5. イアン兄様の生誕祭 #2 アルフォンス第二皇子殿下
クレメント公爵邸の正門を抜け、続々と馬車が敷地内へと入ってくる。
イアン兄様の生誕祭の開始時刻が近付いているからだ。
柔らかな日差しが暖かいとはいえ、もう12月。
窓からの景色を見ただけでも、空気の冷たさを感じる季節を迎えた。
お客様の装いも冬らしくなって——。
毛皮を使った装いが主役、ゴージャスな雰囲気が溢れている。
私の部屋は正門から一直線のところにあって。
お客様が邸に入るまでの様子を観察できる特等席だ。
今日は病み上がりだから、お許し頂いて。
お茶を楽しみながら、優雅に観察できるってわけ。
「リズ、そろそろパーティーが始まる頃ね」
「はい、先ほど第ニ皇子殿下もご到着になったようですよ」
「え!?アルフォンス殿下が?……全然気付かなかったわ」
「無理もございません。お嬢様が窓のそばを離れられた時でしたから」
——殿下は毎年ご参加くださっているのかしら?
だとすれば、来年の生誕祭では気を付けないと。
皇族とは距離を置かなきゃ、いつか殺されちゃう。
そういえば、一度目はどうだった?
たしか——ギクシャクした家族関係のせいで、お兄様のパーティーに私が顔を出すことなんて、滅多になかったわね。リディアは継母と参加していたけれど、私にはお母様がいなかったから。
なんだか急に腑に落ちた気がして、私はひとり頷いた。
あの頃の私は、引け目を感じていたんだ。
そしてとっても寂しかったんだろうなって——。
二度目の今、私は初めて、自らの『闇』と向き合った。
5歳にしては経験豊かで、だからこそ抱えてしまった『心の闇』と向き合ったのだ。
——そうよ今思えば、これこそ『悪役令嬢魂』だったんじゃないの!?
◇
「ティナ、ちょっといいかい?」
「はい、お父様。どうぞお入りください」
前世、私の目に映るお父様は、日を追うごとに口数が減って。
せっかくの美貌も歪むほど、その表情を不機嫌そうに変えていった。
けれども今世では、うるさいくらいに子煩悩。
継母と義妹の企てを知るようなことがあれば、決して見て見ぬふりなどしない。そんな人に変わっていた。
「第二皇子殿下が、お前とお会いになりたいそうだ。体調はどうだい?」
「アルフォンス殿下が……?」
「……どうした?やはり別の機会にしようか?」
——皇子殿下が会いたいと仰るのに、公爵家の長女が「具合が悪いんで、すみません」と断って済むものでもないだろうから——えぇ、着替えますよ。
「お父様、私は大丈夫です。お会いしますわ。すぐに着替えますので、少しお時間をくださいませ」
「わかった、急がなくていい。応接室にお通ししたから、着替えたら来なさい」
はぁ——上手くいかないものね。
第一皇子と第二皇子は二つ違いの兄弟だ。
だからアルフォンス殿下は、私より5つ年上のはず。
もう10歳になったはずよね。
ちなみに一度目の私は、第一皇子(現在は7つ上の12歳)と結婚した。
このタイミングからして、もしかして——わたし——。
アルフォンス第二皇子殿下の、婚約者候補になっているのではなかろうか?
「はぁ……リズ、着替えをお願い。極めて地味にしてちょうだいね」
「……?承知いたしました」
なぜ華やかにしないのか、きっとそう問いたいはずよね。
リズの表情から、容易に察することができる。
そりゃあ一度目の私なら、着飾ったに違いない。
でも今は二度目、今の私は決してそんなことしない。
地味に装うこと、それこそが最大の武器になると知っているから。
二度目は敢えて!!『地味』を選ぶの。
ねぇ分かった?リズ!?
◇
応接室に辿り着いた私が一番に目にしたのは、廊下に立たされるお父様の姿。
皇子殿下が『私と二人で話したい』と希望されて、お父様は席を外すことになったのだとか。——酷い話である。
「アルフォンス第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。クレメント公爵家の長女、クリスティナと申します。ご機嫌いかがでしょうか」
「うん、とっても元気だよ。顔を上げて、こちらへおいで! そういえば病み上がりだと聞いたんだが、体調はどうだい?」
「もう回復しましたので問題ございません。お会いできて光栄に存じます」
「それは良かった!!こんな時に呼び出すなんて、嫌われても仕方がないと心配していたところなんだ。ただどうしても、今日中に君に会っておきたくてね。体調が悪くなったら、すぐに言ってくれ」
アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ殿下。
このルヴェルディ帝国の第二皇子であらせられる。
透き通るような明るい金色の髪と、ターコイズブルーの瞳。
とっても魅力的な少年だ。
一度目にも、噂では聞いていた。
眉目秀麗で文武両道、でもここまで美しいとはね——。
たしか子供時代から留学していて、私たちの結婚の儀にも、戻って来れなかったんじゃなかったっけ。
——それにしても、ずいぶんと見つめてくるわね。
「殿下? 私の顔に何か?」
「いや、聞いていたのと……少し違うなぁと思ってね」
「貴族令嬢たちの間で流行っている小説に出てくる『悪役令嬢』みたいだと聞いていらしたのでしょう?たしかに昨日までは、悪役令嬢でしたわ!でも今は、後悔していて……やり直そうと思っているところですの」
こちらから先に言ってしまったせいだろうか。
殿下はキョトンとした表情で、私を見つめている。
そうしてしばらく間を置いてから、こうお聞きになった。
「クリスティナ嬢は、自分でもそう思っていたの?自分はその『悪役令嬢』みたいだって」
「まぁまぁ近いものがありましたわね……、そうですわね、例えば……」
やんわりと肯定した私に、殿下が飲んでいたお茶を吹き出して。
顔をくしゃくしゃにして、突然笑い出した。
後ろに控えた侍従が、真っ白なハンカチを取り出して、そっと殿下に差し出しているのだが、受け取る気配もない。その姿を見て、今度は私が驚く番だった。
——この人はいったい、何をそんなに面白がっているのだろう?
「クリスティナ嬢は、面白い人だね。俄然、興味が湧いてきたよ。例えば、どんな時に自分を『悪役令嬢』みたいだと思ったの?」
「そうですわね……例えば、何の失敗もしていない侍女に言いがかりをつけて、往復ビンタを食らわせたり。あとは……そうそう!お茶会で私よりも可愛らしいドレスを着ている令嬢がいらしたものだから、そのドレスにお茶をぶち撒けてやったり致しましたわ!!」
なかなか酷いことしてんな、ってお顔をなさったのだけれど。
そんなことお構いなしで、私は話を続けた。
平静を装って『あんまり笑わないでくださいませ』とだけ、言葉を挟んで。
「うん、それは『悪役』って言葉しか似合わないくらいの愚行だね。でも改めた方がいいって、自分で気付くことができたのは偉いよ。己の行いに対し反省する心が、君の中に芽生えたっていう証だからね」
いやいや、そんな可愛いもんじゃないんですよ。
一度目の人生で息子に成敗されちゃいましてね。
それでようやく、己の愚かさに気付いた次第でございます。
——とは、さすがの私も言えなかった。
「ありがとうございます。そう言っていただけると救われますわ。ちなみに、小説に出てくる『悪役令嬢』の末路がまた悲惨なようですの。例えば、主人公とヒロインの中を引き裂こうとして悪事を働き、断罪されて殺される。または、命はあっても国外追放や幽閉される……とかですわね」
なにしろ私、現実として経験したからね。
淡々としてしまうのも当然のことでしょう?
想像だとか聞いた話などじゃなくて、リアルに殺されたんだもの——私。
「クククッ……」
またも笑い始めたアルフォンス殿下の後で、侍従が襟を正したように見えて。
ふとそちらを見上げると、柔和な優しい瞳がこちらを見つめている。
そうして私に会釈をした後、そのままアルフォンス殿下へと視線を移して。
静かな口調で促した。
「殿下、そろそろ……」
「わかった。クリスティナ嬢、そろそろ時間みたいだ。今日は楽しかったよ。話せて良かった。次は城へ招くから遊びにおいで」
「光栄に存じます」
——と言ってはみたけれど。
万が一ってこともあるからね、あんまり行きたくないな。
その数分後には、お父様と一緒に正面玄関に立って。
殿下の馬車を見送りながら、額に噴き出す汗を拭っていた。
冷や汗である。
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