15. 稀代の悪女
「今日も頑張っておいで」
「はい、行ってまいります」
私——クリスティナ・リーズ・クレメントは、5年前から皇城に住ませて頂いている。ことの発端は、継母が私に危害を加えたことだったが、公爵領が皇城から遠いことも理由の一つだ。
そんなことで、メラヴィオ学園に入学してから毎日、殿下が送り迎えをして下さっている。いくら皇城と学園が近いと言っても、これは全くもって簡単なことではない。
皇族が朝夕決まった時間帯に同じ場所を通る——この状況は、悪いことを考える人に悪いことを実行させてしまう——そんな恐れすら含む行動なのだから。
それ相応の警護体制を必要とする、とっても命懸けで迷惑な行動だ。
——かく言う私も、前世で側室を襲わせていたわけよ。
夫と側室の逢瀬の場を探させては突き止めて、何度襲わせたことか。
あの頃、私の心は鬼になっていて。
陛下のところへ向かう側室を、容赦なく襲わせていた。
当時の夫は、皇帝アレクシス(元第一皇子)——今世の婚約者アルフォンス第二皇子殿下のお兄様だ。
母親が側室だったからか、とっても側室に優しい人だった。
それが結果的に、付け入る隙を与えたのだろう。
二人の側室が皇子を生んだものね。
皇室の人間たちは皆、私を皇后として拒絶していた。
私の血を引かない皇族も用意しておきたかったから。
その方が都合が良いと考えても——まぁ——おかしくなかったわよ。
だって私は、とんでもない悪女皇后だったんだもの。
まさに自業自得。
でもね——あの時はとっても辛かった。
おこがましい主張だけれど、私にだって『悪女』になる理由があって。
勝手に仕上がったわけじゃないんだから。
あの皇子——私を殺した皇子、彼はどの子だったんだろう?
実際のところ私は、自分が産んだ子にさえ興味のない母親だった。
側室の子なんて尚更、顔を知っているわけがない。
——私を殺した子が《《どれ》》だったかもね。
ぼんやりと考えながら学園の廊下を歩いていると、向こうから第一皇子の元婚約者セシリア・スタイナー公爵令嬢と取り巻きの皆さんが。
今日も何か言われるのかしら?
「あら!クリスティナ様ではありませんか?おはようございます。今日の成績発表、楽しみですわねぇ」
ほんと、嫌味な人。
自慢じゃないけど——こちとら前世から変わったのはモチベーションだけ。
性格も頭のレベルも全くバージョンアップ無しだからね——。
覚悟しなさいよ!
「まぁ、セシリア様!おはようございます。本当に楽しみですわ。自分が『下から何番目か?』自分で自分にクイズを出しておりますの!正解できたら、自分にご褒美をあげるんです。オホホホホホホ~」
高笑いを決めると、敵どもの顔が期待どおり青ざめていく。
なんて爽快なんだろう!!
あんたたちが虐めてる目の前の女はねぇ——『稀代の悪女』と呼ばれた元皇后なんだよ。
「では、自室で準備がございますので。これにて失礼……」
私のために用意された個室。
王族とその関係者に対する特別待遇だ。
国王陛下からのご配慮で、在学中のプレゼントとして与えていただいた。
これもまた、令嬢たちからの妬みの一因となっているのよね。
——でももちろん!嬉しいに決まっている。
◇
殿下が付けて下さった侍女のマリアが、成績発表の開始を知らせてくれる。
礼を言って、急いでホールへと向かった。
ホールの大掲示板に書き出された順位と名前——私はどこかしら?
目を見開いて必死に自分の名前を探す私、その姿に気付いたか否かは知らないけれど、皆がザワつき始めたことくらいは私にも分かる。
——そう私の順位、これはザワついても仕方ないわね。
最下位じゃないの!?
さすがに私自身も驚いたわ——。
クス クス クス クス
クス クス クス クス
「やっぱり皇太子妃にふさわしいのはセシリア様よ。あんな見た目だけの女なんて、国を滅ぼす以外、何の役に立つのかしら?」
先陣を切ってそう口にしたのは、セシリア嬢の取り巻き一番手。
どう考えても私に味方する方が将来安泰なのに、なぜ取り巻きの皆様はセシリア様のところに留まるのか?
「見た目だけ良くて何が悪いのよ?」——心では悪役令嬢の小さな芽がささやいている。——いけない。他人の悪意に引っ張られたら、また悪役になっちゃう。
「まぁ!どうしましょう!!私ったら、あんなに勉強したのに(涙)」
そう言いながら走って部屋に戻るのは、ショックを受けた芝居で。
本当はビリなんて大したショックではない。
だって授業で耳にしたことの一つも理解できなかったのだから——こうなって当然なのよ。
「お嬢様!どうなさいました?」
「私ね……勉強がとっても苦手なの。授業を聞いていても内容を理解できないし、理解していると思っても本当はできてない。そんなことの繰り返し……。私なんか未来の皇太子妃に相応しくないんだわ」
——私は侍女のマリアに号泣して見せる。
マリアはただの侍女ではなく、護衛も任された女性騎士だから。
もっと護衛が必要と判断すれば、滞りなく殿下に報告してくれるはず。
「そんなことございません!誰に傷付けられたのですか?」
「うん……笑ったのは皆んなだけど……中でもセシリア・スタイナー公爵令嬢の取り巻きの方が酷くてね」
「まぁ!そんな……。今日の授業には私も付き添います」
◇
——授業が終わる頃には、殿下の馬車が正門前に到着する。
殿下は私の入学当初、送り迎えの理由を「(令嬢たちからの)羨望の眼差しをクリスティナに与えたい」と仰った。
その時には、なんて自惚れた男なんだろう——と恐怖すら感じたものだが、今ではその意味がよく解る。
そのくらい見せつけないと、令嬢たちを黙らせることはできない——ということなのだ。
しかしまぁ、殿下の予想は見事にハズレたわね。
今や令嬢たちの悪意は思う存分に膨らみ、私をいっせいに攻撃しているんだもの——。