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第三十九話 『討伐の後、広がる噂』

 ――ブッシュボーン領地、城塞都市『ピフォール』の一角の酒場で。


 酒場の中は熱気に包まれ、酔った男たちの笑い声と、ぶつかり合うジョッキの音が響いていた。

 奥のテーブルでは賭け事に熱中する者たちが歓声を上げ、負けた者が悔しげにテーブルを叩く。


 酒と煙草の入り混じった香りの中、給仕の娘が忙しなく客の間を行き来している。


 木製のテーブルには、大皿に盛られた、この周辺の名物の「イラブ豆の塩ゆで」が置かれていた。

 薄緑のさやは湯気を立て、塩の結晶がわずかに光る。

 指でつまんで莢を割ると、中からほくほくの豆が顔を出した。


 酔客たちはジョッキを片手に、それを摘んでは口へ放り込み、噛むたびに広がる素朴な旨味を楽しんでいた。


「わははっ!グランツェ(栄光をっ!)!」


 一人がジョッキを天に掲げると、それに続き、店中の男たちがジョッキを掲げた!


「「「グランツェ(栄光をっ!)!」」」


 店内は陽気な雰囲気に包まれ、男たちはそれぞれ酒を酌み交わしながら、噂話に花を咲かせていく。


「聞いたか? 領主様がすげぇことをやったらしいぞ!」


 ふとした拍子に、賭け事のテーブルからそんな声が上がった。


「なんだなんだ、また領主様の武勇伝か?」


「いや、今回は本当にヤバいらしい。なんでも、あの『コロッサス・オグマ(伝説的な巨人)』の死骸が転がってるって話だ」


 その一言に、酒場の空気が変わる。


 「コロッサス・オグマ(伝説的な巨人)」――伝説級の巨人。単独で町を滅ぼしかねない魔物。


 それに「ルイン・ジャッカル(破滅のジャッカル)」「デスプライト・ボア(死を照らす猪)」など、ジャヴォーダンの森に巣食う獰猛な魔獣たち。


 さらに「モータル・リザード(死をもたらすトカゲ)」「デスウィーバー(死を絡め取る蜘蛛)」「グルーム・ストーカー(死の影を追う者)」までが討伐されたらしい。


「それを討伐したのが、領主様の息子……十歳くらいの坊やだとよ?」


「十歳!? 嘘つけ!」


「本当だって! いや、そう聞いたんだ。見た奴もいるとか……!」


 酒場の客たちは顔を見合わせた。

 次の瞬間、大笑いする者。

 驚きでジョッキを落とす者。

 それを真に受けて興奮する者。

 反応はさまざまだった。


「ははは、そんなガキがそんなことできるかよ!」


「でもよ、領主様が噂を広めてるんだろ? もしかすると、本当に……?」


 そんな話が飛び交う中、いつの間にかジョッキの数が増えていた。


「……ま、どっちにしろ街の危険が減ったのは確かだ」


「そうだな。これで夜道を歩くのも安心ってもんよ!」


「それに、それを祝う『英雄祭』とかやるらしいじゃねぇか。この街が賑わうのはいいことだ」


「なんか、お貴族様も招待してるんだろ? 街が潤うな、喜ばしいことだぜ!」


「まったくだ。アルトメイア様々だなっ!」


「とにかく、めでたいじゃねぇか! なぁ、皆の衆よっ!」


「「「ちげぇねぇ! わははは!」」」


 カウンターに座っていた男がジョッキを掲げ、笑いながら叫ぶ。


「なら、乾杯だ!グランツェ(栄光をっ!)!」


「「「グランツェ(栄光をっ!)!!」」」


 店内は再び熱気に包まれた。

 男たちはジョッキを打ち鳴らしながら、討伐の噂話を肴に酒をあおった。



 ――ストライカーが設置されている場所で。


「……なぁ……フィル……変わってくれないか……?」


「それは……無理だろ……兄さん……」


「だよな……はぁぁぁ」


 アルトメイアは深い溜息を付いた。


「ま、まぁ、アルトメイア様。名誉なことですので……その……頑張ってください」


「そ、そうだよ。兄さん、頑張って……」


 頑張ってくださいと言いかけた瞬間、兄が口を開いた。


「そもそも、魔物を倒した功績をボクに押し付ける提案をしたのはフィルだったよな?」


「ええっと……な、なんのことだろう? ははは」


 そう、兄が溜息を付いているのは正にそのことだった。


 あの後、街では兄の噂が上がっているらしい。


 当然それは、領主の差金、すなわち父の策略だった。


 街での噂を流し、多少? 過大評価されている嘘くさい報告をほんとにしてしまおうという算段だ。


 まずは街に噂を流布させる。

 充分に行き渡った頃に祝賀祝い行う。

 その後、そのままアルトメイアの手柄にしてしまおうということだ。


 それだけでは……ない気もしないではないが……


 まぁ、そういうことだ。


 そして、その祝賀祝いが二ヶ月後に行われる運びとなった。


 そのことに、兄が辟易していたのだった……


 気持ちは分からないでもない……


 しかも、より目立つように街の中央広場に『ブロッサム 1/12(ワントゥエルブ)』を設置するみたいだ。


 めっちゃ派手になりそうだ……


 とにかく、なんでも魔術の演習もやらないといけらしい。


 「がんばれ!」と、心で思っておこう。


 口にすると、嫌味かと言われそうだ……


 それに伴い、周辺の貴族にもお手紙を送っているらしい……


 どんだけ、お披露目する気なんだと思ってしまう……


「……他からも貴族がくるし……絶対失敗できなんだぞ……憂鬱だよ……ほんとに……はぁぁぁ」


 兄はそれはそれは、深海よりも深い溜息を吐くのだった……


「あっ! アルトメイア様っ! そろそろ演習の練習の時間ですっ! いかないとっ!」


「もう、そんな時間なのか……シミュレーター……したかったな……」


「それは残念です」


「……わたしもしたかったです……」


「じゃあ、行くか。チスタ」


「はいっ! アルトメイア様っ」


「が、頑張ってください。兄さん……」


「ああ……そうするよ……じゃあな」


 オレは去っていく、くたびれた様相の兄の姿を見送ったのだった。


 だが、その一部始終を近くの茂みに隠れて観察していた影があったことをフィルは気付かなかった。

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