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第二話 『君がいた世界』

 兄との稽古のあと、自分だけの稽古場へと向かっていた。


 その向かう間、ふと昔のことを思い出していた。


 ―――回想。


「先輩は、もっと主体性をもって行動したほうがいいですよ」


 彼女はオレのためを思って言った言葉なのだろうが、オレにとっては余計なお世話だった。


 そんなことは、言われなくても分かっている!


 わざわざ再確認させてくれなくてもいい!


 自分でもわかっていることを、他人に指摘されることほどイラつくことはないっ!


 だが……そう思いながらでも、オレはその後輩の彼女に愛想笑いで答えるしかない自分がイヤだった……


「そうだな。その通りだよ。ははは」


 情けない……


「はぁ……まぁ、先輩がそれでいいと言うなら別にいいんですけどね。けど、ほんとに少しは将来のことを考えて行動したほうがいいですよ」


「はは……」


 情けない……


「じゃあ、わたしは帰りますね。お疲れ様でした」


「ああ、おつかれさま……」


 いつからだろう……


 オレは――いったい、どこで間違えたんだ?

 

 いつから、こんなふうになった?


 オレはいつから、色々な物を落とし続けてきたのだろうか……


 ―――フィルの稽古場で。


 屋敷の隅にひっそりと佇む、大きな木。その根元には、ぽっかりと開けた空間が広がり、足元には踏み固められた土に剣の軌跡が刻まれている。少し奥へ進めば、森の木々が深く生い茂り、近くを静かに川が流れる音が響いていた。


 フィルは人がほとんど訪れることのないこの場所を、自分の鍛錬場としていた。


 兄との稽古の後、使用人たちの他愛もない会話を耳にし、前の職場での苦い記憶がよみがえった。


 そして、それを振り払うように、無心で剣を振るった。


 たしかに……あの後輩との会話のあと、オレは自分が嫌になり、やり直したいと強く思った。


 何かを変えたい――そんな気持ちが、無意識のうちに強くなっていった。


 そして、あの女子高生を助けた時、まさにその瞬間に何かが変わった気がしたんだっ!


「いたた……」


 その時、さっきの兄との稽古で体に当たった魔法の痛みが、突然、頭に受けた衝撃を思い出させた。

魔法の衝撃が体を通り過ぎ、頭に響く――その痛みが、あの女子高生を助けた瞬間に感じたものとリンクした。


「完全には、衝撃を逃がせなかったのか……」


 その時の状況が頭の中でフラッシュバックするように頭をよぎったのは、かつての苦い記憶だった

 

 ――回想。


 オレにとっては、触れて欲しくなかった藪をつつかれて意気消沈し、そのまま仕事を終わらせ、家路に着く途中だった。


 オレは、考えた。


 考えたくはなかったが、胸の中に突き刺さった剣のようなものが取れず、気持ちが悪かった。


 だからこそ、考えざるを得なかった。


 けれど、いつも結論は決まっていた。


 これでいい。


 このままでオレは構わない。


 今までずっと、そうだったじゃないか。


 大丈夫だ。


 オレは大丈夫だ。


 慣れているのだから……


 でも……


 本当にこれでいいのか?


 その時、何故か心の中でそう思えてならなかった。


 今の現実を、変えたいんじゃないのか?


 今の自分が、嫌いじゃないのか……と。


 それは分かっている。


 でも、何か……


 何かきっかけさえあれば、オレは変われるはずなんだ……


 変われると、そう思っている自分が、また嫌だった。


 結局、何かに縋って、依存しているだけじゃないかって。


 そんな思いが湧いてきて、ますます自分が嫌になった。


「はは……こんなんじゃ、変われるはずもないな……だから、いつもオレは……」


 何度も自分に問いかけ、何度も結論を出そうとしても、同じことが頭の中でぐるぐると回り続け、結局答えは出ないまま、オレは静かな帰り道を歩いていた。


 そして、その途中で、僅かな変化が現れ始める。


 だが、その変化はオレが期待していたものとは違っていた。


 まるで神がオレに試練を与えるかのような、分岐点が目の前に現れた。


 その選択肢は、無視して通り過ぎるか、それとも痛みを伴いながらも、オレが望んでいる自分に変わるかという辛辣な問いだった。


 いつものオレなら、間違いなく無視して通り過ぎただろう。


 「あぁ、他の誰かが助けるだろう」と、いつも人頼みにしていた。


 通りすがりのただの一瞬だ。そう、誰かがきっと助けてくれるだろうと思って。


 だが、今回は違った。


 周りにはオレしかいない。


 オレが見たのは、一人の女子高生が何か分からない言語で詰め寄られている光景だった。


 女子高生は、相手が何を言っているのか理解できていない。それでも、碌でもないことを言われているのは分かるのだろう。目に浮かぶのは、明らかな恐怖。


 それは、オレも同じだった。


 何語かは分からないが、東洋系の男たちだということは見た目で察せられる。


 そして、そのうちの一人が、女子高生の手を無理やり掴み、連れ去ろうとした。


 ――決断を迫られた。


 「見ないふりをしろ」とオレの本能が囁く。

 だが、それと同時に、心の奥底から別の声が聞こえた気がした。


 ――ほんとにこのままでいいのか?

 ――あとで後悔しないのか?

 ――傷ついても助けたいんじゃないのか?

 ――これがオレの本性で、いいのか?


 背を向け、震えるオレに、最後の問いが突き刺さる。


 ―――お前は、変わりたいんじゃなかったのか?―――


 その瞬間、頭の中が真っ白になった。


 気づけば、オレは女子高生と男たちの間に立っていた。


 「――やめろ」


 何を言っているか分からない。だが、そんなのはどうでもよかった。


 拳が飛んできた。

 咄嗟に避けようとするも、頬に衝撃が走る。

 次の瞬間、蹴りが脇腹に突き刺さった。

 息が詰まり、視界が揺れる。

 それでも、膝をつきながら相手の足に噛みついた。 


 無我夢中だった。


 何がどうなっているのか分からない。だが、いつの間にか騒ぎは大きくなり、周囲に人が集まり、やがてサイレンの音が響いた。


 すると、男たちは悔しそうな表情を浮かべながら逃げようとした。


 その時――


 一人が逆上し、オレの頭に棒のようなものを振り下ろした。


 衝撃が走る。


 意識が飛びそうになる。


 それでも、膝をつきながら、なんとか耐えた。


 次に顔を上げたとき、もう男たちはいなかった。


 その様子にオレは安堵の声を上げた。


 「……助かった」と。


 その後、女子高生が泣きじゃくりながらも、震える声で言った。


 「ありがとう……」


 その言葉に、オレは救われた気がした。


 駆けつけた人たちが彼女を介抱するのを見届けると、オレは静かに立ち去ろうとした。


 「待って!」


 女子高生に呼び止められる。


 「名前……教えてください」


 オレは少し考え――


 「……そんなの、誰でもいいだろ」


 そうだけ言い残し、歩き去った。


 全身、打撲や切り傷だらけだった。


 だけど――


 気分は、晴れやかだった。


 初めて、自分が「なりたかったオレ」になれた気がした。


 涙があふれるほど、嬉しかった。


 ――そして、オレは死んだ。


 家に帰り、汚れた服を脱ぎ、身体を休めようとすると、めまいが襲った。


 異変を感じ、誰かに電話をしようとする。


 だが、もう指一本すら動かない。


 徐々に視界が狭まっていく。

 体が冷えていくのがわかる。


 「……ああ、これはもうダメだな」


 だが、不思議と後悔はなかった。


 「……まぁ、いいさ」


 オレは最後に、オレになれたのだから。


 だが、ほんの少しだけ思う。


 「……くやしいな」


 ――これからだってのにな……


 視界が暗くなっていく。


 このまま死んだら、誰かに後始末をされるんだろう。


 「なんでこんなとこで死ぬんだよ」とか言われるんだろうな。


 「別のところで死んでくれ」とか、思われるんだろうな。


 その想像が妙に可笑しくて――


 オレは、最後に笑ってしまった。


 ――次に意識を取り戻したとき、オレの視界に映ったのは、見上げるほどに大きな人の顔だった。


 オレは声にならない声を上げた。

 手を伸ばそうとして――自分の腕が、異様に小さいことに気づいた。


 そして、赤ん坊になっていたことに気づいたのはこの時だった――

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