6. クリスティナ5歳、家庭菜園を始める
私——クリスティナ5歳は、本日より家庭菜園を始めます。
クレメント公爵邸の敷地内には菜園が二ヶ所あって、様々な野菜や季節の果物を栽培している。おかげさまで毎日の食事には新鮮な食材が使われて、何を食べても感動するほどに美味しいのだ。
この感動ものの食事が私の食欲に火を付けた結果、歩けば息切れし——走れば転がる——コロコロボディを手に入れてしまったというわけ。
「痩せ」を目指して、庭園を歩き回って運動の代わりにしようとしたのだけれど、全くもって甘かった!食事の量を減らしたり、紅茶に入れるジャムを減らしたりしても、その程度の運動量では——まぁ痩せないわよね。
はい、効果なし!
そこで見かねた料理長が——「それではお嬢様、お口に入る食材を育てながら考えてみてはいかがです?なかなかの重労働ですし、食材の栄養素などにも興味が出ますよ!」と提案してきた時ものだから、「重労働=カロリー消費」「栄養素を知る=「痩せ」る食材がわかる」などと都合よく脳内変換した5歳児は、二つ返事で同意したのである。
お父様は——もちろん、娘の容貌が急激に変わったことへの動揺と不安から、畑仕事をやるって言ったところで、反対はしなかったわね。
そして今、私はオートクチュールの作業着を着て、否!既製品ではサイズが合わないから作ってもらった作業着を着て、与えられた一角を耕し始めたところなのだ。
話は変わるけれど、イアンお兄様の生誕祭以降、義妹リディアからの嫌がらせが続いている。かれこれ半年——。
あの日アルフォンス第二皇子が私を訪ねたことを不快に思っているようで、まるで私が唆したかのごとく嫌悪感をぶつけてくる。文句があるなら、皇子からの申し出を快諾したお父様に言えばいいのに。
私宛の手紙を抜き取るなどが代表的がところ。
お茶会の招待状が全く届かないという話になり探ってみると——全て私の代わりにリディアが出席している——という悪戯(嫌がらせ)だ。
悪役令嬢『風』の私には、告げ口してくれるような友人がいない。それをいいことに、毎度着飾って出席しているとのこと。えぇこの事実もですね、誰も教えてくれませんでした。はい!——昨日まで。
え?——それなら、誰が教えてくださったのかって?
それは、アルフォンス第二皇子殿下でございます。
ではなぜ、第二皇子殿下が教えてくださったのかって?
それはそう、私が第二皇子殿下の婚約者候補になってしまったからでございます。
はぁ——なぜこんなに上手くいかないのでしょう?
選ばれたショックを『食』にぶつけてしまう自分が怖い。
もう何ふり構わず耕しますわっ!!
「リズ!苗をもっと持ってきてちょうだい!思いのほか順調に掘れてしまったわ。まだまだ行けそうよ!!」
「お嬢様、こんなに日に焼けられて……。婚約者候補の件……」
「はい、そこまで!!なんの候補になろうと私はやめない。ずーっと畑に出てやるわ」
侍女のリズが話し終わるのを待たずに『畑仕事続行』の意思を叫んだ理由は、まさに「日焼けして真っ黒になりたい!」からだ。(→この帝国の貴族は色白至上主義→皇室が婚約者候補リストから私を除外、を期待……)
「リズ、最終的に私は絶対に選ばれないわ!アルフォンス殿下は私を絶対に選ば……」
「そうなのかい?私はクリスティナ嬢を選ばないのかい?」
すかさず言葉を重ねてた誰かに驚いて、私は振り向いた。
そこにはアルフォンス第二皇子殿下——。
こんな畑の真ん中に、皇子殿下!なのである。
「まぁ!殿下!!な、な、何を……なんでこんな所に?」
「昨日手紙を読んだと思うけど、どこのお茶会にも君が姿を現していないと聞いてね。心配になって見に来たんだよ。公爵にも驚かれたけどね。元気そうで良かったよ。それにしても……君はとんでもないな。急に畑を耕すなんて……。貴族令嬢の作業着姿など、なかなか見られるもんじゃないだろう?」
「私の作業着姿はどうでもよろしいのでは……。もしお時間がございましたらお茶でも?あちらに東屋がございますので」
まずいわ——どの位まずいか——ちょっと頭が付いて来なくて分からないけど、作業着で皇子殿下の前にいるだけじゃなく、婚約者に選ばれない予想まで披露してしまって——。
「殿下、本当に申し訳ございません。すぐに着替えてまいります」
「いや、そのままでいい」
——なんでこの方はニヤニヤしているのかしら?
きっと親切なふりをして、からかうつもりなのだろう。
この時の私は、真剣にそう思っていた。
「リズ、東屋にお茶を。茶菓子もお願いね」
「かしこまりました」
◇
——東家は心地よく冷んやりして、畑仕事の疲れを癒してくれる。
「殿下、先ほどは申し訳ございませんでした」
「気にしてないよ。君が半年もの間、どこのお茶会にも行かなかったことに比べたら大したことじゃないからね」
「行かなかったと言うよりは、行けなかったと言う方が正しいですわ。昨日……殿下から教えていただくまで、お茶会のお誘いを知らなかったのですから」
「そうだね。君の言うとおりだ。もちろん、公爵にも伝えておいたよ。婚約者候補を選ぶにあたって数名の令嬢を監…いや見守っていたところ偶然に気付いてね」
殿下が侍従から手紙の束を受け取って、私の前に置いてくださる。
それは見たこともないような招待状の束、大量の招待状の束だった。
高級羊皮紙で作られ、装飾もふんだんに施された招待状。
それぞれが分厚く、ずっしりとしていて。
色とりどりのそれはとっても美しいのだけれど、この束となると——。
凶悪な重さを誇って、5歳児の私の手には無理!だった。
あとでリズに頼んで、運んでもらおう。
「これ全部、クリスティナ嬢宛の招待状だよ。いろんなつてを辿って確認してみたんだ。そしたら、これだけの茶会に君が出ていなかったことがわかった(……妃候補の令嬢たちは僕の心象を良くしようと必死だからね)」
「私はまだ5歳ですから、以前はお茶会のお知らせなんて……限られた家門からのお誘いだけでした。それがなぜこんなに?」
「それはね、君に理由があるんだ。自分でも言っていただろう? 悪役令嬢から変わろうと思ったって。皆……その変化に気付いていてね。その変化を自分の目で確かめたいという好奇心かな?」
「……ふぅーん、そうなんですね。私の変化なんて……家族以外に誰も知らないと思っていましたわ」
「使用人だったり家に訪ねて来た公爵の友人だったり、そのあたりから外部へ伝わっても何らおかしいことじゃない。そうだ……君はさっき、妃候補には絶対に選ばれないって言っていたよね?なぜそう思っているの?」
「頭も良くないですし、貴族令嬢の間では嫌われ者ですわ。それに……最近では体型も……。あ!こんなに日焼けもしていますし!!」
「あはは。どれも妃候補から除外するほどの理由ではないな。君が除外されたいだけなんじゃないの?」
「い、いえ……そんなことありませんわ」
まるで——決めた答えに導くため淡々と調査を行う、そう決めているかのよう。アルフォンス殿下、掴み所のないお方だわ。
「もうこんな時間だね。そろそろ失礼する。あ、そうだ!来週から君の菜園の野菜を城に届けてくれないか? 週に一度で構わないから。楽しみにしているよ」
殿下の侍従が、今度は城への招待状を手渡してくる。
申し訳ないけど、なんだかとってもイライラするわ——。
うん、ぜんっぜん上手くいかなくて、すっごくイライラする。
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