7. 畑と義妹と最高の友人
——今日も私は耕す。
耕しながら思い出すのは、第二皇子殿下からの招待状のことだ。
皇子と会う時間、城へ入る理由、要は「私は怪しい者ではございません」と、招待状を見せて証明するわけよ。
来週から週に一度、お城へ野菜を届けろって話だけど。
5歳児にはハードルが高い要求だということに、お気付きではないのかしら?
それに——私の畑って、昨日から始めたばかりだから。
来週の収穫なんてまず、無理なわけで——。
「リズ、来週から週一で城へ通うんだけど、一緒に行ってくれる?」
「もちろんです。旦那様には私からお伝えしましょうか?」
「そうだった……お父様にもご報告しないとね」
アルフォンス第二皇子殿下と私の婚約は、まだ確定したものではない。
現段階において私は、あくまでも、候補者の一人に過ぎないのだ。
そう、大勢のうちの一人——。
こちらにしてみれば「選ばれるか分からない」という話だし、皇室にしてみれば「選ぶか分からない」という話なわけで——。
ただいま絶賛、審査中!!といったところであろう。
まさか野菜の味で決まるとは思っていないけれど。
ここで不具合のある野菜を献上したら——除外していただけるかしら?
いやいやいけない!
そんなことしたら皇族不敬罪で処刑とか、家門没落とか——。
やっぱり、というか当然、まともな野菜を持って行くしかないわね。
「ティナ!おはよう。朝早くから感心だ」
「お父様、おはようございます!ちょうどご相談したいことがございますの。アルフォンス殿下が昨日お見えになって、来週から野菜を持って城に来いと仰るのです。ひとりでは行けませんのに……」
「その件は、殿下から聞いているよ。私が同行するから安心しなさい。それにしても、そんなにすぐ収穫できるもんじゃないんだがな……。目的は野菜ではないのだろう。我が家の菜園から収穫できそうな野菜を見繕って持参すればいい」
「わかりました。ありがとうございます!」
「リズ、ティナの服装には気をつけてやってくれ。おそらくは妃候補の選定も絡んでいるだろうからな。作業着で行くなどおかしなことを言い始めても、絶対に従うなよ」
クリスティナの父親、アーノルド・クレメント公爵、どうやら彼は——自分の娘に無関心ではないようだ。
娘の行動パターンを把握して先手必勝——!!
これぞ「脱・悪役令嬢」を目指す娘を持つ父親の鑑と言えよう。
「さてティナ、殿下との婚約の件だが……万が一選ばれれば、簡単には断れない。どう思っている?」
「できれば、お断りしたいです。殿下が婿に来てくださればいいなと思いますけど、イアン兄様が公爵位をお継ぎになるわけですから、私たち夫婦はお邪魔虫になりますわね……。うーん、でもお城に住んで……えーっと……私は皇子妃になるんですか?ちょっとまだよく分からなくて。嬉しいとは言えません」
5歳らしい答えだ。
アーノルドは自分の娘を前にして、その可愛さに身悶えた。
クリスティナは容姿だけは抜群に良く、今や性格まで良くなろうとしている。変な虫が付く前に、何としても皇室にもらってもらうしかない!
アーノルドはこの時、娘とは真逆の方向に腹を括ったのである。
「お父様、だいたいの貴族令嬢は私くらいの年齢で婚約しますよね。アルフォンス殿下以外の求婚状は届いていないのですか?」
「ああ、幸いにもまだ届いていない。候補者から外れるまでは、届かないだろうね。ティナは今のところ……誰から見ても『殿下のもの』だから」
ふぅーん、そうすると……誰も私に「お嫁においで」って言ってくれないのね!? 殿下から「要らないよ」って言われるまでは。
はぁ……どうしよう。
ほんっっっと、すぐに!すぐに!死に戻ってからすぐに!!
皇族に見つけられちゃったな。
計画では一度目の人生で婚約した8歳まで静かに過ごして、婚約を回避。
そこで無事なら普通に暮らして普通に結婚。
私が皇子を産む人生は繰り返されない——その予定だった。
うん、ようやく理解したわ。
頭の中身は皇后だった25歳のままだけど、身体と心のサイズは子供に戻ったってことなんだろうね——たぶん。
私はこのチグハグな状態のまま戦っていかなきゃならないんだ。
なんとも言えず心細いわね。
——そうして黙々と耕し続けること30分ほど経った頃だろうか。
リズが来客の知らせを持って走って来たのは。
「お嬢様、シャルエン侯爵令嬢がお見えになりました」
「まぁ!お約束していたかしら?どうしましょう……?」
「クリスティナ様、お久しぶりです!!勝手に案内していただきました。申し訳ございません」
「いえいえ、大丈夫ですわ!お久しぶりですわね。今日はどのようなご用で?」
「実は……先日、お茶会の招待状の件を耳にしたんです。私がお出ししたものはクリスティナ様のところへ届かなかったとか……? リディア様がお見えになった時、おかしいと思えなかったことが悔やまれて……。お詫びと言っては何ですが、その時に皆さんにお渡ししたプレゼントをお持ちしました」
セシリア・シャルエン侯爵令嬢——綺麗な赤毛にエメラルド色の瞳、とっても美しい8歳だ。自分が私より少し年上だからといつも可愛がってくれたし、どんどん悪役になっていく私を心配してくれた唯一のお友達。
「セシリア様、謝らないでください。義理とはいえ、私の妹がしたことですから。家族間の諍いですわ。それよりも、私……改心しましたのよ。人に優しく、良い言葉と良い行いを心がけると。今までご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
「存じてましてよ。最近クリスティナ様が変わられたらしいと噂になっていて、どちらの令嬢も興味津々なんですわ!ですから……逆にリディア様がイライラなさって、あんなことを。……あら私ったら、長居してしまったみたいです。今日はこれで失礼しますね」
そう言うとセシリア様は、プレゼントを私の手に握らせて下さった。
ほっそりとした白い手には、可愛らしい桃色の包み。
私はそれを見ただけで嬉しくなって、セシリア様の手ごと握り返した。
「プレゼント、ありがとうございます。私も近い将来、セシリア様をお茶会にご招待しますわ!」
やっぱりそうよ、誰だって興味を持つわよ。
悪女が普通の女になったって聞いたら、まずは疑うもん。
その後はどっと好奇心が押し寄せてきて——。
その後は?
自分達に都合の良い姿を見れたらいいなぁ、なんて思うんじゃないの?
ドレスも似合わない体型になったけど、ありのままの私で皆んなと関わっていこうかな——姿形が全てじゃないものね。
部屋に戻ると早速、私はお茶会の招待状を書き始めることにした。
思い返せば、一度目二度目どちらの人生でもお茶会など主催したことがない。
正真正銘、人生初!!
いよいよお茶会主催デビューの日がやってくるのである。
でもそうだ、ここで失敗はできない——……。
お父様の執事に教えてもらいながら、ちゃんと知識を得て、慎重に進めよう。
目の前に散々散らかしたレターセットを眺め、私は手に汗を握った。