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第三十七話 『ケーニッヒ・ブッシュボーン』⑤

 ――そして、別れの日がやってきた。


 見送りの人は、それほど多くはない。せいぜい二十人ほどだろうか。


 ほとんどが、あの倉庫で働く人たちで、使用人の中にも世話になった者が二、三人ほど混じっていた。


 屋敷の玄関先には一台の馬車が停まっている。

 ハッサンさんは、それに乗って乗合馬車の発着所まで向かうことになっていた。


 空は晴れ渡り、雲ひとつない青が広がっている。

 強い日差しが地面を照らし、乾いた土埃が風に乗って舞い上がる。


「故郷に戻っても、オレたちのことを忘れるんじゃねぇぞ」


「はは、あれだけこき使われたんだ。忘れるわけねぇだろ」


「そうだな。おまえ、怒られるたびに反論してただろ?  あれは正直ムカついたぞ。あはは」


「ほんとにな。こっちが逆に怒られてる気分になるし、まいるよ、まったく」


「ははっ、けど……やっぱり寂しくなるな」


 一瞬、風が吹き抜け、土埃が舞い上がる。

 その向こうで、ハッサンさんが微笑んだ。


「けどさ、この世界の空はどこまでも続いてるんだ。なら、またいつか出会えるかもな。そのときに、あの頃はこうだった、ああだったって笑い合えるように――お互い元気でいようぜ。ご両親を、大切にな」


 一人一人に別れの挨拶をする中で次はボクの番になった。


 今日という日に決めていたことがある。


 絶対に泣かない。


 別れの時に湿っぽくなるのは、ボクの主義じゃない。


 ――主義じゃない、はずなのに……


「……また……会えるかな?」


「ああ、きっと会えるさ。その時は、成長したケーニッヒちゃんになってオレを驚かせてくれ。はは」


「……ボク、きっと立派になるよ。そして、いつか『グリムヘッド』を作る。その時は、ハッサンさんにも手伝ってほしい……な」


「ああ、いいぞっ!  その時が楽しみだ。でも、オレの腕が鈍ってなきゃいいけどな。あはは」


「もう……」


 軽く笑っていたハッサンさんが、不意に表情を引き締め、真剣な顔になった。


「ケーニッヒ様。本気で作ろうと思うのなら、このラム・ダ・ティグラ帝国の首都『ジグラド』の『ラムダ学園 兵器学科』か、東の魔道具の街と呼ばれる『ルクール』の『ラキシュ学園』――このどちらかで、『ヤング=シュヴァルツ振動則』や『グリム=バートレット演算則』を学ばないとダメだ。


 そこに入るのも大変だが、入った後はもっと大変だ。だけど、それを乗り越えた先に、キミの夢が叶うかもしれない。だから――がんばれっ!


 オレにはそれくらいしか言えないけどな、はは」


「……『ヤング=シュヴァルツ振動則』『グリム=バートレット演算則』?」


「そう。本来、『グリムヘッド』の製造に関わる重要な技術で、一般には知らされていない。模倣されると大変だからな。だからこそ、適正な場所でのみ教えられる学問だ。


 けど……どれだけ秘匿したとしても、書き写したり、誰かに教えたりする者がいる。だから、どこかで耳にすることもあるかもしれない。


 だが、それが正しく伝わっているとは限らない。間違って伝わっている可能性も高い。だから、もし知ったとしても、鵜呑みにせずに、まずは真偽を確かめろよ。


 ……長くなったが、オレからはこれくらいだ。それじゃあ、またな」


「うん……うん……」


 泣かないと決めてたのに……


 なんで、涙が止まらないの……


 止まってよ……こんな顔でお別れなんていやだよ……


「……ずぅ……あの、これ……」


 ボクは泣きながら、この時の為に作ったペンダントを出した。


 二個のペンダントを作った。


 一個は三日月の形に。


 もう一つは星の形に。


 夜空にいつまでも輝けるように……寄り添えるようにと……


 そう思って作ったものだ。


「これを……オレに?」


 渡された三日月のペンダントを見て関心していた。


「これは、あの時の破片かぁ。懐かしいな。はは。大事にするよ。ありがとうな。それに……最後は笑顔を見せくれよ。ケーニッヒ様」


「……うんっ!」


 そういって泣きじゃくっている顔を無理矢理に笑ってみた。


「そうだ。ケーニッヒ様は笑っていないとな。教えているときの嬉しそうな顔がオレは好きだったよ」


「……先生……」


 ボクは初めて先生と心の底から、そう言いたくなった。


「先生……か……なんか、ケーニッヒ様に言われると、気恥ずいな……はは」


 沈黙の中、乾いた風が吹いた。馬車の扉が静かに開く。ハッサンさんはゆっくりと振り返り、最後に一度だけ笑ってみせた。そして、そのまま馬車に乗り込んだ。


「それでは、お元気で」


 その言葉に、ボクは手を振って見送った。


 馬車がどんどん小さくなるにつれ、見送りに来ていた人がどんどん減っていく中で、ボクはいつまでもいつまでも、その馬車が見えなくなった風景を見ていたのだった……



 ――それから数日、ボクは何もやる気がおきなかった。


 けど、こんなのじゃいけない、今度先生に会った時に少しでも成長したボクを見せないといけない。


 そうは思うのだが、どうしても何をしても手につかない。


 なにかをしていると、すぐそばに先生がいて――


「ああ、ダメダメ。そこはこうだって……」


 とか、先生との時間を思い出して胸が張り裂けそうになる。


 そして、声を殺して泣いてしまう……


 この悲しみになれる日は来るのかな?


 泣かないで済む日は訪れるのかな?


 ボクの部屋ってこんなに閑散として寒々しかたったのかな?


 そんなことばかりが頭を駆け巡る……


 それで、分かったんだ……


 ボクはさみしいのだと……

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