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9. クリスティナ8歳 殿下と初めての公式行事

「殿下、ドレスをありがとうございます」


「よく似合うね。勝手ながら、僕の瞳の色に合わせたよ」


 そう仰るのは、私への気遣いだろう。

 畑仕事で小麦色になった肌にはターコイズブルー、結果的に、殿下の瞳の色が一番合うことを知っておられるから。



 ——今日は殿下の入学式。


 メラヴィオ学園の入学式が行われるのは、学園の中心に設けられた大講堂だ。

 私たち二人は今、手をつないで、その扉の前に立っている。


 そして後ろには付き添いの二人、私の父アーノルドと殿下の侍従レイヴン。

 いつにも増して、微笑ましく思ってくれているみたい。

 式が始まる前から二人の目は潤んでいて、見上げて目があった瞬間、貰い泣きしそうになった。



 ◇ 


「アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ第二皇子殿下、クリスティナ・リーズ・クレメント公爵令嬢のご入場です」


 ——ちょうど心構えができた頃、会場に私たちの到着を知らせる声が響いた。

 これを合図に、いよいよ入学式の始まりだ。


 新入生とその家族、たくさんの目が私たちに注がれていて。

 初めて聞く歓声には鳥肌が立った。

 それに急に強張る身体——これは今までに感じたことのない緊張感だ。


 前世悪女だからって、そんなの何の役にも立たない。

 人生が変われば人間性すらも変わる、当然そんなこともあるんだ。

 突然に私は、そう実感させられることになった——。


「緊張してるのかい?」

「ええ、当然ですわ。こんなにたくさんの人から注目されるなんて……」

「大丈夫、全員畑の芋だと思えばいいんだ。まだ土の付いたやつね」

「……またそんなことを仰って!?」


 そうしてゆっくりと通路を進んで。

 中央の通路に合流するあたりで、殿下とはお別れすることになる。

 殿下は新入生の席へ、私は皇族席で殿下を見守ることになっているから。


 二度目の人生、皇帝・皇后両陛下と初めてお会いしてから半年が経った。

 この半年はまるで、お二人から抱きしめられているような、そんな優しい時間だった。


 誰かを見守ること、守ることの大切さ、そして婚約から始まる恋もあるのだと。たくさんのことを教えていただいた。

 



「元気だったかい? 君の野菜は欠かさず食べているよ。なあ皇后?」


「ええ、趣味までアルフォンスとお似合いよ。日焼けなんか気にしないで、畑を続けたらいいわ。夏用の畑をソレエスピアージャの離宮に作るのもいいわね!」


「ありがとう存じます。今日はお会いできて光栄です」


 二人と良好な関係を築けたのも、元を辿れば殿下の趣味のおかげ。

 料理が趣味だと聞いた時には驚いたけれど、ずーっとその趣味に助けられてきたんだものね


 と言うのも、私たちには一つの約束があって。

 野菜を届ける時には必ず、一緒に料理をすることになっていた。

 私の野菜を使って、殿下が習ったばかりのレシピで料理を作るのだ。

 

 その約束を守り続けてくださった3年間。

 殿下の学園生活が始まれば、それもしばらくはお休みすることになるだろう。


 ——とっても寂しい。



 一年前の私が今の私に会ったら、きっとびっくりするわね。

 だってこんな気持ちを味わうことになるなんて、想像もしていなかったから。



 思いを巡らすうち、式典も終盤に差し掛かったようだ。

 生徒会長を務める第一皇子アレクシス殿下が壇上に上がられたということは、新入生歓迎のご挨拶の時間だろうから。


「ようこそ、メラヴィオ学園へ。今日の良き日に君達を迎えられたこと、同じ学び舎で切磋琢磨(せっさたくま)できる機会を与えられたこと、生徒会長として嬉しく思う。入学おめでとう」


 最後の言葉で、アルフォンス殿下へ視線を向けられたような気がして。

 私は温かい気持ちになった。

 異母兄弟ではあるけれど、この兄弟には間違いなく絆がある。

 私はそのことを知っているから。


 

 ——そして式の後、覚悟していたことが現実になった。

 もちろん、酷い目に遭うのは想定内の出来事だ。


 貴族として生きていれば、貴族ってものがどんな生き物か知っている。

 だから全く驚かなかった。


 殿下のところへ向かう途中、心無い言葉が聞こえてきても。

 たとえ危ない目に遭っても。


 つい3年前まで悪役令嬢だった私を、簡単に許してくれる人は少ない。 

 公爵令嬢とはいえ、度を越した生意気をやりすぎたんだもの。


 だから私は今日、それ相応の覚悟を決めて、この場へやって来た。



 ——クスクスックスクス……


「見て見て!日焼けで真っ黒よ」

「いくら態度を改めたって、性格なんて良くならないわよ」

「公爵令嬢って便利ね、性格悪くても皇族と婚約できて」

「見た目はいいけど、あの子って頭悪かったわよね?」


 面白そうに噂したり笑ったり。

 全て私の耳に入るよう『声のボリュームを絞らない』、貴族流のお出迎えだ。


 そんななか俯きがちに早足で歩いて——。

 恐れていたとおり、足がもつれて転んだ。

 ズデーーーンッと音が聞こえたような転び方で。


 恥ずかしさと痛みで、立つこともできなくて。

 泣きそうになりながら俯いたまま、ただその場にいるしかなかった。


「待たせたね。大丈夫?」


 誰かがこちらへ駆け寄る足音は聞こえたけれど、その声がアルフォンス殿下だと知った時には涙が溢れ出した。


 大丈夫です!!って言わなきゃいけないのに。

 まったく相応しい言葉が出てこなかった。


 泣きながら立ち上がる私の姿を見たせいか、殿下の苛立ちが絶頂に達して。

 周りで慌てる貴族たちを睨みつけると、冷たい声でこう言い放った。


「お前たちがどこの家門の者か、全て頭に入っているよ。私の婚約者が怪我をしているかもしれないというのに、誰も手を差し伸べなかったねぇ。あぁ……故意に怪我をさせようとしたのかな? いや、そんなはずないよねぇ。だって相手は未来の皇族なんだから。……そんな恐ろしいことできるはずがない。そうだろう?」


 時を追うごとに凍てつく空気と、激しくなる殿下の語気。

 このままじゃいけない、そんな殺伐とした空気だった。


「殿下、大丈夫ですわ。怪我もありませんし。……自分で勝手に転んだんですの。早く殿下のところへ行こうと焦ってしまって」


「わかったよ。そろそろクレメント公爵のところへ戻ろうか」


 お父様も、この騒ぎを気にかけておられて。

 これがお父様にとって「娘の相手が第二皇子で良かったと初めて思った瞬間」であったとして、後に私に語られることになる。


 なぜなら「娘の相手はやっぱり第一の方が……」などと——。

 婚約確定後にも、邪な気持ちでいたからなのである。



 ◇


 振り返れば、なんとか悪の道に走ることなく迎えた8歳。

 アルフォンス第二皇子殿下の婚約者になって、間もなく3年の月日が経つ。


 走れば足の短さを感じ、耕せば(畑を)自分の非力を痛感して。

 相変わらずチグハグな心と身体——大人と子供が同居するこの身体も、格別に愛おしくなった。


 そうしてそんな死に戻りあるあるにも慣れた頃、それと同じ頃にようやく、周りの環境にも馴染んできたように思う。


 最近では子供が楽しむような遊びが普通に楽しいし、子供が欲しいと思うものは普通に欲しい。もちろん食事もおやつも。


 ——だから元悪女皇后は今、子供の見た目でクッキーを貪り食って『幸せ〜』と喜んでいるのである。



 そして婚約者、アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ第二皇子殿下との関係も、良い感じになって。これまた意外と、当たり前のように馴染んでいる。



 出会った当時、私はまだ死に戻り一年生だった。

 息子に殺される未来から(さかのぼ)ってきたばかりの頃だ。


 だから未来を変えようと、躍起(やっき)になって苦しい思いをしていた。

 その気持ちを『今を生きる』気持ちに変えてくれたのが、紛れもなく殿下だった。


 なにしろ8歳と13歳、それも皇子と公女のカップルだ。

 この婚約は誰がどう見たって、政略的なものだけれど——。


 せめて殿下だけでも幸せにしたい、いや必ず幸せにしよう。

 私はこの日、改めて、小さな胸に誓いを立てたのである。

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