第三十四話 『ケーニッヒ・ブッシュボーン』②
――本はあった。
内容も確認した。
でも……理解できなかった……
「自分ではできる気になっていた。本さえ読めば分かると思ってた」
――でも、出来なかった。
それは知識があるとかないとか、そんな単純な話じゃない。
……ボクが……(認めたくない)……
……ボクが……(認めたくない)……
バカだったんだ……!!
ミ・ト・メ・タ・ク・ナ・イッ!!!
「くやしいっ!!!」
ボクは自室に戻るなり、枕を投げつけた。
机を叩き、本を放り投げ、シーツをぐちゃぐちゃに引きちぎる勢いで引っ張った。
なんでだ! なんでわからない!
本があるのに! 読めばいいはずなのに!
「……なんでっ……!!」
散らかった部屋の中で息を荒げたとき、不意に――
――『一つの学問だけではなく、他の学問も学ばなければ本質は見えてきませんよ』
……嫌いな先生の、あの偉そうな顔が脳裏に浮かんだ。
聞きたくもない、あのクソ虫野郎の言葉……
でも……なんだろう、この感じは。
まるで、その言葉が……今のボクを見透かしていたみたいじゃないの。
諦めるしかないのか……
考えても、本を読んでも分からない……
こんなのじゃ、ボクが魔道具作りなんて出来るワケがない……
そんな諦めに近い感情が沸いて、力なく項垂れていた時、ボクは 見つけてしまったんだ。
――あの時のことは、脳裏に焼き付いている。
どうにも出来なくなって、全てが嫌になって、庭を歩いていたら 迷子 になった……
それで、庭を彷徨っていると 一際大きな建物が目の前に現れた。
「あれは……」
知っている。
東の建物には近づいてはいけない――そう言われていた場所だ。
胸がざわついた。
行ってはいけない場所……
なのに、どうしてこんなに心が惹かれるんだろう?
そして、ボクの足は勝手に動いた。
ドキドキする。
ワクワクする。
なぜだろう?
やっちゃいけないのに、どうしてこんなに 心が高鳴る のか?
建物がどんどん大きく、はっきり見えだした。
その時、ふと、何かがキラキラと光っているのが目に入った。
「なんだろう?」
ボクは足を止め、その光る物を手に取って、じっと眺める。
その輝きは、なんだか不思議な魅力があって、目を離すことができない。
「綺麗……」
その瞬間、また目の前に転がっていた。
まるで誰かに導かれるように、何の気なしにそれを拾う。
手にしたものを日に照らしながら、ぼーっと眺めた。
しばらくして、ふいに横に視線を移す。
すると――
ボクはそれを見た。
二足歩行の魔装兵器、『グリムヘッド』。
それを見た瞬間、息を呑んだ。
美しい――
うす暗い倉庫の中、静寂に包まれた空間。
ところどころに空いた天窓から、細い陽の光が差し込んでいる。
その光が グリムヘッドの装甲を撫でるように照らす。
――まるで、気高い騎士が静かに佇んでいるかのように。
無駄のない流麗なフォルム。
勇ましい兜を思わせる頭部。
スラリと伸びた四肢。
精密に計算された均整のとれたボディ。
そして――
パールホワイトの装甲が、光を浴びるたびに静かに煌めく。
まるで、その存在そのものが 神聖な儀式のように息づいているかのようだった。
そこだけが、時の流れから切り離されているように。
―― 綺麗だ。
ボクは、心を奪われた。
……が、次の瞬間――
「ダレだっ! そこにいるのはっ!?」
「……っ!!」
まずい……!!
反射的に持っていたキラキラ光るものをポケットにしまい。
ボクは きょろきょろと辺りを見回す。
どこか隠れられる場所は――!?
だけど……
倉庫に近づきすぎて、 どこにも逃げ場がないっ!!
足音が近づく。
ボクは息を殺し、目を瞑った。
――怒られるっ!!
そう思った、その時――
「……あれ? お嬢様?」
「えっ?」
どこか 聞き覚えのある声。
恐る恐る後ろを振り向くと――
「やっぱり。ケーニッヒお嬢様ではないですか?」
そこに立っていたのは、使用人の ハッサン だった。
いや……
ボクが そう思い込んでいた男の人だった。
「あ……あの……その……ごめんなさいっ!」
ボクは、何をどう言えばいいか分からず、とにかく 謝るしかなかった。
「う~ん……」
ハッサンさんは困った表情を浮かべて、周りを見渡していた。
そして――
ボクの手を取ると、 茂みの方へと連れて行った。
「えっ?……えっ?……」
「ちょっと、ごめんね。お嬢さん」
―― タタタッ!
そして、誰にも見られない場所に ボクは連れてこられた。
(……ボク、どうなるの……こわい……)
なんで、こんなところに連れ込んだの?
まさかっ!
……でも…… ハッサンさんに限って……
でも…… こわい……
ボクは 少しおびえていると、 ハッサンさんは 悪びれた感じで誤解を解こうとしてきた。
「ご、ごめんね……怖かったよね。でも、あの場所にいる方がもっと怖くなるよ。きっと」
そう、ハッサンさんは言っていたけど、ボクには 理解できなかった。
「それよりっ!」
今までの 優しそうなハッサンさんとは違う、真剣な声。
「は、はいっ!」
その雰囲気に飲まれ、声が裏返りそうになった。
「なんで、こんな場所にいるの? ここは入っちゃダメと言われてなかったかい?」
ああ、やっぱり……怒られた……
でも…… 禁止されてる場所に入っちゃったんだし、仕方ないよね……
「ご、ごめんなさい……考え事をしてて気づいたら、いつの間にか……ごめんなさいっ!」
ボクは 悪いことをしたんだ。
ここは 素直に謝らないとダメだ……
そう思い、 本当に反省して頭を下げた。
それを見ていたハッサンさんは、怖い顔をしていたけど……
ボクが 素直に謝ると、表情を崩してため息をついた。
「ぷはぁ~、もういいよ。でも、ほんとにここは来ちゃダメだから、今度からは気をつけてよ。お嬢様」
「…… ケーニッヒ……です」
ボクは 少し間を置いて、静かに訂正した。




