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19. 皇太子任命式

 魔力鑑定の結果を受け、私は——まるで他人事のような感触で、体のいろいろなところを触っている。

 動揺?それとも緊張?自分でも解らない心の動きに扇動されるように。


「ティナ、大丈夫?」

「ええ、殿下……大丈夫です」


 婚約者のアルフォンス殿下にとっても、この結果は衝撃だったに違いない。

 己の婚約者が、未来の皇后が、突然に『大聖女』と表現されたのだから。


「ところで……娘の力とは、どのような力なのでしょう?」


 ようやく口を開いたお父様を見る教皇様の目、そこには穏やかで慈愛に満ちた色が宿っている。戸惑いや恐怖、動揺を抱える相手に接すること——精神的な安らぎを与える方法を、誰よりも心得ておられるのであろう。


「ご安心ください。命にかかわるような、危険な力ではありませんよ。例えば……第一段階として、基本的な治癒魔法を使えるようになる。その他の力は、段階に応じて覚醒させていけば良いのです。こちらの神殿で日々の修練を行なっていただくことにより、アルフォンス殿下の即位に間に合うよう計画しましょう」


 え!?全部覚醒したら、私って何者になるの?

 

 一度目には、こんな話なかった——。

 無能で、意地悪で、人に危害を加えることしか能のない女だった。

 皇后っていう地位を得てもなお、変わらなかった現実。

 一度目の現実が、たいそうな迫力を持って私の脳裏をよぎる。


「そろそろ城へ戻ろう。良い機会だ……皆で茶会でも開こうではないか!」


 そう提案してくださったのは、皇帝陛下だ。

 なかなかの心労だったから、本当に有難い提案だわ。



◇ ◇ ◇


 城へ戻ると、自室に様々な書類が届いていた。

 最も重要なのは、アルフォンス殿下の立太子と皇太子任命式についての書類。

 企画立案段階を経て、ようやく確定といったところだ。

 通常の任命式に比べ準備期間が短いことから発生する——イレギュラーな確認が異常に多かった。


 既に皇位継承権を放棄し、陛下から与えられた領地へと旅立った第一皇子のアレクシス殿下。そのお母様——パルディア様の不義密通事件がなければ、今頃私たちは、もっと呑気に将来を考えていたに違いない。


 例えば、アルフォンス殿下が私との結婚を機に大公なり公爵なりの爵位と領地を賜って、皇城から領地へと下る。そしてその妻となった私は、妃として平和な家庭の維持に努める——などといった将来を。


 現に去年までは、互いに愛情を深め合い後継ぎをもうけ、領地運営で義務を果たし、つつがなく帝国への忠誠を誓う。これが私たち二人の認識だった。


 がしかし、今はどうだろう?

 殿下と私に求められるのは、遠くない将来この国を守り、豊かにし、更には発展させていく——使命感と確実な実績だ。


 幸いにも私たちには『固い絆』がある。婚約してから8年『いつもそればかり考えていた』と言っても過言ではないほど、熱心に築いた『絆』があるのだ。

 そんじょそこらの『愛』などと——感情的で薄っぺらな『愛』などと比べてもらっては困るほどの強い『絆』が。


 婚約が決まってからというもの、私たちはずーっと共に歩んできた。

 この信頼関係が、恋愛感情などという揺るぎやすい感情に劣るはずがない。


 殿下と私の『一番の愛』は帝国に捧げなければならないとしても、きっと寂しいと感じずに乗り越えることができる。

 なにしろ『皇后』とは、帝国民の『母』。

 私は殿下の妻である前に『国母』であれ、そう言われているも同然の立場になるのだ。


 私の身支度を横で静かに待つ未来の皇帝——アルフォンス殿下に視線を移すと、私は自分でも予期せず、無意識のうちに口を開いていた。


「殿下、互いに背中を預けられる存在になりましょう」


 その意味は、未来の皇帝——私の若き婚約者にだけ伝わる、同志としての決意表明である。


「ああ、ティナが一緒なら……この帝国と民を守り抜くことができそうだ。他の誰も逆らうことなどできぬよう、豊かに強靭な国にしよう」


 私の前に迷うことなく膝をつき——優しく手を取る皇子の姿は、既に皇帝の素養を感じさせる佇まいである。



◇ ◇ ◇


 そしてこの時がきた。


 アルフォンス殿下の皇太子任命式だ。

 この日の私は、婚約者として玉座の横に立つことを許さている。


 皇帝陛下直々(じきじき)の配慮により、殿下の勇姿を正面から見守る権利を与えて頂いたのだ。


 任命式のメインは、皇城の玉座の間にて行われる。

 参列者は、内外から招待された王侯貴族など——要人ばかり。


 時を知らせる合図が送られると扉が開き、アルフォンス殿下の姿が現れた。 

 玉座へと真っ直ぐ続く赤い絨毯の上を進む姿は、なんとも堂々としたものである。


 ———皇帝陛下の前まで来ると片膝をつき、静かに頭を垂れる。


 そして、陛下のお言葉——『宣言せよ』との一言を合図に、皇太子拝命の宣言を始めたのである。私がこれまでに見てきた表情とは比べものにならないほど、緊張した面持ちで。


「我——アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディは、ルヴェルディ帝国の栄光と未来を受け継ぎ、新たなる導き手として民の前に立ち、いかなる時も後世を照らす太陽となることを誓う。そして皇太子を拝命することを、ここに宣言する」


 アルフォンス殿下のお父様——ラファエロ・キール・ルヴェルディ皇帝陛下は、その様子を嬉しそうな表情で見届けた。

 そして徐に——殿下の肩に手を置くと、次のように宣明なさったのだ。


「我——ラファエロ・キール・ルヴェルディは、帝国の太陽として、規範の定めるところにより、ここに新しい皇太子が誕生したことを、広く内外に宣明する」


新しい皇太子殿下への盛大な拍手のもと、二人は堂々とした佇まいで参列者に向き合った。


もちろん私もその様子を見ながら、手が腫れるほどの拍手を贈るのである。


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