第一話 『フィルレンシャル・ブッシュボーン』
「私は第四十二星雲 第十二兵団所属 対銀河連邦次世代決戦兵器、タクティカルストライカー。キミは?」
「……は?」
フィルレンシャル・ブッシュボーンは、目の前の異様な存在を理解できず、ただ息を呑む。
――これが、人型兵器『タクティカル・ストライカー』との出会いだった。
フィルレンシャル・ブッシュボーンは、この出会いが、自分の運命に深く関わることになることを、まだ知らなかった――
―――ブッシュボーン家 中庭稽古場
「――打ち倒せ! ウォーターランス、三連射!」
アルトメイア・ブッシュボーンは、水の槍を三本生み出し、目の前の相手――三男フィルレンシャル・ブッシュボーンへ向かって放つ!
フィルは鋭い動きで初弾を身を翻してかわし、二発目は模造刀で叩き落とした。しかし、三発目は避けきれず、右肩に直撃する。
「ぐっ……!」
フィルは肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。だが、それは演技だ。
「いたた……アルト兄様、さすがです。到底、勝てませんよ」
嘘だ。この程度で倒れるわけがない。
魔術の流れを見極め、わずかに角度を変えれば、衝撃を逃がせる。そうすれば、痛みなどほとんどない。
だが――痛がる振りをしなければ、兄の機嫌は悪くなる。
ただでさえ、オレは三男だ。この家の相続は長男のアルトと決まっている。そして、ブッシュボーン家にある七メートルにおよぶ魔装兵器『グリムヘッド』の搭乗者の継承も――
兄に嫌われれば、本当にオレの居場所がなくなる。
もし、ここを追われたら、オレはどうやって生きていけばいい? こんな年で、まともな仕事もない。力もない。金もない。
ただ……生き残る術を身につけるまでは……
「はぁ……まったく、これじゃ練習にならないよ。フィル、お前さ、もっと真剣にやらないとダメじゃないか?」
ほらきた。兄様の説教タイムだ。
兄は腕を組み、呆れたように首を振る。まるで「これじゃ話にならない」と言わんばかりの態度だ。
「僕はさ、将来、この家を背負って立つ男なんだよ? そんな僕の練習相手がこの程度じゃ、どうしようもないだろう?」
なんだそれ。知らないよ、そんなの。
とはいえ、ここで反論するわけにもいかない。
オレは作り笑いを浮かべ、適当に相槌を打つ。
「そ、そうですね。あはは……兄様の足を引っ張らないように、僕ももっと精進します」
「うむ、それでこそ僕の弟だ。せいぜい頑張ることだな。足を引っ張るのだけは勘弁しろよ。あっはは」
兄は満足げに頷き、勝手に話を締めくくる。
……ほんと、やってられない。
兄は、自分の言うことに素直に従う弟を見て気分を良くしたのか、軽やかな足取りで遠ざかっていく。
オレは、ふぅと息を吐きながら、体についた誇りを手で払った。
「……はぁ、ほんと、この上ないくらいに単純で助かるよ」
この程度で満足してくれるなら、適当に合わせておけばいい。
だが、兄の右目の下から頬にかけての傷を見るたびに、フィルは胸が締め付けられるような思いを抱く。
あの時、自分が与えた傷が、今でも兄に残っている――それを知っているからこそ、兄がその傷を治さない理由が、フィルの胸に重くのしかかる。
そんなオレの様子を、仕事の合間に見かけた使用人たちが、ひそひそと噂を交わしていた。
「さすが、お世継ぎのアルト様ねぇ。魔術の腕も見事だわ」
「ええ、本当に。お父様の後を継ぐのに、ふさわしいお方よね」
「それに比べて、あの三男坊は……やる気があるのかしら?」
「まったくねぇ。練習相手にもならないなんて、情けないったらありゃしない」
「まぁまぁ、一応はご兄弟ですし……」
「そうね。でも、やっぱり立場が違うわ。アルト様と、あの子では……」
……はいはい、好きに言っててください。
いつものことだ。
オレは慣れている。
慣れて……いるんだ……
――ダンッ!
「こんなのじゃ、前と同じじゃないかっ! くそっ! ……くそ……」
どうして、こうなる?
結局、どこにいても "出来損ない" で、"不要な存在" で……
いやだ! もう、いやなんだ!
オレは、変わりたかった。
前世のオレじゃない、誰かになりたかったんだ……