第五十六話 『演説……その結末』
――「我が家とブラックバード家は、伯爵家同士、今後さらに強固な絆を結び、この国においてますますその名を高め、共に発展に尽力するものである」――
そう、父「グランバドル」は言った。
前々から何かを考えているように思えたけど……
これは予想外だっ!
まさか、こんなことを考えていたとは……
時流に乗り一気に、家の地位を最大限まで押し上げようとするなんてな……
しかし、それで迷惑を被るのは兄さんだ。
兄さんの顔を見る。
呆然としている。
当然だ……
オレだって、突然こんなことを言われたら、動揺しないはずがない。
そんな中、式典が終わり、皆壇上から降りようとしていた。
まずは、アマーリエ様が壇上を降りる。
続いて、父が。
そして、まだ混乱したままの兄が、定位置へと向かう。
そのとき――
突然、空気が弾けたような気がした。
次の瞬間、一人の少女が飛び出し、堂々と兄の前に立つ。
「あなた、強いんでしょ! なら、わたしと勝負してよっ!」
そう、少女が兄に向かって言い放つ。
少女は言うが早いか、ためらいもなく剣を抜いた。
「……な……突然、何を……それに、今は式典中……いや、それより、キミはどこから入ってきたっ!」
アルトメイアは呆然としつつも、さらに混乱が広がっていく。
兄さんの近くでどよめきが起こった。
何があったのか確かめるため、オレは足を向けた。
それを見た姉さんも、一緒についてきた。
どう見ても、退屈で動きたくて仕方がなかったのだろう……
姉さんの顔が、すべてを物語っていた。
そして、そこに着いた瞬間、オレは見覚えのある少女を思い出した。
「……あの子」
すでに、その少女は兄に詰め寄っていた。
兄さんの護衛たちは、万が一の事態に即座に動けるよう警戒している。
だが、兄さんと少女の距離が近すぎるため、うかつに手を出せない。
緊張が走る中、その少女はふいにオレの方へ視線を向けた。
次の瞬間、剣を収めると、オレに向かって駆け寄ってきた。
――おいおいっ! 兄のことはどうするんだよっ!?
オレの疑問をよそに、彼女はあっけらかんと挨拶をしてきた。
「また会えたね」
そう言って、彼女はにっこりと微笑んだ。
こんな場所で、いきなり何を言っているんだ――
そう思うはずなのに、その無邪気な笑顔に、オレは思わず惹きつけられていた。
「わたしは『フュリエ・ラ・ブラックバード』。キミは?」
「え……あ……フィル……『フィルレンシャル・ブッシュボーン』……です」
こんな状況で、なぜ素直に名乗ってしまったんだ、オレは……!
それどころじゃない、この子を捕まえなきゃ……!
だが、そもそも、どうしてこんなことをしでかしたんだ……?
そんなオレの困惑をよそに、フュリエと名乗る少女は、なおも話を続けた。
「……ブッシュボーン……ここの領主の姓と同じなのね」
「え、ああ、息子ですからね」
「……っ! ほんとにっ!? じゃ、じゃあ、これからはずっと一緒だねっ!」
そう言うと、彼女は嬉しそうにオレの手を取った。
そして、両手で「ぶんぶん」と振りながら、はしゃいでいる。
「は? ……え?」
何を言っているんだ……この子は?
「お嬢様っ!」
困惑するオレの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
――アレは……「ラサラ」さん?
視線を向けると、兄の護衛に取り囲まれたフュリエ。
それを庇うように、彼女が立ち塞がっていた。
状況がますます分からず、オレの困惑は深まるばかりだった。
「お待ちなさいっ!」
澄んだ声が静寂を切り裂いた。
その声は幼さを感じさせる。
しかし、不思議と圧倒されるような響きがあった。
その場にいた全員が驚き、声の主に視線を向けた。
壇上から降りたばかりのアマーリエ。
背筋を伸ばし、凛とした佇まいで歩みを進めてきた。
その足取りは、無駄がなく優雅だ。
まるで舞踏会での正しい所作を踏襲しているかのようだった。
アマーリエはフュリエの前に立つ。
そして、彼女を庇うように僅かに手を広げた。
「この度は、我がブラックバード家の者が、このような無礼を働きましたこと、心よりお詫び申し上げます」
ゆっくりと深く頭を下げるアマーリエ。
その動きには、迷いがなかった。
家の格式を重んじる者として、誇りを持ち、正しい礼儀をわきまえるべきだ――
そのように育てられた彼女。
その姿勢が、謝罪の一挙手一投足に滲み出ていた。
だが、幼いながらも堂々とした振る舞い。
その姿に、周囲は息を呑むばかりだった。
その時、グランバドルは冷静に状況を分析する。
そして、何かを閃いたような表情を浮かべた。
「これは、なかなか面白い余興だったではないか」
アマーリエが謝罪をしている最中、グランバドルは声を上げた。
その声は冷静でありながらも、どこか楽しげな響きを含んでいた。
「勇猛果敢なブラックバード家らしい、気骨ある催しであったな」
その一言で、周囲の空気は一変した。
まるで最初から計画されていた。
そんな錯覚さえ覚える。
まるでフュリエの行動が美しい余興の一部として消化されていったのだから……
グランバドルは意図的に声を大きくして言った。
「これぞ、我が家とブラックバード家の絆の証し。共に手を取り合い、この国でますますその名を高め、発展に尽力する所存である」
その言葉が響く。
すると場の空気はすっかり変わる。
皆が一斉に納得したかのように静まり返り、どよめきは収まった。
「……それにしても……」
思わず、オレは父の業の深さに感心してしまった。
あまりにも計算されたその手腕に。
唯の偶然さえも利用しようとするその強欲さに。
呆れを通り越して、むしろ尊敬すら覚える。
オレは、グランバドルがどんな思惑でその場を収めたのか、少し理解できた気がした。
最初は驚いた。
だが、今ではもう、それを「余興」に仕立て上げてしまった父の巧妙さに感心している。
恐らく、この場を余興として収める。
そのことで恩を売り、ブラックバード家との結びつきを強調しようとしたのだろう。
その証拠に、あの一言で「無礼」だったはずの行動が、逆に二家の絆の証明に変わった。
こうして、父はブラックバード家に「貸し」を作り、我が家の名声を高めた。
本当に、父のやる事には恐れ入る……
オレはある意味関心し、ある意味嫌悪したのだった……




