17. アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ
私——アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディは、このルヴェルディ帝国の第二皇子で、間もなく皇太子になる。年齢は18。
透けるような金色の髪にターコイズブルーの瞳、いわゆる金髪碧眼の美男子だ。「自分で言うな」とお叱りを受けそうだが、こればかりは自分でも認めざるを得ない事実なのだから、己の容姿を正々堂々!褒めて生きるしかないだろう。
さて、話を戻すが、つい最近まで——第二皇子だからと気楽にやってきた。
例えば、料理をしたり街へ出たりも自由。
婚約者選びも、自分の意思を最優先にさせてもらった。
そうして今、隣に居てくれる婚約者は——筆頭公爵家であるクレメント家の長女、クリスティナだ。
出会ったのは彼女が5歳の頃。
彼女の兄イアン・クレメント小公爵の誕生日を祝う会だったか——。
私の婚約者候補にあがっている令嬢がいると聞き、その姿を拝みに行ったわけだ。
——がしかし、応接室で初対面を迎えたその令嬢は、それはもう気楽な態度で、私に全く興味がないことなど容易に想像がつくほどだった。
あまりにも不慣れな状況を経験させられてしまったせいか、彼女は——私の記憶に最も残る令嬢となったのである。
出会う前に聞いた評判からイメージする彼女と実際に接した彼女には、想像を絶する程のズレがあった。
それもそのはず、本人が『悪役令嬢』と呼ばれることに拒否感を覚え、自分を丸ごと変えようとしている最中だったのだから。
痩せるためと言っていたか?——家庭菜園で畑仕事を始めたり、自分を貶めた人間にさえも優しさを見せたり。
そんな彼女を、私は大いに気に入った。
こんなにも悪役を嫌い、悪役と呼ばれる自分を変えようとする人間が『悪役』であるなど——あろうはずがない。
それは、明らかに他の令嬢とは異なるモチベーションだった。
いじらしいというより、まずは——相当に面白かったんだ。
そうだ、一番最初の感情は「面白い」だったんだな。
そのせいか?学園の試験で最下位を取ったと聞かされた時も、期待を裏切らぬ面白さに心底喜んだものだ。
脱帽だよね。
だって——未来の皇太子妃が、学園生活でドンケツを走る姿を見せてこようなど、いったい誰が想像する?しないだろう??
とにかく彼女といると、あまりの出来の悪——否——のんびり屋さんな姿に、感じたことのない愛おしさが溢れるんだ。そして今は、心から大切に思っている。
そうそう、ここのところ、口調や振る舞いにも変化があったな。
以前に比べ自信に溢れ、自分の意思で決断を下そうとする強さを見せるようになった。
まるで前世で『権力者』でも経験したかのような——そんな崇高ささえも感じさせる強さだ。
彼女はきっと良き皇后になるだろう。
彼女に『たりない部分』は民から愛され、彼女の『持てる部分』は民から頼りにされるはずだから。
なんとも皇族に相応しい人間ではないか?
それにしても今日は、支度に時間がかかるな——。
まぁ女性というものは皆そうか?
休日だから遅刻の心配はないが——。
「殿下!見てください!!私とっても痩せましたわ!痩せましたわよね??」
「ああ、痩せたとは思うが、もう少し……」
「それから、こちらがノエルですわ!」
ああ、そうだった——。
皇城に住むようになってから夜が寂しいとかで、実家の公爵家からペットの猫を連れてきたいと言っていたな。
「三毛猫だね。ノエルというのかい?」
「はい!この小さな垂れ耳が可愛いでしょう?ちょっと抱いてみます?」
「そうだね。では、こちらに……」
意外と可愛いな——ふわふわで温かい。
顔はまぁブサイ——個性的だが、愛着のわく顔だ。
何とも言えない愛嬌がある。
それに、私にもいい顔をするとは——空気の読める猫だ。
「クリスティナ、可愛いノエルはそろそろ侍女に預けよう。遅れてしまうからね」
「そうですわね!」
今日は花祭りだ。
クリスティナと二人で街に出かけることになっている。
皇太子になれば、簡単に外出は許されなくなるだろうから——これが最後の機会かもしれないな。
「今日は好きなものを食べるといい。欲しいものは全部買おう」
「はい!こんなふうに自由にお出かけできなくなりますものね……」
クリスティナは存外——と言っては失礼だが、賢いところもある。
勉強ができないわりにね。
私が言葉を一つ放つと、そこから事情を察した言葉を返してくる。
今の会話もそうだ。
そいえば、昨日の話も思い出すな——。
皇位継承権は放棄したが、元は第一皇子だった私の兄アレクシス。
彼の子を側室が身籠った話の際、皇族の血筋と証明されたら——クリスティナが自分の養子として育てることになるのか?と、すかさず聞いてきた。
そのような話題を誰も持ち出していない現段階において、あっさりそこを疑ってかかるとは、天晴れよ。
「殿下ぼんやりしないで!行きますよっ!!」
「ごめんごめん、あまりに君が可愛らしいのでね」
花売り娘の衣装まで用意するとは、可愛いな。
そうなんだ——けっきょく何をしても愛おしいんだ。
これからもこの手を離さずにしっかりと繋いで、たくさん抱きしめて、たくさん美味しいものを食べさせてやろう。
普通の夫婦のようにね。