12. 私は恋に溺れる8歳なのです
——回復と共に、皇城生活にも慣れてきた。
好きな散歩コースができたり、気持ちの良い木陰を見つけたり——いわゆる行きつけの場所がいくつかできたという意味で。
なかでも皇城のパティシエたちとの出会いは格別。
彼らが作るパイのサクサク感と言ったら、どこでも味わえないと思うほどだ。
おかげさまで、なんとか畑仕事で落とした体重はリバウンド。
皇子妃教育が始まる頃に作って頂いたドレスのファスナーは、ほとんど全て上がらなくなった。
どちらの令嬢も痩せて美しいルヴェルディ帝国の社交界、小太りになった私は——いつも陰口や笑いの対象になった。一度目の人生、抜群の容姿しか取り柄がないほど——『美貌の人』だったはずなのに。
皮肉なものね——。
そうそう、貴族令嬢に人気の小説!!
そこに必ず出てくる『悪役令嬢』——そんな存在のせいで、極悪非道な女と非難されたこともあったっけ。
たしかに優しい人間ではなかったけれど、そんな架空の存在と私を比べるなんて——「アンタたちバ○なの!?」って、いつも心の中で蔑んだものよ。
あぁそうか——こういうのを『おあいこ』って言うんだわ。
私も自業自得だったってことね。
実際のところ、前世(一度目)での記憶は今世(二度目)において全く役に立っていない。死に戻った私が『悪役令嬢回避』道を突き進んだせいで、いわゆる『シナリオ』が全て書きかわったような感じなのだろう。
「クリスティナ、調子はどうだい?」
「だいぶ良くなりました。ありがとうございます」
「君が完治するまで、城から通学しようと思う。毎日様子を見に来るから安心していいよ」
例えば、私のパートナーのこと。
今世では——このアルフォンス第二皇子殿下が婚約者なのだが、前世では彼のお兄様アレクシス第一皇子殿下と結ばれ、彼の皇位継承とともに皇后となった。
そして、その未来には——息子に断罪され天に送られる日が待っていたはずなのだ。今となっては夫が変わる予定なのだから、その子が生まれてくることもない。
戻ってきた当時には鮮明に感じられた恐怖感も、今では全くと言っていいほど感じられなくなって。今この瞬間に思い出すまで——遠い記憶の彼方であった。
日頃からアルフォンス殿下の温もりと広いお心に包まれ、思う存分ヌクヌクとしているおかげかしらね
「そういえば、公爵から君の継母と義妹の処罰について聞いたかい?」
「いえ、まだです。明日お父様が様子を見に来てくださるので、その時に教えて頂けるのだと思いますわ」
「少し早く知りたい?」
——これは殿下が話したいってやつね?それなら。
「はい、知りたいです!」
「まず継母、彼女は労役を伴う刑に処せられ、帝国最北端の地へ送られる。そして義妹は、母親とは正反対の最南端にある修道院へ送られることになった。二人とも終生この首都へ戻ってくることはない。君の前には一生現れないよ」
「……」
——全くと言っていいほど、言葉が見つからない。
特に義妹のリディアはまだ8歳だ。
母親の罪を共に背負うことになって、どんな人生を送るのだろう?
母親を恨みながら?それとも受け入れて穏やかに神に仕えるの?
——その時、私の頭に一つの考えが浮かんだ。
殿下ならきっと理解してくれるだろう。
「殿下、お願いがございます。義母については仕方のないことですが、リディアナを……妹を皇城での仕事に就かせていただけませんでしょうか。明日お父様にも同じお話をしてみようと思います」
「例えば、どんな仕事を考えているの?」
「私の侍女でも構いませんし、下女として掃除や洗濯をさせても構いません。公爵家の監視の目が届くところで、人生の選択肢を用意してあげたいのです。彼女が罪を犯したわけではない……という考えは甘いのでしょうか」
「わかった。こちらでも相談してみるよ。ほんとクリスティナ、君は……悪役令嬢みたいだなんて言われたのがおかしいくらいに優しいね」
いえいえ殿下——『悪役令嬢』と呼ばれた4歳までの私と5歳からの私とでは、そもそも中身が違うんですよ——とは言えず、ひたすら笑顔を作り続けるクリスティナであった。
◇◇◇
そしてその夜の出来事だ——
皇城に滞在するようになってからは、皇族の皆様と夕食をご一緒させていただくことが多いのだけれど、まさにその食事の最中に事件は起きた。
アレクシス第一皇子殿下のお母様——『陛下以外の男性との不義密通』を疑われている側室のパルティア様が、祖国へと逃走を図ったらしいのだ。
——え?まさか皇族から逃げ切れるなんて思ってませんよね?
逃走したんじゃなく、誘拐とか拉致とかそういう話なんじゃないの?
「お前たちはここにいろ。私は行ってくるから」
皇帝陛下が出て行かれると、皇后陛下が第一皇子殿下を気遣う。
噂によると、皇后陛下がお子を授かることができなかった頃、側室のパルディア様が皇子を出産したことで、皇后陛下のお心にあった重荷の一部がおろされたのだそう。
側室が先に皇子を産んだとなれば、さぞかし憎まれることだろう——そう考える者が多いなか、陛下のパルディア様への思いやりは、口には出さずとも深いものがあったと聞く。
「皇后の子だから次期皇帝は第二皇子」と極端に話が進まなかったのは、そんな経緯からなのだ。本当に素晴らしいことだと思う。
——そして私の第二皇子殿下は、なんともアッケラカンとしていて。
「兄さん、これから厨房でクリスティナとクッキーを焼くんですけど、一緒にどうですか?」
信じられない——という目を向ける私に、ウインクまでしてくる始末。
それでもそんなお姿に『プライベートのお顔も魅力的!!』などと喜んでしまうのだから、私は8歳にして恋に溺れた一人の女にすぎないのであります。