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第五十九話 『陽の光・月の雫』

「「「わぁぁぁ」」」


 ダンスの曲が終わると、一層、感嘆の声が上がった。

 何事かと思い、ヒュリエと二人してそちらに視線を移す。


 すると、兄さんたちの演舞も終わり、周囲はその美しさに歓声を上げていた。


 オレは素直に兄さんの凄さに感服する。

 フェリエも同じように感じているのかもしれない。

 だが——一瞬、ヒュリエの表情に違和感を覚えた。


 ほんの一瞬、彼女の拳がぎゅっと握られたように見えた。

 だが、すぐに笑顔に戻った。


「姉さまは流石だな~、わたしには真似できそうにないや……はは」


 笑ってはいるが、どこか先ほどまでの笑顔とは違う気がする。

 

「オレも、流石、兄さんだなと思うよ」


「ふふ、お互い出来た姉や兄を持つと、苦労するわね」


 ヒュリエはそう言いながら、どこか寂しげにはにかんだ。


 気のせいなのか?


「ほんとにな。ははは」


「……ふふ、そうね」


 二人して、しばらく笑い合った。


 そんな中、周囲から数人の貴族の子弟がヒュリエの元へと歩み寄ってきた。

 歳の近い少年たちが、少し緊張しながら彼女に声をかける。


「ヒュリエ様、次のダンスをぜひ私と……」


「いや、次は俺と……」


「そんなに一度に来られても困るわ。順番に踊ってくださるなら、それでも……」


 彼女は苦笑しつつ、優雅に申し出を受け入れる。


 その言い方に、オレは思わず吹き出しそうになった。

 なぜなら、さっきまでオレと話していた時とはまるで違う。

 貴族らしい上品な振る舞いをしていたからだ。


 妙に丁寧な言葉遣い、やわらかい笑顔。

 さっきまでの砕けた調子とは別人みたいだった。


 それがなんだかおかしくて、声をころして「くくく……」と笑う。


 ヒュリエは一瞬こちらを見た。

 オレの態度に一瞬「ムッ」とした顔を浮かべたが——


「フィル、また後でね!」


 そう言い残し、ヒュリエは別の相手と手を取った。

 そして、踊りの輪へと消えていった。


 はぁ、あの娘は人気があるのか?

 それとも、家の威光を求められているのか?


 ……いや、両方かもしれないな。

 オレと踊っている時も、周囲からじりじりとした視線を感じていた。


「はぁ……さてと」


 オレはふと、チスタのことを思い出した。


「そうだ、チスタを探さないと……」


 彼女はどこにいるのだろうか。


 周囲を見渡しながら歩き出す。

 そして、ふと姉——ケーニッヒ姉さんの姿が目に入った。


 彼女の周囲には、使用人たちが控えている。

 何も言わずとも、その立ち振る舞いだけで「姉さんに不用意に近づくな」オーラを出していた。

 その不気味な雰囲気に、誰も姉さんに近寄っていなかった。

 いや……近寄れなかったんだ。


「………」


 ……まぁ、あれなら心配はいらないか。


 特に足を止めることもなく、オレは会場を後にした。


 ダンスの熱気が残る会場を抜ける。

 すると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。


 外へ出ると、テラスの片隅にひっそりと佇む影を見つけた。


 ――チスタだ。


 彼女は一人、手すりに寄りかかりながら夜空を見上げていた。

 青く澄んだ空に、星が瞬いている。


 そっと声をかける。


「……チスタ?」


 チスタはすぐには振り向かなかった。


 いや……振り向けなかったのかもしれない。


 しばらく夜空を見つめたまま、微かに肩を揺らす。


 この静寂の中、彼女は何を思っていたのだろうか——。


 しばらくして、チスタはゆっくりと振り向いた。


「……フィル様。こんなところで、いかがなさいましたか?」


 努めて普通に振る舞おうとするチスタ。だが、それがかえって痛々しく映る。


 オレには、何も言えなかった。

 俺の立場から慰めの言葉を掛けたところで、きっと嫌味にしか聞こえない。

 かといって、普段どおりに話すのも、何か違う気がする。


 ……たぶん、こういう時は、何も知らないフリをして接してほしいのだろう。


 なぜなら——オレ自身も、こんな時はそうされたいからだ。


「なんていうか、今日はお疲れ様。チスタ」


 突然の言葉に、チスタは「キョトン」とする。


「ふふ……わたしは、今日、何もしていませんよ」


「そ、そうなのか?  じゃあ、なんて言えばよかったかなぁ。はは」


 努めて明るく言ってみる。


 チスタは小さく笑った。

 けれど、その唇がかすかに震えている。

 それを、オレは見逃さなかった。


「ほんとに……恐ろしい程、何も……」


 声が掠れる。


「何もできていないんです……っ」


 ぽつりとこぼれた言葉。

 その涙を我慢する表情にオレは何も言えずにいた――


 こういう時、どうすればいいんだ?

 なにか気の利いた言葉はないのか?

 オレは、こんな儚げで弱々しい彼女に何もしてやれないのか……くそっ!


 何も言えない、オレはオレ自身に腹が立つ!


 かといって、ありきたりな言葉など薄ら寒いだけだ……

 

「その……なんだ……よく、我慢したな」


 なんだそれ……もっと他に言いようがあるだろ……オレは……


 けれど、チスタは驚いたように瞬きをして、そっと俯いた。


 そして、小さく震える声で——


「ありがとうございます……フィル様にそう言っていただけるだけで、少し救われた気分になります」


 そして――


「少し、フィル様の胸をお借りしても……よろしいでしょうか?」


「えっ……? ああ、それは別に構わないが……」


 突然のチスタの突拍子もないお願いに、オレは驚く。

 だが、何がしたいのか分からないが、別に断る理由もなく、そう返答した。


「ありがとう……ございます……ううぅ」


 そう言った途端、チスタはオレの胸に顔を埋め、震える肩を押しつけるように泣きじゃくった――

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