第五十八話 『恥じらい』
なんとも言えない薄ら寒い笑みを浮かべながら、談笑の時間が過ぎていく。
やがて、静かだった楽曲が華やかな旋律へと変わった。
周囲に控えていた女性たちが慌ただしく動き出す。
それぞれの男性のもとへ歩み寄る。
片手を差し出し、ダンスに誘った。
その雰囲気の中、ひとりの少女が凛とした足取りで歩き出した。
その先にいるのは、アルトメイア。
その少女――アマーリエ。
誰よりも優雅な礼儀作法で兄をダンスに誘う。
兄がそれを断れるはずもなかった。
だが、兄の表情に嫌悪の色はない。
アマーリエの真摯な態度。
そこに何か思うところがあるのだろう。
毅然と受け入れ、ふたりは踊り始める。
すると、周囲から感嘆の声が上がった。
誰よりも優雅に、誰よりも洗練され、誰よりも奥ゆかしい。
その見事な舞に、見る者は魅了されていた。
そんな中、ふと、オレはチスタのことが気になった。
今日一日、兄のそばに控えることが許されなかったチスタ。
今はどこで、何をしているのか?
今まで自分のことで手一杯になり、気にかけていなかった。
だが今、急に気になり始めた。
もしかしたらと、周りを見渡してみた。
――すると。
貴族たちの使用人のさらに後ろ――チスタの姿を見つけた。
その顔は、どこか寂しげで儚げだった。
気になり、声を掛けようと歩き出す。
そこへ――
「ねぇ、一緒に踊らない? フィル?」
そう声を掛けてきた少女がいた。
振り向くと、そこにはヒュリエがいた。
そう、あの路地裏で一緒に奴隷商と戦った少女だ。
前は赤と黒だったが、今回は赤と白のドレスが凄く似合っていた。
ただ、赤が好きなんだなと思ってしまう。
しかし、それがこの子にぴったりだと思ってしまうオレもいた。
「その……フィルって呼んでもいいよね?」
「え……ああ、構わない」
「ほんとっ! じゃあさ、一緒に踊ろっ! こっちよ」
ど、オレの腕に腕を回し引っ張られる。
「お、おい……」
オレはチスタのことも気になるが、これではどうしようもない。
「ふぅぅぅ……」
仕方ない。
ここは一緒に踊るしかないか。
「……ほんとにキミは……」
「何か言った?」
強引だな。と、言いかけたが止めた。
「いや、別に。じゃあ、定位置にいくかっ!」
「えっ……きゃっ……あはは。前と同じだね」
そう楽しそうにするヒュリエの笑った顔がオレには眩しく見えてしまった。
そして、定位置に着くと二人共礼をしてから、手を繋げた。
うっ……顔が近い……
その整った顔に、思わず見とれてしまう。
未だ幼さを残す横顔に、どこか甘美なものを感じる。
そして、体を密着させるとますます魅力的に思える。
すらっと伸びた手足に、程よい肉感。
その全てがオレの官能を呼び覚ます。
「……っ!」
やばい……これはいかんですぞ。
それを知ってか知らずか、ヒュリエは無邪気に笑いかける。
「楽しもうねっ。ふふ」
ああ、声までもが……
そう思っていると、音楽が変わりダンスが始まる。
オレは体が覚えている通り、自然とステップを踏んだ。
今、どのあたりを踊ってるのかも分からない……
だが、姉との特訓で体が覚えている。
ただ、それに沿って踊るだけ。
ただ、ヒュリエを無意識に眺めながら……
どれくらいの時間が経っただろうか?
一分? 一時間? それとも……
時間の感覚なんてなかった。
ただ、ヒュリエともっと踊っていたい。
そう思うだけだった。
――ダンスの練習をしておいて良かった……
心の底から、本気でそう思えた。
その優雅な時間も終わりを告げる。
最後は片手でヒュリエの体を支えてフィニッシュを迎える。
しばらくの後、少し距離を取り礼をして終了した。
「ふふ……あはは」
突然のヒュリエの笑いにオレは「ムッ」してしまった。
オレが下手くそなのは認めるが、笑うことはないだろうっ!
そう思っていた。
だが、違ったらしい。
「……下手くそで悪かったな」
「えっ……あ~。ふふ、キミ、なにか勘違いしてない?」
「な、なにが?」
「わたしが笑ったのは、キミと踊れて楽しかったからだよ。別に下手だなんて思ってないし。むしろ、わたしの方が……その……苦手だったし……へ、変じゃなかったかな?」
なにか、必死でオレに尋ねてくる。
オレもとくにダンスの指摘なんて出来るほどの手練じゃない。
だから、「どうなんだろ……すくなくともオレはその……魅力的だったと……はっ!」
真剣な眼差しで聞いてくる彼女にオレは素直な感想を告げようとした。
がっ! それが凄く、小っ恥ずかしい事だと思い直して言葉が詰まった……
「えっ! あ……その……ありがと」
「い、いや……」
……なんだこれっ!
穴があったらはいりたいぃぃぃぃ!
小っ恥ずかしくて死ぬっ!
何言ってんだオレはっ!
はぁぁぁ……
これだから、童貞は……
オレは気恥ずかしくなり視線を逸らしていた。
しかし、視線を戻すとなにか、「もじもじ」とするヒュリエと目線があってしまった。
「え、えっと……あはは」
とりあえず笑うと、ヒュリエも「えへへ」と笑うのだった。
オレたちは、そのまましばらく笑い合った。




