第三話 『ブッシュボーン家』
石造りの城の一角。冷たい石壁に囲まれた部屋は、薄暗く、重苦しい空気が漂っていた。高い天井には太い木の梁が走り、床はひんやりとした石で敷き詰められている。窓の外に広がるのは、どこまでも灰色の空。ただ静寂だけが支配するこの場所で、フィルの誕生が告げられた。
両親は最初こそ生まれたことを喜んでいた。だが、すぐに魔力がないことが判明すると、次第に関心をなくしていった。この世界では、ある程度の貴族なら必ず『グリムヘッド』と呼ばれる魔装機兵を受け継ぐ。だが、その『キャリバー』となるためには魔力が必須だった。魔力が強いほど、グリムヘッドも強くなる。
グリムヘッドには三つのタイプがある。
『N』——基本的な機能だけの標準型。
『M』——魔物などの生体制御ユニットが組み込まれた高性能型。
『ロータスヘッド』——人型の生命体ユニット『ロータスメイデン』と呼ばれる調整された生命体が制御を担う、特別な存在。
『ロータスヘッド』は希少で、帝国全土でも数えるほどしかない。
だが、どのタイプであれ、キャリバーになるためには魔力が絶対に必要だった。
つまり、オレにはブッシュボーン家に代々受け継がれる『グリムヘッド・M』を扱う資格がない。父、グランバドル・ブッシュボーンはそれを知ると、落胆した。そして、妾腹だった母ライラは、出産と父の無関心によるストレスで体を壊し、オレが一歳の時に亡くなった。
その一方で、長男のアルトメイアは生まれつき強大な魔力を持っていた。父がどちらを重視するかは明白だった。
それでも、オレがこの家に置かれているのは、単に世間体のためだった。
ブッシュボーン家ほどの名門というほどでもないが、それでも『グリムヘッド』を下賜される貴族。
そして、それは貴族であるからというだけではなく、この地域が大型魔獣の発生しやすい場所であり、過去にも何度も魔獣による被害が記録されているからでもあった。
帝国にとって、大型魔獣への対策は喫緊の課題であり、特に危険な地域の貴族には戦力としてグリムヘッドが与えられることがある。
ブッシュボーン家も例外ではなく、その役割を担う存在として『グリムヘッド・M』を受け継いできた。
そんな手前、実子を見捨てるような真似をすれば、他の貴族からの評判が悪くなる。
「たとえ出来損ないでも、最低限の教育は施し、成人まで育てた」
そう体裁を整えるために、オレはここにいるだけだった。
だが、それで十分だった。
この家を出るまでに鍛え、冒険者にでもなって生き延びる道を探す。
それだけを目標にしていた。
それでも、兄とオレは仲が良かった。
五歳の頃、勉強の合間によく森に出かけた。
木の実を探したり、山菜を採ったり、案外アウトドアな兄だった。
オレはいつも兄のあとを「兄さん待って」と言いながら付いて回り、兄もそんなオレを可愛がってくれた。
兄の母は第一妃で、オレとは違っていたが、それでも気が合った。
一緒に使用人のスカートをめくって怒られたり、悪戯もよくした。
楽しかった。
前世の記憶があるオレにとっても、この世界は心地よかった。
——だけど、それも長くは続かなかった。
……あの事故が起こるまでは。
だが、オレはただ兄と楽しく遊んでいただけではない。
勉強の時間には真剣に学び、遊びのあとには人知れず剣の稽古をしていた。
といっても、屋敷の中庭で訓練している兵士たちを観察し、その動きを真似ているだけだ。
それでも、少しずつ手応えを感じるようになっていた。
しかし、やればやるほど足りないものが見えてくる。
——圧倒的に体力が足りない。
だから、基礎体力を鍛えることから始め、それを欠かさず続けた。
四歳から始めて、三年が経った。
剣の型もある程度は形になってきた——と思う。
ただ、相手がいないため、それが通用するのかは分からない。
それでも、何もせずに三年を過ごすよりはマシなはずだ。
そして、八歳の頃。
誰かが、オレの稽古を見ていたらしい。
それを父に吹き込んだ者がいた。
——ならば、兄アルトメイアの引き立て役にふさわしいだろう。
そう考えた父は、オレと兄の模擬戦を組んだ。
兄は露骨に嫌がったが、父の命令は絶対だ。
オレももちろん、断れるはずがない。
こうして、オレと兄の模擬戦が決まった——