第六十話 『思惑』
――「うわぁぁぁああぁん……ぐずっ……わたしは……わたしは……なんで、奴隷だったんですか……なんで……ダメなのですか……なんで……傍に使えることすら、許されないのですか……うう……ぐすっ……うっ」
泣きじゃくるチスタにかける言葉は見つからない。
出来ることと言えば、ただ優しく頭をなで、ただ聞いてやることだけだ……
ホントにオレは……
なにか、言ってやれよ。
それだけでも、救われるかも知れないんだからさっ!
けど……適当に見繕った言葉で慰めてなんになるっ!
そんな無責任なことをオレは出来ない。
それは、オレが一番されたくないからだ……
オレの勝手な解釈だけど、チスタも同じなんじゃないだろうか?
きっと、オレが何かを言ったとしても、それはただの同情にしかならない。
顔には出さないが、きっとそう思うに違いない。
同情されていると感じ、哀れみをかけられたと感じるかも知れない。
その証拠にチスタは何も言わない。
けれど、微かに伏せられた瞳が、それを理解しているようだった。
それは、至って普通なことだ。
だが、その普通がオレに取っては嫌なんだと、オレ自身が分かっているんだ。
前の世界で、幾度となく思わされてきたから……
だから、オレは言いたくはない。
外を綺麗に整えても、ほんとの救いになんてならないのだから……
「……ごめん、チスタ。オレには何も言えない。何を言っても嘘くさくなりそうだ……」
喉の奥が引きつる。自分の無力さに、苛立ちすら覚える。
「だから、言いたいことを言ってくれ。オレが全部聞いててやる。それしか、オレにはできない……」
チスタの肩が小さく震えた。
「フィルさま……ありがとうございます……では、もう少し……もう少し、このままで……」
「ああ、気が済むまでいいぞ……」
「……やさしいですね、フィル様は……」
「……別にやさしくなんてないさ……ただ、見過ごせないだけだ……」
「ふふ……それを、やさしいって言うんですよ。フィル様……」
「そ、そうか?」
涙に潤んだチスタの瞳。
それが、エルフの血を引くことを感じさせるほどに美しかった。
けれど、幼さも残るその表情には言葉にしがたい。
その雰囲気に、オレは思わず見とれてしまう。
……と、ハッとしてそっぽを向いた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「そ、それに、きっと兄さんだって同じようにするよ、チスタ。辛いのは今だけだ。これが終われば、きっと、今までどおりになるよ」
「そう……ですね。そうだといいな……」
「大丈夫、きっと今までどおりさ。はは」
オレは、安心させるために少し笑ってみた。
「ふふ。やっぱり、フィル様はやさしいですよ……」
「「………」」
二人共、少し微笑むと言葉が途切れた。
そして、そのまま見つめ合ってしまう……
……えっと、この状況、オレのアルゴリズムにはないんだが……どうすればいいのだろうか?
と、とりあえず、離れるか?
いや、でも……無理やり、離れるとなんか突き放したように思われるし……
ああ……どどどうしたらいいんだ? ほんとにっ!
そんな事を考えていると、会場から騒がしいざわめきが上がっていた。
「な、なんか、会場が騒がしいな。ちょぅと、見てくるよ」
「……はい。ありがとうございます……少しだけ、楽になれました……フィル様、お気をつけて」
そして、オレはチスタと別れ会場へと戻ってみた。
――会場、アルトメイア付近で。
「……これはこれは、今をときめくアルトメイアさま。あなた様のお噂はこちらでも轟いておられますよ。さすが、ブッシュボーン家の御子息様だと誰もが賛辞を口にしております……ですが……こんな、噂もあるのをご承知でありましょうか?」
あからさまに、いやらしい顔を浮かべ、その貴族は話し出す。
「口に載せるのも憚れるのですが……」
その表情に兄も不安そうな顔を浮かべていた。
「何をでしょうか? キャメルン卿……」
キャメルン・ハースリアは兄のその顔を見る。
そして、ニタニタと嫌らしい表情を浮かべ、小声で話す。
「いえ、さすがに十才の子が、『あのような功績を挙げたなど、到底信じられない。まさか、捏造したのではないだろうか?』 と、噂が飛び交っているのですよ」
「………っ」
「いえ、当然、わたしどもは、そんな根も葉もない噂など信じるわけはないですよ。所詮は噂でがございますよ、噂……ふふふ……ですが」
「……なんでしょうか?」
「もしもですよ……その噂が事実であれば、それはすなわち皇帝陛下への背信に等しい。どのような刑罰が下るやも知れませぬ……最悪、お取り潰しも免れますまい。何せ、陛下を謀るなどという大罪なのですから、当然のことでございます、ふふふ……」
「……くっ」
「おお、怖い。そのようなお顔はおやめくださいませ。わたくしは、ただ、そのようなこともあり得ると申しただけ。別にそうなるとは言っておりませぬ。それとも、まさか、ほんとに捏造なのでしょうか?」
「そ、そんなことがあるはずがないっ! わたしは、決して――!」
「お、落ち着いてくださいませ。アルトメイア様。そこで、わたくしにはその噂を払拭するいい案があるのですよ。どうですか? お聞きになられますか?」
「……是非、ご教授願いたい。キャメルン卿。まさか、魔物を倒すのを拝見したいとか言うのではないでしょうね? それとも、わたしとどなたかと模擬戦をと、お考えか?」
「いえいえ。そのようなありきたりな物など誰も求めませんよ。誰もが驚くような、画期的で壮大な案があります」
「……聞かせてもらおう」
「我がハースリア家のグリムヘッド『バウンサー・Red Page』とブッシュボーン家のグリムヘッド『ブロッサム 1/12(ワン・トゥエルブ)』で対戦をするのですよ。ふふ」
キャメルン・ハースリアはニヤリと笑いながら、そう言い放ったのだった。




