表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/40

3. 後妻と連れ子がココにいる事情

 クリスティナの寝室では、今この瞬間、誰もが恐怖と戦っている。

 未だ意識の戻らぬ娘のために、公爵が自ら傍に付き添い、調査の指揮を取っているからだ。


「父上、食事から毒は出ませんでした」

「そうか……。クリスティナには、持病もなかったはずだが」


 症状に全く心当たりがないこともまた、不安を増長させる。

 そこにようやく歯止めをかけたのは、主治医のセイモアだった。

 彼自身も驚いたように、こう言う——。


「クリスティナお嬢様は恐らく……魔力中毒症でしょう」


「……魔力?……そんなもの、生まれてから一度も感じたことないが?」


「隔世遺伝で魔力を受け継がれた可能性もございます。突然の発現ですから、お嬢様にとって大きなご負担になったことでしょう。近いうちに神殿でご相談されることを、ご提案申し上げます」


「わかった。タウンハウスに向かう日程を早めるとしよう。イアン、いいな? クリスティナの体調が戻り次第すぐに、準備を始めるように」


 アーノルドはクリスティナの部屋を後にして、重い足取りで執務室へと向かった。感情のやり場に困った時、取り乱した心を落ち着ける時には、執務室が一番だ。


 そして彼は今、クリスティナの誕生と共にこの世を去った美しき妻、ジェルミナに思いを馳せている。


「もう5年か……」


 ジェルミナは隣国の王女であったが、アーノルドと愛し合い、海を越えてルヴェルディ帝国へ嫁いできた。


「もしかすると君にも『魔力』が宿っていたのかもしれないな。王家の血筋に受け継がれると聞くから。今となってはもう教えてもらえないな……ジェルミナ」


 一つ大きな息を吐くと、また一歩、妻の肖像画に歩み寄って。

 愛おしそうに呟くその時、執事が報告にやってきた。


「マチルダ様が、クリスティナお嬢様を見舞いたいと仰せです」


「……はっ!?……何を今更。絶対にクリスティナの部屋には入れるな。マチルダと二人きりにするんじゃないぞ!! あの子の意識が無いうちは尚更だ。クリスティナの顔を見たい……あの女が、そんなことを思うはずがない。いったい何を企んでいるんだ」


「承知いたしました。目を離さないようにいたします」



 ———家族の肖像画を前に、アーノルドは過去の出来事を振り返る。



 マチルダは後妻だ。

 妻を亡くして憔悴しょうすいする俺に嘘で近付いて、後妻の座を手にした女。


 よほど高貴な暮らしに憧れていたのだろう。

 貴族の未亡人であると誤解させるような言いぶりで俺を信用させ、あっという間に身体の関係にまで持ち込んだ女だ。


 俺にはその夜の記憶が無い。

 薬を使われた可能性を疑うほどに、全くな。


 その疑いは今でも晴れないが、これも己が招いた結果——。

 受け入れるしかない。


 公爵家の当主として、見知らぬ女に容易に心を許すなどすべきではなかった。

 そのことは今でも私を苦しめ、3年を経た今でも、後悔している。



 マチルダは赤い髪こそ目立つが、顔にはこれといった特徴も無い。

 いたって平凡な女だ。

 そう——俺が妻に迎えるほど惚れ込むはずもない女。


 性格も良いわけではない。

 むしろ悪いな——。



 だからこの婚姻は、主人と使用人の雇用関係のようなもの。

 俺にとって都合良く事を運ぶため、仕方なく結んだ婚姻関係だ。


 公爵家を守る人間として『平民の女性に手を付け、簡単に捨てた』などという評判を立てられては困るからな。


 幸いにもマチルダは、自分の魅力で妻の座を得たと勘違いをしている。

 だから今はまだ、その勘違いを利用して——どんなに嫌でもこのままにするしかないんだ。


「全く信用ならない親子との同居、なんとも滑稽こっけいだな」


 アーノルドはクククと笑いを漏らすと、椅子にドカリと腰を下ろした。

 なんとも自嘲的な、虚しさに満ちた笑いだった。


「私とマチルダに子が無いこともまた救いだな。イアンとクリスティナを守ることが一番の……父親として一番の仕事だからな」



 ちょうど回顧も落ち着いた頃、イアンが駆け込んできた。

 軽く息を切らし、高揚に頬を赤く染めて。


「クリスティナが目を覚ましました!!」


「わかった、すぐに行く」


 執務室を出たアーノルドは妻の肖像画に頷いて、娘の寝室へと急いだ。



 ◇◇◇


「ティナ……大丈夫か?」


 ティナ、それはクリスティナの愛称だ。

 マチルダとリディアが公爵家に加わる前、私がもっと幼い頃に呼ばれていた愛称。


「お父様、大丈夫です。血を吐いたのは覚えています……」


「話さなくていい。医者が言うには、魔力中毒症だそうだ。知っていると思うが、魔力の量に身体が追い付かず発症することが多い。簡単に言うと、ティナの持つ魔力量が、身体に対し過剰だということなんだ」


「そうなんですか? わたしの魔力……?」


「お前のお母さんが隣国の王女だという話は覚えているね? おそらく……その血筋から受け継いだのだろう。タウンハウスへ早めに行って、神殿に相談しよう」


「わかりました。神殿は皇城の敷地内でしたわね?」


「そうだ。ついでに陛下にも挨拶に伺おうか」


「………(あ、ちょっと待って!!皇族とご縁ができちゃう……)」


「どうした?嫌なのか?」


「嫌というわけではないのですが、緊張しますし……。今の体調では自信がないなって不安になりました」


「そうか、まぁ無理にとは言わん。その日の体調で決めよう」


「ありがとうございます」


「さぁ少し休みなさい。ドアの前に騎士を立たせて、私とイアンしか通さないよう言ってあるから」


 マチルダとリディアが来る前、まだよちよち歩きだった頃は「パパ」って呼んでたな。今だって「パパ」って呼びたいのに——なんだか困らせてしまいそうで言えない。


 こんなメンタルの積み重ねが、悪役令嬢を育ててしまうのよ。

 継母と連れ子に振り回されるストレス。

 この——何だろう?じわじわと積み重ねていく感覚。


 少しずつ思い出してきたな——。


気に入って頂けましたら、ブックマークと☆☆☆☆☆(広告下)で応援をお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ