第二十八話 『変化する者、しない者』
フィルの父『グランバドル・ブッシュボーン』は、頭を悩ませていた。
「なんだ……この嘘くさい報告書はっ! 騎士団の隊長ともあろう者が、何をしているのか!?」
報告に目を落としながらも、彼は冷静に考えを巡らせていた。
確かに、報告の内容は荒唐無稽だ。
たかが十歳の子供が、単独でこれほどの魔物を討伐するなど、常識的にありえない。
だが、問題はそこではない。
事実、討伐された魔物の死骸は確認されている。
そして、それが息子アルトメイアの手によるものだと認められれば――
それは利用価値のある「功績」になる。
仮に報告が多少誇張されていたとしても、証拠は存在するのだ。
たとえ真実がどうであれ、周囲が信じるかどうかは、こちらの立ち回り次第。
信じるかどうかではなく、信じさせればいい。
アルトメイアの名声は、すなわちブッシュボーン家の威光となる。
他の貴族たちに先んじ、皇帝陛下の耳に届けば、さらなる恩恵を得ることもできるだろう。
もちろん、リスクもある。
あまりに不自然な話になれば、かえって疑いを招き、思わぬ反発を受けるかもしれない。
しかし、これほどの成果を前にすれば、大半の者は真偽を問うよりも、その「功績」に注目するはずだ。
ならば――
嘘であろうと、本当にしてしまえばいい。
グランバドルは報告書をじっと見つめながら、慎重に次の一手を考えた。
「……ふむ。これは、上手く使えば悪くない」
そう、これは「利用する価値のある報告」なのだ。
彼の唇が、静かに歪む。
「アルトメイアの功績として広めろ。詳細については、騎士団長にうまく調整させればよい」
これでいい。
フィルのことなどどうでもいい。
重要なのは、この報告をどう家の利益に繋げるかなのだから。
――フィルのいつもの場所では。
「ぐぬぬ……だっぁ! むむ……はぁぁぁ! であ!」
アルトメイアはストライカーのパイロットヘルメットを被って悶えていた……
「ア、アルトメイアさま……」
チスタはその滑稽なアルトメイアの姿に、どう対応するべきかあたふたしていた。
「や、やったっ!」
そんなチスタを他所にアルトメイアは喜びの歓喜を上げた。
難易度Cだったのに、よく初めてで突破できるものだ。
さすが兄さんだ。
兄さん達には、このストライカーは突然、空間が割れて現れたと説明した。
さすがに、二人ともにわかには信じられなかったが、実際に目の前にある以上、受け入れるしかない。
オレの説明も、オレを信じてくれているからこそ納得してくれた。
……もっとも、どうにも不審な点は拭えないらしい。
それでも、古い文献に「かつて、ある大魔術師が召喚魔術を成功させ、異界の魔物らしきものを呼び出した」と記されていることから、「これも召喚魔術の類なのではないか? 何かの手違いでここに現れたのかもしれない」という解釈で納得したようだ。
まあ、憶測はいろいろあるだろうが、オレだってなぜ現れたのかなんて知る由もない。
偶然としか言いようがない。
……だが、オレはこの偶然に感謝している。
兄さんとの和解も、あの森での戦いも――すべて、こいつの武装がなければ何一つ叶えられなかったのだから。
本当に、こいつに出会えて心の底からよかったと思っている。
――ガポッ。
兄はヘルメットを取り、「ふぅ」と一息入れた。
「しかし……これは凄いな。フィルはいつもこれで稽古していたのか?」
「まぁ、そうですね」
「そうか……強くなるわけだ……なぁ、これから僕も使わせてくれないか!?」
「そ、それは……」
オレは少し返答に困り、ストライカーに尋ねてみた。
「解答:フィルに影響なければ構わないでしょう」
「だ、大丈夫だそうですよ。兄さん」
「そうか……これなら僕も……」
兄さんは少し顔を緩ませ、何かを思い出し嬉しそうに「くすっ」と笑った。
「……昔に戻ったみたいだな。フィル。僕を呼ぶ時「兄さん」に戻っているぞ」
「あ……ごめんなさい。兄様」
「やめてくれ……兄さんでいい。いや、むしろそのほうがいい! 二人の時は硬ぐるしい言い方はやめてくれ」
……兄さんらしいな。
でも……
「普段から使ってないと、いざという時に口にしそうですので、兄様にして……」
「いいんだよ! 僕はフィルには『兄さん』と呼んでほしいんだ。公の場で使っても別に問題はないし、何より……フィルに兄さんって呼ばれるのが、僕は嬉しいんだ」
「……わかりました。兄さん」
「それより、フィルたちは一体何の言語で話していたんだ?」
「そうですっ! わたしも何を喋っているのか、分かりませんでした。何語だったのですか?」
「そ、それは……」
「解答:わたしの国の言語をフィルに覚えてもらいました」
「「「えっ……」」」
突然、この国の言語で話しだしたストライカーに三人が顔を見回す。
「おまえ……いつのまに……」
「解答:私は普段のフィルとの会話、たまにここに訪れる人々の会話に、この前の森でのやり取りをもとに言語解析を行いました。現在、わずかな調整が必要ですが、ほぼ問題ありません」
「……えっ、そんなことまでできるのか……?」
「あの……つまり、勝手に覚えたということでしょうか?」
「解答:勝手ではありません。私は学習しただけです」
「いや、それを勝手にって言うんだよ……」
オレはつくづく、コイツの性能の高さに脱帽した。
「な、なら、僕たちとも話せるということか?」
「了――問題無」
「ははは……ホントすごいな。この『グリムヘッド?』は」
「ストライカーでいいですよ」
「そ、そうか? ではストライカーで」
「そ、その、ストライカーさんは私とも話せるのでしょうか?」
「了――問題無」
「驚きです……優秀なんですねストライカーさんは」
「照焦:どういたしまして」
「コイツ……さんとかつけられて照れているみたいだ。ははは」
「解答:ち、ちげぇし……」
「うわぁ、言葉が崩れたぞ! 絶対照れてるよな!?」
「ふふふ。なんだかかわいいですね。ふふ」
「ほんとにな。ははは」
「解答:ぷいっ」
「「「あははは」」」
オレたちはストライカーの対応に全員笑うのだった。
――その後、兄の報告書の検討が終わり、騒動を引き起こしたとして、オレの罰も決まったのだった。




