3. 後妻と連れ子がココにいる事情
クリスティナの寝室では、今この瞬間、誰もが恐怖と戦っている。
未だ意識の戻らぬ娘のために、公爵が自ら傍に付き添い、調査の指揮を取っているからだ。
「父上、食事から毒は出ませんでした」
「そうか……。クリスティナには、持病もなかったはずだが」
症状に全く心当たりがないこともまた、不安を増長させる。
そこにようやく歯止めをかけたのは、主治医のセイモアだった。
彼自身も驚いたように、こう言う——。
「クリスティナお嬢様は恐らく……魔力中毒症でしょう」
「……魔力?……そんなもの、生まれてから一度も感じたことないが?」
「隔世遺伝で魔力を受け継がれた可能性もございます。突然の発現ですから、お嬢様にとって大きなご負担になったことでしょう。近いうちに神殿でご相談されることを、ご提案申し上げます」
「わかった。タウンハウスに向かう日程を早めるとしよう。イアン、いいな? クリスティナの体調が戻り次第すぐに、準備を始めるように」
アーノルドはクリスティナの部屋を後にして、重い足取りで執務室へと向かった。感情のやり場に困った時、取り乱した心を落ち着ける時には、執務室が一番だ。
そして彼は今、クリスティナの誕生と共にこの世を去った美しき妻、ジェルミナに思いを馳せている。
「もう5年か……」
ジェルミナは隣国の王女であったが、アーノルドと愛し合い、海を越えてルヴェルディ帝国へ嫁いできた。
「もしかすると君にも『魔力』が宿っていたのかもしれないな。王家の血筋に受け継がれると聞くから。今となってはもう教えてもらえないな……ジェルミナ」
一つ大きな息を吐くと、また一歩、妻の肖像画に歩み寄って。
愛おしそうに呟くその時、執事が報告にやってきた。
「マチルダ様が、クリスティナお嬢様を見舞いたいと仰せです」
「……はっ!?……何を今更。絶対にクリスティナの部屋には入れるな。マチルダと二人きりにするんじゃないぞ!! あの子の意識が無いうちは尚更だ。クリスティナの顔を見たい……あの女が、そんなことを思うはずがない。いったい何を企んでいるんだ」
「承知いたしました。目を離さないようにいたします」
———家族の肖像画を前に、アーノルドは過去の出来事を振り返る。
マチルダは後妻だ。
妻を亡くして憔悴する俺に嘘で近付いて、後妻の座を手にした女。
よほど高貴な暮らしに憧れていたのだろう。
貴族の未亡人であると誤解させるような言いぶりで俺を信用させ、あっという間に身体の関係にまで持ち込んだ女だ。
俺にはその夜の記憶が無い。
薬を使われた可能性を疑うほどに、全くな。
その疑いは今でも晴れないが、これも己が招いた結果——。
受け入れるしかない。
公爵家の当主として、見知らぬ女に容易に心を許すなどすべきではなかった。
そのことは今でも私を苦しめ、3年を経た今でも、後悔している。
マチルダは赤い髪こそ目立つが、顔にはこれといった特徴も無い。
いたって平凡な女だ。
そう——俺が妻に迎えるほど惚れ込むはずもない女。
性格も良いわけではない。
むしろ悪いな——。
だからこの婚姻は、主人と使用人の雇用関係のようなもの。
俺にとって都合良く事を運ぶため、仕方なく結んだ婚姻関係だ。
公爵家を守る人間として『平民の女性に手を付け、簡単に捨てた』などという評判を立てられては困るからな。
幸いにもマチルダは、自分の魅力で妻の座を得たと勘違いをしている。
だから今はまだ、その勘違いを利用して——どんなに嫌でもこのままにするしかないんだ。
「全く信用ならない親子との同居、なんとも滑稽だな」
アーノルドはクククと笑いを漏らすと、椅子にドカリと腰を下ろした。
なんとも自嘲的な、虚しさに満ちた笑いだった。
「私とマチルダに子が無いこともまた救いだな。イアンとクリスティナを守ることが一番の……父親として一番の仕事だからな」
ちょうど回顧も落ち着いた頃、イアンが駆け込んできた。
軽く息を切らし、高揚に頬を赤く染めて。
「クリスティナが目を覚ましました!!」
「わかった、すぐに行く」
執務室を出たアーノルドは妻の肖像画に頷いて、娘の寝室へと急いだ。
◇◇◇
「ティナ……大丈夫か?」
ティナ、それはクリスティナの愛称だ。
マチルダとリディアが公爵家に加わる前、私がもっと幼い頃に呼ばれていた愛称。
「お父様、大丈夫です。血を吐いたのは覚えています……」
「話さなくていい。医者が言うには、魔力中毒症だそうだ。知っていると思うが、魔力の量に身体が追い付かず発症することが多い。簡単に言うと、ティナの持つ魔力量が、身体に対し過剰だということなんだ」
「そうなんですか? わたしの魔力……?」
「お前のお母さんが隣国の王女だという話は覚えているね? おそらく……その血筋から受け継いだのだろう。タウンハウスへ早めに行って、神殿に相談しよう」
「わかりました。神殿は皇城の敷地内でしたわね?」
「そうだ。ついでに陛下にも挨拶に伺おうか」
「………(あ、ちょっと待って!!皇族とご縁ができちゃう……)」
「どうした?嫌なのか?」
「嫌というわけではないのですが、緊張しますし……。今の体調では自信がないなって不安になりました」
「そうか、まぁ無理にとは言わん。その日の体調で決めよう」
「ありがとうございます」
「さぁ少し休みなさい。ドアの前に騎士を立たせて、私とイアンしか通さないよう言ってあるから」
マチルダとリディアが来る前、まだよちよち歩きだった頃は「パパ」って呼んでたな。今だって「パパ」って呼びたいのに——なんだか困らせてしまいそうで言えない。
こんなメンタルの積み重ねが、悪役令嬢を育ててしまうのよ。
継母と連れ子に振り回されるストレス。
この——何だろう?じわじわと積み重ねていく感覚。
少しずつ思い出してきたな——。
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