第五十一話 『無邪気な少女』④
――ピタッ!
オレの胴体スレスレで剣が止まった。
心臓が一瞬、凍りつく。
アーマーがあるとはいえ、恐怖が全身を駆け巡る。
冷や汗が流れ、体が強張った。
数秒の沈黙が、永遠にも思えた……
剣士はゆっくりと剣を鞘に戻し、ふぅ、と息をついた。
「失礼した」
「もうっ! ちょっとは話を聞きなさいよ! 勝手にやらないでくれる!?」
「……お嬢様を守るのが、わたしの役目です。敵は排除いたします」
「ほんっとに、もう……ごめんね。バカのせいで驚かせちゃったわ」
「い、いや……」
オレはそう返すのがやっとだった。
「お嬢様。わたしは自分の仕事をしたまでです」
「あ~もう、わかった。わかったわよ! 助けてくれてありがと、ラサラ」
「痛み入ります。それで、この輩たちは、こちらで対処しても?」
「ええ、お願い。それと、この子たちも頼むわ」
「承知しました。では、お前たち、頼んだぞ」
「はっ、ラサラ様!」
いつの間にか到着していた黒服の集団が、素早く行動を開始する。
護衛たちはまず、拘束されていた子供たちを解放した。
その後、しかるべき場所へと移送するため、丁重に保護しながら移動を進める。
次に、自称・奴隷商たちを捕縛し、連行していった。
「いやん、もっと丁寧に扱いなさいよ!」
……なんだか妙に馴れ馴れしい声が聞こえてきて、オレは少し気味の悪さを覚えた。
だが、護衛たちは淡々と仕事をこなしていく。
「……あれ、暴漢じゃなかったのか?」
オレの問いに、彼女は申し訳なさそうに答えた。
「あれは、わたしの護衛よ。ごめん、勘違いさせちゃったわね」
「え……いや……」
「この子は『サラララサラ』。わたしの護衛兼、剣術の先生。ラサラはスナネコ族の獣人で、西の砂漠の集落出身よ。ほら、挨拶しなさいよ、ラサラ」
ああ、それで小柄なのか。
「お初にお目にかかります、『サラララサラ』と申します。遠き砂漠の国より参り、かつてはしがない冒険者をしておりましたが――今ではお嬢様の護衛を務めております。以降、お見知りおきを」
「え……あ、はい……『サラララサラ』さん?」
「呼びにくければ、『サララ』でも『ラサラ』でも構わないわよっ。わたしは『ラサラ』って読んでるわ」
「いかようにも」
「わ、わかった……」
「さて、こっちもそろそろ終わったことだし、ラサラにも見つかっちゃったし、もうお開きかな」
「お嬢様の……香り……存分に堪能させていただきました……ハァハァ」
「ちょっ! 気持ち悪いこと言わないでよっ! また、わたしの匂いを辿ってきたのねっ!? まったくもう!」
「ですが、いきなり姿を消すのがいけないのです。だから、わたしはお嬢様の芳しきスメルを追って……むふぅ」
「わ、わかったわよっ! はぁぁ……もう……」
ラサラは大きく息をつき、気を取り直すと笑顔になった。
「それじゃあ、今日は案内ありがと。最後は……なんだかドタバタしちゃったけど、楽しかった!」
その子は満面の笑みをフィルに向けた。
そして、両手を取りお礼を言う。
その笑顔と手のぬくもりにフィルは少しドギマギしたのだった。
「では、お嬢様、いきますよ」
「わかってるわよ……それじゃね、また逢えるといいね。へへ」
そう言いながら、その子とラサラは立ち去った。
時折、振り向き手を振っていたその子に、オレも手を振り返したのだった。
――少女の帰り道で。
「あ~楽しかったぁ。もっと、案内して欲しかったなぁ」
「……あのようなこと、もう二度とお辞めください。出なければ、またお嬢様の匂いを……はぁはぁ」
「ああっ! それをやめなさいっ! もう、分かったわよ……二度としないわ。それでいい?」
「……そのセリフ。何度目か覚えていらっしゃいますか?」
「あ~あ~きこえな~い」
「……聞こえてるじゃないですか……ほんとに……ですが、そういうお嬢様も……はぁはぁ……」
「だから、それ、辞めてよ……」
「自重します」
「はぁ……あっ!」
「どうなさいました?」
「あの子の名前聞いてないや……また、会えないかな……なら、その時に」
「……気に入ったのですか?」
「ちちち違うわよ……ただ、名前を知りたかったなぁ~って」
「お嬢様がそのように仰るのは珍しいですね……やはり、気に入ってらっしゃ……」
「だ、だから、違うってば……それより、あの子、すごかったんだよっ! かなりの強者だと見たわっ!」
「ほぉ、わたしにはそうは見えませんでしたけど」
「護衛から逃げるところ見てないから、そう思うのよ。それに、あの奴隷商との戦いだって……」
そして、少女はサラサに今日の出来事を楽しそうに話しながら歩くのだった……




