さえ覚えた。


 オレにはヒュリエみたいに啖呵を切ることなんて出来ない。

 そして、いつの間にかオレは笑っていた。

 その、真っ直ぐさに誇り高さに憧れさえ抱きながら。


「あはは、キミは過激だな。しかし、頼もしい妹だよ。まったく……妹にここまで言われては兄として情けない姿は見せられないな……ふぅ」


 兄は少し間を置き、息を整えてキャメルン男爵に向き直る。


「まずは、我が妹の無礼を謝罪しよう。どうか、ご容赦を」


 まずは、礼に則り謝罪をする。


 そして――


「その提案を受けましょう。キャメルン男爵。これでよろしいか?」


 兄様はヒュリエの熱に絆されたのか、今度は逆にキャメルン男爵を挑発する笑みを浮かべたのだった。

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