第五十五話 『演説』②
――ブラックバード家。
その昔、西の国境近くには、今よりもはるかに苛酷な地域だった。
そこには1万メートル級の山脈が連なる。
麓には麓には広大な平野と深い森が広がっていた。
そこでは、多彩な動植物が息づいていた。
だが、それだけではなかった。
魔物や大型魔獣が巣食い、人が住むには極めて過酷な環境だった。
しかし、その山脈を越える唯一の街道の先には、峡谷の国「エスヴァール」がある。
現在、その国とは友好関係を保っている。
しかし、その友好関係が永遠に続く保証はない。
そのため、国境付近には常に兵が常駐している。
だが、彼らの役目は単なる国境警備ではない。
度重なる大型魔獣の襲来にも備えているのだ。
記録によれば、30年ほど前に大規模な大型魔獣の群れが襲来している。
その襲撃を退けたのが、当時のブラックバード家当主であった。
当主専用機の「グリムヘッド・M カルドレイ」を駆り、殲滅にあたった。
この機体は、重装甲に高火力をメインにハルバートにハンマーなどで武装、目を見張るべきは高魔力砲撃により、魔物たちを一掃する兵装であった。
ブラックバード家は激戦の末、なんとか襲撃を凌ぎ切った。
しかし、その甚大な損害を報告したことで、「ロータスヘッド」の派遣が決定される。
その後も幾度となく襲撃が続いた。
しかし、すべてを撃退し、現在は一定の安定を保っている。
こうした功績が称えられ、ブラックバード家はその名にちなみ、「帝国の黒壁」と呼ばれるようになった。
そのブラックバード家の長女「アマーリエ・ラ・ブラックバード」十二才との婚約することをグランバドルが宣誓したのだった。
「そして、ここで皆に伝えておこう。我が家とブラックバード家の絆をより深めるため、正式に婚約を結ぶ!」
会場は一瞬の沈黙に包まれた後、大きなどよめきが広がる。
「婚約……?」
フィルは兄の横顔を見た。
アルトメイアの表情が、一瞬だけ曇る。
ブラックバード家の代表席に目を向ける。
彼らは静かに頷いている。
その沈黙の中に、ブラックバード家の圧倒的な影響力を感じ取ることができた。
フィルにとっても、兄にとっても、完全な不意打ちだった。
その言葉に、会場の中で一瞬の沈黙が訪れる。
しかし、すぐにどよめきが広がる。
目の前にいる一行の面々はその言葉を飲み込んでいた。
フィルは、壇上で固まっている兄を見つめ、伺った。
その表情には一瞬、複雑な感情が交錯していた。
グランバドルが手を舞台に向ける。
「それでは、我が婚約者、アマーリエ・ラ・ブラックバードを紹介しよう!」
壇上のアマーリエは一歩踏み出す。
周囲が注目する中、静かに歩を進める。
その姿はまるで彫刻のように精緻で、顔立ちや振る舞いは端正だ。
少し緊張した眼差しの中に、貴族の自信が感じられる。
壇上に上がると、一度静かに周囲を見渡す。
そして少しだけ間をおいて、落ち着いた声で言う。
「ご紹介に預かりました、アマーリエ・ラ・ブラックバードに存じます」
その言葉に続き、微笑む。
硬くないが、自信に満ちた笑顔で、会場の端に座るアルトメイアを見つめる。
ニコリと微笑みを交わすその表情には、重い立場を持ちながらも素直な思いが伝わってきた。
「未熟な身なれど、アルトメイア様の婚約者として恥ずかしくないよう、精一杯務めさせていただきます。今後とも、よろしくお願い申し上げます」
アルトメイアはその瞬間、心を奪われたかけたかのように、その笑顔に見入っていた。
美しい少女の笑顔。
その背後にある使命感と責任の重さ。
それを思うと、アルトメイアは言葉を失った。
確かに、その美しさ、そしてその佇まいは圧倒的であり、アルトメイアはただ呆然とその少女を見つめるばかりだった。
その瞬間、グランバドルがゆっくりと口を開いた。
「これにて、我が家とブラックバード家との婚約が正式に結ばれたことを、皆様に告げる。先程も皆に告げたが、我がブッシュボーン家は、子爵家から陞爵し、伯爵家となった」
彼の声は誇らしげで、やや高圧的に響いた。
「そして、「帝国の黒壁」として名高いブラックバード家との婚約を結ぶことができたのは、我が家にとって栄誉であり、また新たな時代の始まりである」
一瞬の静寂が広がり、その後、グランバドルは毅然とした態度で続けた。
「我が家とブラックバード家は、伯爵家同士、今後さらに強固な絆を結び、この国においてますますその名を高め、共に発展に尽力するものである」
その言葉が、まるで重厚な鐘の音のように会場に響き渡り、式は厳粛に締めくくられた。
――ただ、次第に浮かんできたのは、アマーリエが抱える苦しみや責任。それが、彼女の中で強く胸を締め付ける何かを感じさせていた。
――父と兄のお披露目……それと、婚約者のお披露目が……終わった。




