第五話 『理不尽な罰』
兄との模擬戦からしばらくして、オレは父「グランバドル」の執務室に呼ばれた。
要件は……決まっている。
きっと、兄との模擬戦のことと、あの怪我のことだ。
どうせ、オレが何を弁明しても無駄だろう。
聞く耳など持ちはしない。
それはオレが魔力をまったく持っていないことを知った時から、今までずっとそうだった。
昔、オレが何か失敗して「反省文でも書いておけ」と言われて、オレは心を込めて書いた。
それでも父はその反省文を一度も読まないまま、何も言わずに済ませた。
後日、オレはその後のことが気になり、父に尋ねてみた。
「そんなことがあったか?」――その一言だけだった。
オレは一生懸命、誠意を込めて反省文を書いた……
だが、それがどう受け止められたのか、父の反応を見たかったのに……結局、オレのことなんてどうでもいいんだと、この時、ようやく実感した。
自分が家の跡取りに相応しい人物だとは思っていない。
だけど、せめて家の役に立てればと思っていた。
だが、オレが何かをやろうとしても、父の関心を引くことは決してなかった。
今回もまた同じなのだろうと思った。
けれども、今回は兄にケガを負わせてしまった……
それならば、今さら言い訳をするのも無駄だろう。
さっさと「はい」とだけ返事をして、裁定を下してもらうほうがマシだ。
オレはそう思いながら、執務室のドアを叩いた。
「フィルレンシャル。入ります」
貴族の子弟らしく、一応の礼儀を持って対応する。
そうしないと、さらに酷いことになるのが目に見えているからだ。
礼儀正しくノックをすると、「入れ」と短く低い声が返ってきた。
扉を開けると、重厚な机の向こう側に父が座っていた。
グランバドル。
その名が示す通り、彼はこの家の主であり、絶対的な存在だった。
壮年に差し掛かる年齢だが、鍛え抜かれた体躯と鋭い眼光は衰えを知らない。
黒と金の刺繍が施された軍服を纏い、髭の手入れすら隙がない。
机の上には整理された書類の山があり、蝋燭の灯りが静かに揺れていた。
オレは静かに膝をつき、顔を上げた。
父の鋭い視線がオレを射抜く。
「さて……」
静かな声。しかし、それがかえって恐ろしい。
オレの裁定は、すでに決まっているのだろう。
「さて、何故呼ばれたのかは分かっておるよな?」
「はい、先日の模擬戦での出来事についてですね。父上」
――ピクッ
オレが「父上」と呼ぶと、わずかに眉が動いた。
だが、それをおくびにも出さずに淡々と話し始める。
「その通りだ。そして、これはその模擬戦を観戦した者から聴衆し、まとめた『供述録』だ。読んでみるがいい」
――兄アルトメイア様は、模擬戦中にフィル殿の攻撃を受け、重傷を負った。その傷は今なお癒えず、日常生活にも支障をきたしている。
――フィル殿の動きは、まるで実戦を想定していたかのように冷徹であり、兄上への敬意を感じられなかった。
――模擬戦後、フィル殿は特に反省の色を見せず、むしろ平然としていた。これに対し、兄上は深く悲しまれていた。
――また、一部の使用人からは「フィル殿が兄上を見下すような態度を取っていた」との証言もある。
「………」
……ウソだ!
オレは、ここまでのことはしていない……
何をどう見ていたら、こんな証言になるんだ……
くそ……なんだよ、これは……
どれだけ、オレを貶めればいいんだよ……くそっ……
「これで、間違いはないのか?」
「それは……」
どうする……?
ある程度は予想していたが、これは余りにも酷いじゃないか……
けど……ここでオレが反論したところで、どうなる……
証拠を見せろと言われても、自分で自分の言い訳しかできない……
しかも、その確認の為に証言した人にもう一度事実確認をしようものなら、オレが恨まれるじゃないか……
「どうした? なにかあるのか?」
「………」
……もういい。何を言っても無駄なんだ……
オレが波風を立てたって、誰にとってもいいことなんかない……
なら、オレが全てを背負えばいい……
どうせ、オレは慣れている……慣れているんだから……
「……はい、間違いありません。書いてある通りです」
フィルは、生気のない顔で答えた。
まるで、自分が何を言われたのかすら理解していないようだった。
その後、父が何か苦言をいっていたが、まったく覚えてはいない。
全てにおいて、オレは肯定の言葉しか口にしていなかった。
そして、最後に――
「――フィルには三日間の反省房での監禁を申し渡す。異論などあるはずもないがな」
「はい、全ては父上の裁可に従います……」
そうして、オレは独居房に幽閉されるのだった。