第四十九話 『無邪気な少女』②
「さて、悪い子にはお仕置きしないとね。ふふ」
「あんた、気持ち悪いのよっ! いい加減、自覚しなさいよっ!」
「まぁ、いやんなっちゃうわ。まったく、お子様ってどうしてこうなのかしら……ねぇ?」
男はネチネチと舌を鳴らし、肩をすくめる。
「もういいわ。あんたら、とっととやっちゃいなさい。ほら、そっちのガキも大人しくさせときなさい」
その一言で、周囲の男たちがじわじわと前に出る。
静かに、確実に、彼女を取り囲むように動き始めた。
オレもさすがに見ていられないっ!
すぐさま彼女の隣に並び、構えを取る。
「まぁまぁ、可愛いぼっちゃんまで出てくるの? おねえさん、困っちゃうわぁ……」
カマ男は余裕を見せながら、わざと困ったふりをする。
「でもぉ……この子も可愛いわ。高く売れそうね……いえ、わたしのペットにしたいわぁ」
体をくねらせ、気味の悪いポーズを取る男。
全身の毛が逆立つ感覚に、思わず鳥肌が立つ……!
「いやぁ~さすがにそれは丁重にお断りしますよ。さすがに一人の子供にこの人数はねぇ? ちょっと大人げないんじゃない?」
不思議だった。
前のオレなら、こんな場面で軽口なんて叩けなかった。
前の世界で死ぬ前に、やっと決心できたくらいのへたれだったのに。
――けど、今は違う。
これは、兄さんとの模擬戦やシミュレーター、それに魔物との戦い経験で得た自信なのかもしれない。
それとも、このアーマーがあるからか?
どちらにせよ、足はすくまない。
……なんでもいい、気持ちに揺らぎはないっ!
「あんた、下がってなさいっ! わたし一人で十分よっ!」
女の子が自信たっぷりに剣を構え、男たちを睨みつける。
「いやいや、さすがにこの人数だ。無理だろ?」
「問題ないわよ」
彼女はチラリとこちらを見て、にやりと笑った。
「……な、なんだよ?」
「へぇ、あんた、怖がってないのね」
「……は?」
「へぇー……なるほど、なるほど……」
なにかを確かめるように頷く女の子。
そして、剣を軽く振ると、オレに背を向けて男たちを見据えた。
「まぁ、別に助けてくれてもいいわよ?」
まるで、お遊びでも始めるような軽い口調だった。
そして、オレも剣を抜いた。
さすがにいきなりアーマー全開では相手しない。
必要はないと感じているからだ。
そんなオレを一瞥したあと、彼女が剣を握り直した。
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。六人。
全員が粗野な雰囲気を漂わせ、武器を手にしていた。
「……そんな、怖気づいてないで、さっさとかかってきなさいっ!」
彼女が相手を挑発する。
その挑発に相手は表情を強ばらせ、怒りを見せる。
「んっだとぉぉ!」
その相手の威圧にも怯む様子はなく、彼女は一歩踏み込む。
「くそっ、生意気なガキが!」
我慢できずに一人が飛びかかる!
彼女は体を捻り、剣を払って攻撃を受け流す。
鋭い刃が空を裂く音が響く。
すかさずもう一人が横から襲いかかった!
だが、彼女はすでにそれを予測していた。
そして、後方へ跳び、逆に剣を突き出した。
突き出された剣は、寸分違わず相手の喉元を狙っていた。
が、男は体をずらし間一髪、剣を躱す。
だが、完全にとはいかず、肩口に剣の差しあとを残した。
彼女はすぐさま引き抜き、また男達に向かって剣を握り締めた。
「ちっ……とっと、くたばればいいものをっ!」
苦々しく、その子は言い放った。
「ぐっ……! やりやがったなっ! くそがっ! おめぇら、かまうこたぁねぇ! やっちまえっ!」
男が呻きながら後退する。
しかし、数の有利はこちらにある。
すぐに三人が同時に襲いかかる。
「ああん。ダメよ。結構いい値がつきそうなんだからあん。取り押さえなさいよ」
未だ、余裕の声でカマ男は値踏みをしている。
そんな間にも三人に襲いかかられるっ!
「さすがに厳しいか……!」
オレは奥歯を噛みしめる。
だが、オレは剣を振り下ろすことに躊躇いがあった――これは魔物じゃない、人だ。
その証拠に剣を握る手がじっとりと汗ばんでいた。
その時——
「危ないっ!」
フィルの背後で何かが光った。
反射的に体を回転させ、剣を振る。
金属同士がぶつかり合い、火花が散り、ナイフを弾く!
いつの間にか、背後に回られナイフを投げられていたっ!
「ちっ……」
奇襲を辛うじて防いだ。
その勢いで斬りかかるっ!
だが、その瞬間、フィルの剣が男の体を捉えかける。
「……!」
斬れば、死ぬ。
フィルは思わず動きを止めた。
その一瞬の迷いが命取りになった。
男はニヤリと笑い、投げたナイフとは別の手に持っていた刃を振り上げる。
「甘いな!」
「あぶないっ!」
彼女が体を滑り込ませるように飛び込むっ!
フィルを庇った形になり、鋭い刃が彼女の腕を裂く。
「っ……!」
鮮血が舞った。
「オマエっ! 大丈夫かっ!?」
「へ、平気よ……それより、ぼーっとしてるんじゃないわよ! 動かなきゃ死ぬの!」
彼女は痛みに顔を歪めながらも、剣を振り払う。
だが、男たちは好機を逃さないっ!
一斉に囲み込むように距離を詰める。
「終わりだな、お嬢ちゃんたち!」
「ちっ……!」
彼女は剣を構え直す。
だが、傷のせいで動きが鈍る。
フィルも震えが止まらなかった。
彼は戦えないわけではない。
しかし、相手は魔物じゃない……「人」だ……
そのため、人を斬るという決定的な一歩を踏み出せなかった。
オレは模擬戦やシミュレーターや魔物の討伐で戦いの経験は積んできた。
シミュレーターでは相手を切り伏せていた。
けど……人との命のやり取りは……シミュレーターとは違う……
切り伏せれば、相手は死ぬんだ……
こんなに……こんなに……剣は重たいのか……
「ちょっとっ! なにやってんのよっ! ほんとにっ! しっかりしなさいよっ! やらなきゃ死ぬわよっ!」
「死ぬ……」
誰が……?
わかっている……オレがだ……
でも……それでも……
オレが切れば相手が死ぬんだ……
オレが……相手を――殺してしまう――
相手が死んだらどうなるんだ?
オレが殺したと自覚できるのか?
その後、オレは……どうなるっ!?
オレは自分を保てるのだろうか……
そのことにオレは……空恐ろしいと感じていた……
「あらあ、これは予想外だわね。あのぼっちゃんはもう、放っておいても良さそうよ。そのお嬢さんだけに絞りなさい。壊しちゃダメよ? 楽しむ余裕も残してちょうだい! でも、まぁ、少しくらいならおいたはしていいわよ。腕のいい治癒術師がいるから。と、いうことでぇ。とっとっと、やったらんかいごらぁぁ!」
カマ男が命令すると、三人の男たちがオレを無視して、女の子を取り囲んでいった。




