第四十話 『ばれたっ!』
屋敷の外壁に沿って伸びる屋外の廊下は、精巧な石造りの欄干に縁取られ、風が吹き抜けるたびに軽やかな音を奏でていた。
柱の間からは庭園が一望でき、整えられた植え込みや噴水が月光に照らされ、静かに輝いている。
足元の石畳は長年の風雨に磨かれ、滑らかな質感を持ちながらも、所々に時の流れを感じさせるひびが刻まれていた。
壁際には魔導灯が等間隔に配置され、柔らかな光が夜の帳に温かな陰影を落としている。昼と夜で表情を変えるその廊下は、歩く者に心地よい孤独を与えていた。
――カツ、カツ。
……う~ん。
誰かに見られている気がする。
背筋にゾワリとした感覚が走る。不気味な視線を感じつつも、オレは食堂へと歩を進めた。
ドアを開け、中に入る。
広々とした食堂の中央には、豪奢な長テーブルが鎮座している。しかし、今は誰も座っておらず、静まり返っていた。
昔はここで家族が揃い、夕食を囲んでいたはずだった。けれど――
父も母も、オレに興味を示さず、まるで空気のように扱った。
何を話しても、目を向けられることもなく、言葉すら届かないような感覚だった。
――居ても、いなくても同じ。
そんな空間に座り続けることが苦痛で、いつしかオレは時間をずらして食べるようになった。
今では家族全員がバラバラに食事をとるのが当たり前になっている。
父は仕事に忙殺され、家にいることすら少ない。義母も、そんな父との会話を避けるように過ごしているらしい。家族と言うには、寒々しい関係だった。
だが、兄だけは別だ。
兄は父や母に気に入られ、父がいない時は母と一緒に食事をしている。
――もっとも、父と母が揃った時は、さすがに兄も気を焼くらしいが。
チスタはそんな兄の側仕えで大変だろうな。兄の苦労を間近で見ているだけに、きっと居心地の悪さを感じているに違いない。
そんなことを考えていた時――
ギィ……
誰も来るはずのない食堂のドアが開いた。
「………」
……珍しいこともあるものだ。
ほとんど部屋から出てこないケーニッヒ姉さんが入ってきた。
よれよれの服に、ボサボサの金髪。とてもじゃないが、いいところのお嬢様とは思えない姿だ。
けど、ちゃんとすれば顔立ちは整っている。少しもったいない気がする。
彼女の部屋の前を通るたびに、カチャカチャと金属が擦れる音が聞こえることがある。
――ほんと、何やってんだ?
「………」
な、なんか……じっと見られてる気がする……
……こわい……
オ、オレ……なにかしたか?
「………」
スープを軽く口に運ぶ。
……近づいてきたぁああ!
こわいこわいこわい……!
少しずつ、確実に近づいてきてるんだけどぉ~!
オ、オレの何が悪かったんだぁぁ!
――ピトッ!
……えっ、まじで真横!? 近い近い近いっ!
いや、まじでなんなのぉぉ!
今まで接点なんてないから、余計に分からないし……
めちゃくちゃこわいっ!
ど、どうする……?
あ、挨拶でもしてみるか?
――ゴクッ。
よしっ!
「ほ、本日はお日柄も良く……」
「……曇ってるわよ」
「………」
つ、突っ込まれたっ!
予想外だっ!
え~と、え~と……
「……ねぇ……あの魔道具はなに?」
「え……?」
……え? 何? なんのこと?
オレが何を言われているかわからない顔をしていると、さらに姉は尋ねてくる。
「だ、だから……その……あの魔道具よっ……!?」
「………え、え~と? なんの事でしょうか? ケーニッヒ姉さん?」
……おっしゃっている意味が分からないんですけどぉ!
一体、なんのことを話しているんだ!?
「……ボク、知っているんだよ」
――ドキッ!
な、何を知っているんだっ!?
まさかっ!
オレがベッドの下に隠してある、春画かっ!
まずい……あれを知られて揺すられると、オレは……
「……フィ、フィルが閉じ込められてる前に目の前を通り抜けた、あの魔道具っ! それに、昨日、フィルがいつもいる木の下で見た、あのグリムヘッド? みたいなのをっ!」
「……っ!?」
ストライカーを見られてたっ!
バカなっ!
人が来ると、すぐに探知して光学迷彩で隠れるはずなのになんでだ?
と、とりあえず……誤魔化してみるか……
「な、なんのことでしょうか? ケーニッヒ姉さん……」
「……お父様に喋るわよ」
うっ……痛いところをついてくる……
だ、だがっ!
ここでは、引けない!
気を強く持つんだっ!
オレっ!!
「……しゃ、喋ると言われましても、当方としては何の事だか、分かりませぬが」
「ふ~~~ん、そういう態度取るんだ。へぇぇ……あ、お父様っ!」
その時、ドアが開いて誰かが入ってきた。
――ドキッ!!!
「あ、あの、これはなんでもなくてですね。姉さんがよく分からないことを……」
オレは、そのドアに向かって必死に言い訳をした。
「あれ、坊ちゃん、どうなされたのですか? そんなにかしこまって、いやですわ~もう。ふふ」
「え……」
ふと見ると、厨房の女将さんだった……
「坊ちゃんは線が細いのですから、しっかりと食べてくださいよ。とくに、ここの揚げ物はおいしいと自負しておりますよ。ふふふ」
と、言いながら、厨房の中に入っていった。
「………」
「くくく……おもしろ~い」
まるで猫が遊び相手を見つけたみたいに、姉さんは目を輝かせていた……
「ぐっ……」
「どう? 教えてくれる気になった? じゃないと、今度こそ……」
「………」
くそっ!
どうする……?
いや、どうするもなにも、もう、これ以上姉さんに振り回されるのはいやだ……
オレの手は汗で滲み、心臓がバクバクと激しく鼓動していた。
めちゃくちゃ、焦ったわっ!
それに、ここで嫌だと突っぱねてたら、本当に父にばらされるかも知れない……
「さぁ、どうするの? フィル?」
「ぐぬぬ……」
くそぉぉぉ……
オレは悔しいが、しばらく考えて、深い溜息を吐いて姉さんに従うことにした。
「はぁぁぁ……仕方ないですね……でもっ! 絶対に誰にも話さないで下さいねっ!」
「うんうんっ! 見せてくれるなら、絶対に話さないっ! 絶対にだっ!」
「はぁぁぁ……」
これ、いつか皆にバレるんじゃないか?
いや……あの隠密性だとそうそうはバレないか?
いや、でも、姉さんにはバレた……
しかし……何故、昨日、そんなに近くに接近したのにストライカーは気付かなかったんだ?
そう、思いつつも姉さんをストライカーが置いてある場所に案内することになった。
「姉さん、昼飯を食べてからでいいですか? まだ途中なので」
「うんっ!」
――ドキッ。
姉さんはすごくいい顔で喜んでいた。
……こんな姉さんの顔は、初めて見た気がする。
その、かわいらしい表情にオレはドキッとしたのだった。




