第四十五話 『賑やかな、その裏で……』
兄の魔物討伐の輝かしい功績を祝う祭り『英雄祭』まで後一ヶ月。
王都全体が祭りの準備で活気に溢れていた。
街では装飾が施された広場。
祝賀用の特設ステージが組み上げられていく。
道端の店々も華やかな布や旗を掲げていた。
祝宴のための食材が運び込まれる様子が目についた。
誰もがこの祭りを楽しみにし、期待に胸を膨らませている。
その中でも一際市民の目にとまったのは「ブロッサム 1/12(ワントゥエルブ)」の設置だった。
それは全高七メートルにも及ぶ二足歩行兵器。
艶やかな銀白色の装甲は陽光を反射している。
まるで戦場を駆ける騎士のような神々しさをたたえていた。
運搬船用の自走する専用ポッドによって運ばれた。
そのまま街の中央広場へと慎重に降ろされる。
周囲には帝国兵や騎士団が警備のため配置されている。
誰も不用意に近づけぬよう目を光らせていた。
その威容を一目見ようと、横断幕の隙間から覗こうとする市民たち。
彼らの表情には憧れと誇らしさが入り混じる。
子どもたちは「かっこいい!」「本当に動くの?」と興奮気味に声を上げた。
大人たちも「こんなものを所有する街は誇らしい」と誇示するように語り合っていた。
その一方で「このようなもので立ち向かわれたら……」と畏怖も覚えた。
だが、その畏怖も祭りの熱気に晒されて市民たちから消え去ったのだった。
そして、オレたちは目まぐるしい忙しさに追われていた……
さすがに毎日のようにストライカーの元に来ていた姉さんも、貴族としての役割が忙しくなり、来られなくなった。
斯く言うオレも、まったく自由がない。
何着もの衣装が次々と届けられる。
その中から祭りで着る正式な装いを選ばなくてはならなかった。
どれも華やかで繊細な刺繍が施されていた。
だが、正直、どれを選んでも大して変わらないように思える。
しかし、周囲の大人たちはそうは思わない。
どの衣装が最も格式に合い、どの配色が貴族としての品格を表せるのか、細かい点まで口を出してくる。
その結果、新しい衣装が次々と追加された。
その試着と選定に延々と時間を取られる羽目になった。
それだけではない。
式の予行演習。
それに加え、これまで覚えてきた他の貴族たちへの礼儀作法。
敬語の使い方などを見直しながらの指導。
そして復習……それに加えてダンスの練習……
それが毎日びっしり詰め込まれていた。
貴族として恥をかかないように、何度も何度も反復練習が行われる。
少しでも間違えればすぐに注意が飛び、やり直し。
失敗すればするほど終わりが見えなくなるのが、この手の訓練の常だった。
一か月前、皆でストライカーの元でワイワイと楽しんでいた日々が、今では夢のように思える。
姉さんとも一緒にダンスの練習をした。
兄さんもチスタも交えて、何度もステップを踏み、リズムを覚えた。
たとえ側仕えであろうとも、不敬は許されない。
そんな中で行われる練習は、一層気を張る。
気を抜けば厳しい指導が待っていた。
だが、兄もチスタは驚くほど飲み込みが早かった。
ほとんどミスなく踊ることができた。
オレはというと……
……姉さんと一緒に居残り特訓を受ける羽目になった。
「「はぁぁぁ……」」
姉さんと息をそろえて深いため息をつく。
正直、ここまで大変だとは思っていなかった。
それだけではない。
祭りには、周辺の貴族たちや有力な家門の者たちも招待されることになっていた。
礼儀として、また、あわよくば『ラム・ダ・ティグラ帝国 第32代皇帝陛下セレスト・ラ・バルティウス』の目に留まることを期待し、周到な手配がなされていた。
さらに、父が統治するこの領地に関わる公爵家。
懇意にしている他の公爵家にも招待状が送られた。
加えて、周辺領地の伯爵家や子爵家にも手配が済んでいる。
本当に、父のこうした細やかな気配りには脱帽する。
格式ある貴族の儀礼に則っている。
招待状はすべて手書きでしたためられる。
それが各家の当主や代表に届けられる。
内容も一字一句慎重に選ばねばならない。
相手の家格に応じた文面の違いにも細心の注意が払われる。
それを怠れば「我が家は軽んじられた」と不興を買いかねないからだ。
そして今回、父はこの機会に陞爵(爵位の昇格)を狙っているらしい。
ブッシュボーン家は子爵位だ。
だが、その中でも序列は高く、特に一、二を争う立場にあるという。
ゆえに、伯爵への陞爵を模索していた。
今回の『英雄祭』は、そのための大きな功績となり得る。
しかし、それを快く思わない貴族も少なくない。
特に、ブッシュボーン家は『グリムヘッド・M』を下賜されているが、それ自体が異例の待遇だった。周辺の大型魔物の討伐という大義名分があったとはいえ、同じ子爵位で『グリムヘッド・N』しか与えられていない家門からすれば、表には出さないものの不満を漏らす者は多い。
つまり、ブッシュボーン家は周囲から疎まれ、鼻につく存在なのだ。
その筆頭が、ある特定の家門である。
今回の『英雄祭』にも招待され、参加することになっていた。
何事もなければいいが……
そんな状況の中で立ち回らなければならない父には同情する。
だが、そんな理由でオレや姉さんを放置。
あるいは政治的な駒として利用しようとすることには納得がいかない。
しかし、父にはオレたちの気持ちなど理解できないだろう。
だから、オレは父が嫌いだ。
とはいえ、オレや姉さんに不満はあっても、何かできるわけではない。ただの子供にすぎない。
だからこそ、今は力を蓄える時だ。
貴族としての務めを学ぶため、そして将来に備えるために、オレも格式の低い家への招待状の確認を任された。本来は書記官や使用人の仕事だが、今は我慢してこなすしかない。
さらに、直接届けるべき家門には貴族の代表者が使者として訪問し、正式な形で手渡さなければならない。
「こんなにも面倒なものなのか……」
書類の山に埋もれながら、オレは頭を抱えた。
だが、これが貴族の務めだと言われれば、従うしかない。
結局、招待状の準備だけで丸一日が潰れた。
――こうして祭りの準備は華やかさとは裏腹に、想像以上の労力を要するものだった。
華やかで誇らしい祭りの裏では、こうした地道な準備と努力が必要なのだと、身に染みて感じる日々だった……
こんなことをこなしていたのかと思うと、憎くはあるが素直に父の苦労がよくわかってしまった。




