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31. 家族の肖像画

「陛下、どうぞこちらをお召しください」


 そう言うとアンナは、マタニティドレスの支度を始めた。

 幾度も試着を重ねたドレスが、今日この日、ようやく仕上がったのだ。


 もともと私の希望は二つだけ。

 シュミーズドレスのように楽な着心地であること。

 アルの色——金色(髪)とブルー(瞳)を使うことだった。


 そうして生まれたデザインは、エンパイアラインでくるぶし丈。

  

 胸のちょうど下——高い位置にデザインされたウエストから裾に向けて、ギャザーをたっぷりと入れてあって。白い絹のジョーゼットに紺色のシフォンを重ねたそのギャザーは、動くたびに滑らかな流線を生み出している。


 薄くて柔らかな素材を生かしたデザイン、それを見た私はとっても嬉しい気持ちになった。私らしいデザイン——そう思えたから。


「くるぶし丈なんて、斬新ね」


「裾が不揃いなのも個性的でございましょう?」


「そうね、本当だわ!……こんなの誰も着ていない」


「お肩の飾りもご覧くださいませね。花びらをイメージしてみたんですよ」


 鏡の前に立ってみると、計算し尽くされた肩飾りが目に飛び込んだ。

 柔らかな花びらを幾重にも重ねた大きな一輪の花——。


 それが顎のラインに並んで、自分で言うのもおかしな話だけれど、私の美しさを最大限に引き出すように見える。


「刺繍は胸元にしたのね。絵柄は何かしら?」


「アルフォンス陛下の金色を使うのですから、ルヴェルディ家の紋章から発想をいただきました。不死鳥の羽ですわ」


 ルヴェルディ家の紋章は、不死鳥。

 その羽をイメージした流線形の絵柄を選んで、幾重にも重ねて刺されている。

 仕上げと言うのに相応しい重厚感だ。


 アンナのセンスは神の域なんじゃないかしら。

 私はそう思って、鏡越しに目を細めて見せた。

 

 ◇

 

 マタニティドレスが仕上がった今日、私は妊娠8ヶ月目を迎えている。

 そして今回初めて、お腹の大きくなった自分の姿を肖像画に残すと決めた。


 医療体制の整った帝国でさえ、出産で命を落とす女性が多くて。

 人数で言えば、戦場で死亡する男性の数よりも多いくらいだ。

 間違いなく、出産は命がけ——。


 だから私は、自分に万が一のことが起きた場合に備えようと思っている。

 

 私にもしものことがあったら、この肖像画を見て私を思い出して欲しい。

 そんな想いを込めて、肖像画を残すことに決めたのだ。 


 そうしてアルに相談すると、すぐに画家を呼んでくれて。

 まさにこれから——というところなのだけれど。


「ティナ、今日は長丁場になるよ。終わらなかった分は明日に回すよう言ってあるから安心してね。あ、それと!!子供たちの衣装、君のドレスと揃いで作らせて良かったよ。危うく統一感を失うところだった」


 この時に私は、遅ればせながら思い知らされることになったのだ。

 夫の執着心を舐めていた——ということを。


 私一人を描いた肖像画の後、夫婦二人の肖像画、さらには家族四人の肖像画まで描かせようとしているのだから、これを『執着』と呼ばずして、なんと呼ぼうか。


 かくして私たちは、その後——魔道具の力を借りて——二日で肖像画を仕上げさせ、間もなく訪れる建国際の式典会場に、堂々と家族の肖像画を飾ることになったのである。


「両陛下にご挨拶申し上げます」


 式典会場に掲げられた肖像画。

 私たち夫婦は、せっかくだからと眺めに訪れたのだけれど——。

 落ち着いて眺める間もなく、宰相のカミーユ・ゼルバにつかまった。


 息切れしながらも彼が伝えたかったのは、謁見希望の者がいるという話。

 アルと私は顔を見合わせて、互いに大きく息を吐いた。


「謁見?……約束もなく突然にか?あまりにも非常識だろう!」

「いったい誰が求めているというの?」


 私たちは夫婦で口を揃えて。

 その声があまりにも重なったものだから、思わず笑ってしまったくらいだ。


「はい……。商業ギルドの長、セルゲイ・ターナーでございます」


「……あのセルゲイか? たしかアイツは、皇室アレルギーとやらではなかったか?」


「私もそのように認識しておりましたが、本日は皇后陛下にご相談があるとのことで……非常に感じの良い男を気取っております」


「ティナ、嫌なら断れ。私が対応してやろう」


「大丈夫ですわ、アル。おかしな空気を感じたら、自分で成敗致しますもの」


 アルは納得しなかったけれど、私は一人で謁見を受けることにした。

 商業ギルド長セルゲイ・ターナーは、前世、私の一度目の人生で重要な役割を果たした人物だから。


 セルゲイは、この帝国では珍しい魔道具専門の商人だ。

 ギルド長として君臨すること数年、今の立場は彼の父親から引き継いだものである。


 一度目の私は、息子のマリシスとセルゲイに深い関係があることを知っていた。マリシスが魔法や魔道具に並々ならぬ関心を抱いていることも。


 マリシスと私は、少し似ているところがあって。互いに皇宮から抜け出したがる人間だった。だから街でニアミスすることも珍しくなくて。


 ある日の午後、この日も街角でマリシスを見かけた。

 私は躊躇うことなく彼の後を追いかけて。

 行き着いたところがセルゲイのギルドだった、というわけだ。


 あの日のマリシスが何を求めて彼を訪ねたのか、ましてやマリシスの心の有り様など知る由もないが——。


 まぁとにかく、セルゲイとは一度話してみたいと思っていた。


 だからちょうど良いタイミングじゃない?

 二度目の私は、セルゲイ・ターナー、ギルド長である貴方を正しく評価するつもりよ。

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