第二十話 『全力』
「………」
「………」
「……その……さっきは済まなかった……チスタ」
「もういいです……それよりも一刻も早く、アルトメイア様を見つけましょうっ」
「ああ……」
あの後、「スプリガン」たちに目撃情報を尋ねたところ、「グルーム・ストーカー」と呼ばれるゴブリンの亜種に襲われ、戦いながら逃げていたらしいことが分かった。
そして今、俺たちはその足跡をたどっている――
エリュシアによれば、グルーム・ストーカーはゴブリンと同じく、集団で襲いかかる習性を持つ。目撃証言では、兄と思われる人物も十数匹に囲まれ、必死に逃げていたという。
「ヤツらは黒ずんだ皮膚を持ち、目は血のように赤い。そして、まるで影の中を滑るように動く異形のゴブリン……」
エリュシアがそう説明しながら指さした先には、いくつもの足跡が残されていた。その中には、明らかにサイズの違うものも混じっている。
「急ぐぞっ!」
「はいっ! 行きましょう!」
「ストライカー、解析を頼む!」
「了――赤外線反応を検知。残像の熱がまだ残っています。追跡対象はそれほど遠くないと推測されます。そのまま足跡をたどれば、高確率で遭遇するでしょう」
「……なぁ、ここからスーツの能力を開放して、一気に追いつくのはアリか?」
「解答:戦闘発生のリスクを考慮すると、エネルギーがフルチャージであるとはいえ、非推奨。ただし、部分的な使用は準推奨」
「部分的に?」
「了――必要なときにのみ出力を上げ、それ以外では最低限の消費に抑える。これにより、エネルギーの持続時間を延ばせます」
「よし、それで行こう!」
「了――」
オレはチスタに説明し、一時的に能力を開放することにした。
「能力開放――!」
その言葉とともに、スーツのエネルギーコアが低く唸る。
視界が一瞬ちらつき、関節部から蒼い閃光が迸る。
体が驚くほど軽くなり、内側から力が漲るのを感じた。
「これは……すごいな。だが――」
このままではオレだけが先行してしまう。
ちらりと横を見ると、チスタは肩で息をし、疲労の色を隠しきれずにいた。
オレはヘルメットのセンサーで足元を把握できるが、チスタにはそんなものはない。この暗闇の中、よくここまで食らいついてきたものだ……
それならば――
「ええい、ままよっ!」
「えっ? ちょ、フィル様っ!? ま、待っ――きゃああああっ!?」
一瞬の迷いの後、オレはチスタを抱え上げた。
「ちょ、ちょっとぉ!? なにするんですかっ!? おろしてくださいっ!」
「落ち着け。これが一番早い」
「早いって、だからってお姫様抱っこは……!?」
「今のままじゃ本気で走れない。お前の足がもつか?」
「うっ……そ、それは……」
チスタは言葉に詰まる。オレの言うことが正論すぎて反論できないのだろう。
しばらくジタバタしていたが、やがて観念したようにため息をついた。
「……分かりました。もう好きにしてください……」
「そうか、じゃあ――本気でいくぞっ!」
――コクッコクッ。
上を見上げると、オレの顔が見えるのが恥ずかしいのか、チスタは赤らめた頬を隠すように視線を逸らし、控えめに頷いた。
「よし、行くぞ!」
オレの掛け声と同時に、スーツの出力を一気に上げる。
「きゃああああっ!?!? はやっ!? 無理無理無理ぃぃぃ!」
静寂に包まれた魔物の森に、チスタの悲鳴が鋭く突き刺さるのだった――




