第十九話 『焦り』
「――傷つきし者に活力の息吹を! 『キュア・ウーンズ』!」
地面に寝かせている「エリス」と呼ばれた「スプリガン」をチスタが治癒魔術で回復を行った。
そのエリスを心配そうに見つめているスプリガンは「エリュシア」と名乗った。
オレはストライカーにこのあたりに魔物がいないかの確認を取り、一度ヘルメットを脱いだ。
森の中を吹き抜けるひんやりとした夜の風に頬を撫でられる感覚が心地いい。
張り詰めていた気持ちが少しだけほぐれる。
魔物の巣食う森だというのに、こういう時だけは普通の森みたいに思えてしまう。
「ふぅぅぅ……これで、一応は大丈夫なはず」
ひと仕事を終え、一息をつくチスタにオレは「お疲れ様」と労いの言葉をかけた。
「あ、ありがとうございます……それより、はやく……」
意外なオレの労いの言葉にチスタは驚いていた。
「んっ……」
まつ毛が微かに動いたあと、ようやくエリスの目がゆっくりと開いた。
その眼はいまだ焦点が定まっていないが、何かを感じ取っていた。
「エリスっ! よかった……よかったよぉぉ! うわああん!」
その様子を見て、オレたちは「ほっ」と安堵したのだった。
――しばらくして。
「本当に……本当に、ありがとうございます!」
エリュシアは何度も感謝の言葉を繰り返していた。
「これで安心したよ。……俺たちは人を探してるんだ。そろそろ行かないと」
「人……えっと……あの人のことかな?」
エリュシアの不確かな言葉に、フィルの顔色が変わった。
「それはどんな人だったっ!?」
「わ、わかんないよ……人なんて誰も同じにしか見えないよ」
くそっ!
「なんでわからないんだっ! もっと注意して見ろよ!」
こんな所にこんな時間に来る奇特な人なんていないっ!
見かけたというのなら、ほぼ間違いなく兄さんしかいない!
だけど、せめて、もう少し確証が欲しいのにっ!
特徴くらい少しは覚えておけよっ!
「……お、落ち着いてください。フィル様。妖精にとって人に興味なんてないんですっ! だから、見分けなんてつかないんですよ……」
震える声。
チスタは確かにそう言った。でも――
あんなに兄さんを心配して、助けを求めづらいオレにすら助けを求めてきたくせに、なんでそんなに冷静なのか! とオレはイラついてしまう。
「……えらく落ち着いているな、チスタ。おまえは兄さんが心配じゃないのかっ!?」
「そ、それは……」
「今、この時間にだって戦ってるかもしれないっ! 殺されようとしてるかもしれないっ! ……生きたまま喰われてるかもしれないんだぞっ……! なのにっ! 随分と余裕がありそうじゃないかチスタ!」
オレの焦りが何かを狂わせ、そのままチスタに苛立ちをぶつけてしまう……
――「お前、ほんとは心配してる振りをしているだけじゃないのか!?」――
そう口にした瞬間、嫌な記憶が蘇る。
――小学生の頃、遠足で行方不明になったクラスメイトがいた。
教師たちは責任問題を恐れて焦り、生徒たちは「アイツいい加減にしてほしい」「なんで俺たちが待たなきゃならないんだ」「僕、今日の塾遅れちゃうよ」なんて愚痴りながら、でも人前では「早く見つかるといいね」と表情だけ取り繕っていた。
(あのときも、みんな心配してるフリをしてただけだった)
それはオレも同じだった……オレはそんなオレが嫌になった。
けど、周りに流されて、これが普通なんだと自分に言い聞かせた。
そんな中でも本気で心配していた子もいた。
オレにはその子が眩しくて、羨ましかった。
出来れば、オレもそちら側に行きたい……そう願ってしまう。
けど、願うだけで、オレは変わることができなかった……
オレはチスタを見た。
――もしかして、コイツも同じなんじゃないか?
そんな疑念が沸いてしまい、チスタに辛くあたってしまう。
「なっ! ひどいっ!」
チスタはきつく唇を噛みしめ、潤んだ瞳でフィルを睨みつけた。震える拳をぎゅっと握りしめながら、悔しそうに言葉を絞り出す。
「なんでそんなこと言うんですか! わたしだってアルトメイア様のことは心配ですっ! ですが……」
「ああ……そうそう、大概、誰でもこういう時は口では心配しているっていうんだよ。でないと、薄情だと思われるからなっ! そう思われる自分がいやだから、そう言うんだよっ!」
――違う……そうじゃないっ!
頭のどこかでわかってる。こんなことを言っても、なんの意味もないって。
「心の中じゃ、ちっとも心配してもないのになっ! チスタだってそうだっ! 今もそうやって振りを……」
――そうじゃ……ないんだ……!
わかってる。わかってるのに。
なんで止まらないんだ、オレの口は……!
「……くっ!!?」
――パーンッ!
鋭い音が森に響き、静寂が訪れる。
「えっ……」
何が起こった?
じんわりと右頬が熱を持つ。遅れて、ピリピリとした痛みが広がった。
チスタが、オレを……?
彼女の手はまだ空中に残っていた。指先が震えている。
彼女の瞳には涙が浮かび、唇が震えていた。
「フィル様……」
そう呟いた声は、怒りよりも悲しみに満ちていた。
「……少しは落ち着きましたか? フィル様……」
「チスタ……」
チスタはすこし間を取りすこし落ち着いてから話しだした。
「……わたしだって……わたしだって! 一刻でも早く、飛べるものなら飛んででも探しに行きたいっ! だけど、わたしにはその力がないっ! ですからフィル様を頼りました……本当は、頼りたくなんてなかった……! でも、頼るしかない自分が、悔しかった……っ! ……ですけど! アルトメイア様との模擬戦を見てきたわたしには、フィル様しか頼る人を知らなかった!」
悲しそうな、悔しそうな、涙でぐしゃぐしゃの表情を浮かべ涙をこらえながら、チスタがなおも言葉をぶつけてくる。
「そのフィル様が、そんなふうに取り乱したら……わたしは、どうしたらいいんですかっ!」
チスタは涙をこぼしながら、声を絞り出した。
「ずるいです……そんな力があるなんて……わたしにも、少しでいいから……分けてくださいよぉ……」
チスタはその場にへたり込み、泣き崩れた。
「チスタ……」
オレはなにも言えなかった。
――結局、その子は一時間後くらいに見つかった。遊んでいるうちに遠くに行ってしまい、道が分からなくなったらしい。偶然、山菜を採りに来た人に助けられ、泣きながら戻ってきた。
その時、一番心配していた友達の子がいた。その子は、迷子が無事に戻ってきたのを見て、声を上げて泣きながら抱きついた。
オレも、周りの子も、先生も「よかった」と笑った。でも、どこか嘘くさくて、どこか作り物みたいで。
本気で喜べていたのは、その子だけだった。
――オレも、あの輪の中に入りたかった。
本当に心配できる、あの場所に……
――あの時、迷子の無事を本気で喜んでいた子。
――今、アルトメイア兄さんの無事を本気で願っているチスタ。
オレには、それが重なって見えた。
焦っていたのは、オレだけじゃなかった。
チスタは、オレ以上に焦っていたんだ……
だけど、オレが取り乱しているのを見て、チスタも自分を重ねたんだろう。
それを外から見ていたからこそ、逆に冷静になれたんだな。
それなのに、オレは彼女を責めるようなことを言った。
だから、彼女はオレを叩いたんだ。
いや、違う。チスタは、ただオレを止めたかったんだ……
「……すまなかった、チスタ。取り乱して、酷いこと言ってしまったな……ごめん」
「……うっ……うっ……ずぅ……いえ、わたしの方こそ、言いたいことを言ってしまって、ごめんなさい。ですけど……助けたい気持ちは同じはずです……だから……」
「ああ、任せておけ!」
このセリフを何度言っただろう……
だが、今度こそ――本当に、任されるようにならないとな!
「すまなかったな。エリュシア……エリスを連れてここから安全に戻れそうか?」
「う、うん……その……よく覚えていなくてごめんなさい……」
エリュシアはオレたちのやりとりを見てて、バツが悪いのか謝ってきた。
「いや、アレはオレが悪かった、ほんとすまない」
「それじゃあ、オレたちは急ぐから、もう行くなっ!」
「うん。エリスを助けてくれたほんとありがとう。名前、教えてくれないかな?」
今は急ぎたいけれど、名前くらいならいいか……
「オレは「フィルレンシャル・ブッシュボーン」。フィルでいい。そして、この子はチスタ」
「フィルにチスタね。今度もし会えたら、お礼するよ。それじゃあ」
そう言うと、エリュシアはエリスの肩を抱えながら飛び去ろうとしていた。
すこし意識を取り戻したエリスは、独り言のように静かにフィルの名前を呟いた。
「……フィルレンシャル・ブッシュボーン……」
そして、また眠りにつくのだった。
「オレたちも行こう!」
「はいっ! 遅れた分を取り戻しましょう!」
焦る気持ちを抑えながら、オレたちはヘルメットを被り直し、森の奥へと踏み込んだ。――兄さんを、必ず見つけるために。
昨日、読み直してこれヘルメット脱いでなかったなと思い至りました。
そこで、そのまま頬を叩くとかマヌケすぎると思い、少し修正してヘルメットを脱ぐ流れを無理やり、入れ込みました。(・ω・`)
そして、少し足りないなと思ったところを加筆したりしてたら、すこ~~し長くなってしまいました。
こんな、なんでも無いことも忘れることもありますので変だと思ったら指摘などしてくれると助かります。
また、誤字脱字も報告などしてくれば助かります。
まだまだ、拙いですがこれからもよろしくお願いします。
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