第二十一話 『戦場』
――ズダダダダッ!
オレは暗闇の中、「A・M」を全速力で駆け抜ける。
「きゃぁーーっ!」
チスタはお姫様抱っこされたまま悲鳴を上げていた。
だが、それに構う余裕はない。
オレは迷わず駆け抜ける
――しばらくして、森の変化に気づいた。
奥へ進むにつれ、焦げ臭い匂いが漂い始め、焼け焦げた樹木が増えていく。
地面には黒く焦げた跡が点々と残り、時折、肉の焼けたような独特な嫌な臭いが鼻を突いた。
「なんだ……?」
「……アルトメイア様の炎の魔術で戦ったのかもしれません」
異様な光景を見つめながら、チスタが呟く。
「それにしても……」
この焼け焦げた景色を目の当たりにして、オレは悟った。
――兄さんも、オレに手加減していたんじゃないか?
「なぁ……チスタ。もしかして、兄さんも手加減をしていたのか……?」
オレの問いに、チスタは少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、静かに答えた。
「……おそらくは……アルトメイア様ご自身は本気のつもりだったのでしょう。ですが、わたしには、無意識に力を抑えていたように見えてました」
少し間を置き、チスタは言葉を続ける。
「そして、いつもあなたのことを気にかけていました。稽古が終わるたびに『アイツは分かってくれただろうか……』と、そう……言っていました」
「………」
……バカ野郎……言ってくれないと分からないじゃないか……
くそっ!! それなのに、オレは……
「……絶対に助けるぞっ! チスタ!」
「当然ですっ!」
オレは、さらに速度を上げ、兄の元へと急いだ。
――ズダダダダッ!
しばらく進むと、焦げ跡はさらに広がり、焼けつくすような臭いが一層強くなる。
そして、森が途切れたかと思うと、目の前に広がったのは――焼け爛れた荒野だった。
おそらく、兄の炎の魔術の跡だろう。
あちこちに、小鬼のような焼け焦げた死骸が転がっていた。
骨まで炭化したもの、半身だけが黒く焦げたもの、手足が欠損したまま焼け落ちたもの――その凄惨な光景に、思わず息をのむ。
鼻を突く焦げ臭さに、オレたちは吐き気すら覚えた……
「凄まじいな……」
オレの口から出たのは、それだけだった。
「……アルトメイア様はどこに……あの……そろそろ降ろしていただけませんか?」
チスタが遠慮がちに、恥ずかしそうに尋ねてくる。
「ああ……すまん」
オレはチスタをそっと地面に降ろした。
すると、彼女はすぐさまアルトメイアの名を呼びながら、必死に探し始める。
「アルトメイア様っ! どこにおられるのですかっ! アルトメイア様っ!」
焦燥に駆られた様子で、チスタは懸命に周囲を探す。
一方、オレは辺りを見渡しながら、ストライカーに探索が可能か尋ねた。
「解答:周囲に熱がこもっているため、赤外線センサーは使用不能。ただし、光学センサーおよび音響センサーを使用すれば、付近の生命反応を探知可能です」
「なら、早速やってくれ!」
「了――ですが……」
ストライカーの言葉が、一瞬だけ途切れた。
「……魔術とは、凄まじいものですね」
その機械的な声には、わずかながら驚きの色が含まれていた。
「この破壊の規模……フィルが居たと言う20世紀地球の基準で換算すると、手榴弾1発で約0.75メガジュール……5メートルを焼き尽くすとなると、十数メガジュール……一瞬で燃え尽きるなら三十メガジュール以上……」
淡々とした分析を続けながらも、どこか興味を覚え始めたような口調だ。
「つまり、これは迫撃砲小隊の支援射撃レベルですね。それが一箇所ではなく、何箇所か確認されています。推測するに、一人で中隊規模の火力……これは、戦場において極めて脅威的な存在と言えるでしょう」
そこまで聞くと、兄さんのスゴさが浮かび上がってくる。
そして、オレは興味が湧きストライカーに尋ねてみた。
「なら、おまえはどれくらいなんだ?」
「解答:比較になりませんよ」
「例えば、オレがいた世界の戦力と比べると?」
「解答:わたし一体で十分に世界を制圧可能です……どやっ。ふふふ」
「………」
その時、突然、背後から不気味な気配が迫ってきた。
「……っ!」
オレは振り向くと、そこに「グルーム・ストーカー」の生き残りが現れた。錆びた剣を持って、オレに向かって突進してきた。
「くそっ!」
焦げ焼けた光景に油断していたオレはストーカーの一撃を肩に食らってしまった!
――影の中を滑るように移動する――
まさにそんな感じだった!
だが――
アーマーの防御力を強力で、何事もなかったかのようにオレはストーカーに間髪入れずに一撃を加える。
ストーカーの体が一瞬で切り裂かれる!
――ザシュゥゥゥ!
「ギィエェェエエェ」
「グルーム・ストーカー」の断末魔が響くっ!
その光景をチスタは目を見開いて一歩後ろに下がった。
「フィル様、気をつけて!」
そんなチスタにも、ストーカーの刃が迫っていた!
「チスタッ!! よけろっ!」
オレは無我夢中でチスタに叫ぶっ!
「えっ……キャァァァ!」
チスタは顔に打ち下ろされる刃を無意識に腕で庇う!
――ガキィン!
当たった瞬間、アーマーは硬化しチスタを襲った刃を弾く!
そして、もう一匹のストーカーがチスタの胴体を切り裂こうとしていた。
――ガキィン!
こちらも同様に、激しい金属音が響いた。
チスタを狙った刃は、どちらもまったく攻撃が通らなかった。
その為、無傷のチスタの姿がそこにあった。
攻撃してきた二体のストーカーは無傷のままのチスタに不思議な顔をする。
それを見たオレは安堵したが、奥歯を「ギリッ」と噛みしめ、二体のストーカーを一瞬で切り伏せた!
――ズバッ! ザシュ!
「「ギィエェェエエェ」」
切られた、二体のストーカーは激しく血しぶきを上げ、断末魔を上げ、痙攣しながらその場に倒れこむ。
動かないのを確認して、チスタの無事をたしかめる。
「怪我はないかっ! チスタ!」
そのオレの声に「キョトン」としていたチスタが体を調べる。
「え、ええ……どこもなんともなっていません……すごいですね……これは」
とチスタは着衣しているインナーを不思議そうに眺めていた。
「ぼうっとするな! 他にいないか気をつけろ!」
「あ……は、はいっ! 申し訳ありませんっ!」
それよりも……
「ストライカーっ! 魔物がいたじゃないかっ! いるなら連絡しろよっ!」
「解答:申し訳ない。ですが、赤外線が使えない状態で他の生命体の捜索も重なると少し反応が遅れました。謝罪します」
「いや……油断していた、オレも悪い……そのまま探索を続けてくれ」
「了――後、その場にもう生命体はいませんよ」
「それは、ありがたい。信じるぞ」
「了――」
「はぁぁ……」
「もう、気を貼らなくていいぞ。チスタ。このあたりにはもう他の魔物はいないそうだ」
「そう……ですか」
ストライカーの言葉に安心した時に、チスタは何かを見つけた。
「フィル様っ! これを……」
「これは?」
焼け焦げた樹木ばかりの中、それでも奇跡的に燃え残った木の根元に、小さな巾着が落ちていた。
まるで、そこだけが戦火を免れたかのように――いや、違う。
よく見ると、その木の周囲には焦げ跡が幾重にも重なり、地面には深く抉れた爪痕のような傷が刻まれている。ここで、激しい戦闘があったことは明らかだった。
「……兄さんが、ここで戦ったのか……?」
オレは巾着を拾い上げながら、かつての戦いを想像した。
「これは、アルトメイア様がいつも大事そうにしていたもの……」
「何が入っているんだ?」
オレは手に取り、そっと中を覗く。
「これは……」
――こんなもの、まだ持っていたんだ……
それは、平ぺったい石。斜めに七色の縞模様が走る、河原でよく見かけるような、何の変哲もない石だった。
だが、オレには覚えがあった。
昔、オレが兄の三日月のシルバーペンダントを欲しそうにしていた時、兄はそれに気づいて、何も言わずに渡してくれた。
申し訳なく思ったオレは、お礼のつもりで、河原で偶然見つけたこの石を兄に渡したのだ――




