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第十七話 『ジャヴォーダンの森』

 準備が整い、オレとチスタは兄を捜すため、森の奥へと踏み入れた。


 ジャヴォーダンの森に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺し、まるで時間が止まったような静けさが広がっていた。


 木々の間から漏れる薄明かりが、あたりを不気味に照らす。薄暗い光が、深い闇をほんの少しだけ解き明かすようで、ますます森の奥へと引き寄せられる気がした。


 時折、遠くから奇妙な鳴き声が響き、何かがひそやかに動いている気配を感じさせる。足元に落ちた枯れ葉が不自然に揺れるたび、何かがじっと見つめているような感覚に襲われる。


 周囲に注意を払いながら、慎重に森の奥へと足を進めると、不思議な赤紫色にぼんやり輝く石を見つけた。


「なんだ?  この石?」


 オレの疑問にチスタが答える。


「これは、乱魔石ですね」


「乱魔石?」


「はい。この石には魔力を乱す効果があります。魔物や魔獣は魔力に敏感なので、乱魔石によって魔力の流れが狂わされると、方向感覚を失ってしまうのです。それだけでなく、体内の魔力も乱され、最悪の場合は命を落とすこともあるそうです。ですので、魔物はそれを嫌い寄り付きにくくなります」


「へぇ……そんなものがあるのか」


 それを聞いたチスタは得意げにさらに説明を続けた。


「乱魔石の影響を受けるのは魔物だけではありません。魔術師にも被害を与えることが知られています。実際、過去には山や森にある乱魔石のせいで方向感覚を狂わされ、何ヶ月も彷徨い続けた魔術師の記録が残っています。運よく通りかかった旅人に助けられた、なんて話もあるくらいです」


「は、はぁ……そんな危険なものが、なぜこんな場所に?」


「おそらく、この森に巣食う魔物を外に出さないためでしょうね」


「なるほどね。でも、ここに乱魔石があるのに、なんで回復魔術を使うチスタは平気なんだ?」


 オレに影響がないのは魔力がないからだと分かっている。だが、魔術を使えるチスタに何の影響もないのは不思議だった。


 そう尋ねると、チスタは「ふふ~ん」と得意げに笑い、胸を張った。


「その理由はこれです!」


 そう言いながら、オレの目の前に青白くぼんやりと光る石を差し出してきた。


「これは?」


「整魔石といいます。乱魔石とは逆に、魔力を正常な状態に整えてくれる石なのです。これを持っていれば、乱魔石の影響を受けずに済むんですよ。」


「なるほどねぇ~」


 チスタは本当に得意げに、「どや~」と言わんばかりの表情を浮かべていた。


 そんなものがあるなんて、知らなかったな……


「………」


 兄を無事に助け出したら、少し落ち着いて色々と調べてみるか。


 こんな基本的なことも知らずに、家を出て世界を回ろうなんて、今考えると恥ずかしすぎる。


 オレは、そう決意したのだった。


 そんな説明を受けながらも、さらに奥へと進む。


 魔物が巣食う森『ジャヴォーダンの森』――ますます不気味さを増し、鬱蒼と茂る草木が行く手を阻む。だが、この先に兄がいると信じて、オレたちは進むしかない。


「魔物に気づかれるのはまずい。これから灯りを消す」


 そう言って、ヘルメットのライトを消そうとした。


「え……こんな暗い森で自殺行為じゃないのですかっ!」


 チスタは灯りがなくなることに不安を覚え、少し気が動転してオレに問いかける。


「大丈夫だ。周りの状況もキミの位置も、オレとストライカーは把握している。これなら、兄もきっと探し出せるはずだ。そうだろ?  ストライカー」


 ――ジジッ!


「肯定:問題無」


「問題ないそうだ」


「……フィル様はあの魔術具を信じてるんですね……わたしは……不安です……」


「チスタ……」


「フィル!  後方六メートル!  何か来ます!」


「……っ!」


 オレはストライカーの警告に剣を抜き、その「何か」に備えた。


「コンタクト!  確認!  四足獣と思われます。来ます!」


 迫ってくる気配に向かい、視認するよりも早く、オレは剣を振るった。


 ――ザシュ!


 襲いかかってきた獣は、何が起こったのかも分からぬまま地に伏した。


 ――ドクン、ドクンッ!


 心臓の鼓動が一気に早まり、そして、徐々に落ち着いていく。


 仕留めた獣に目を移すよりも早く、チスタが確認した。


「これは……ルイン・ジャッカル(破滅のジャッカル)!  こんな魔物が……しかも、一撃で……それに……」


「何か、まずいのか?」


「まずいも何も……このジャッカルは、気づいたときにはすでに襲われている、と言われるほど隠密性の高い魔物なのに……それに加えて、素早く攻撃力も高いのに……どうして襲われる前に分かったんですか?」


 チスタは驚きと困惑をにじませながら、オレを見つめていた。


「だから、言っただろう。問題ないって。はは」


 オレはチスタを安心させるために、軽く笑って見せる。


「それに、チスタの場所も把握してるから大丈夫だ」


 といって、ヘルメットの上から笑顔を見せた。


 後になって、笑顔が無意味だったことに気づき、すこし恥ずかしくなった。


「……くすっ。分かりました、明かりを消してくれても構いません。フィル様を信じます!」


その様子を見たチスタは軽く笑みを浮かべて、オレを信じてくれたのだった。

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