11. 継母の執念
「クリスティナ……」
私の名を呼ぶ静かな声が聞こえる。
お父様とお兄様だろうか——。
陛下が知らせてくださってから、まだそんなに時間が経っていないのに。
私の家——クレメント公爵邸の領地は、皇城から馬車で半日ほどかかる地域にある。だから、こんなに早く来てくれるなんて思っていなかった。
「お父様……?もう来てくださったのですね。ご心配を……」
「話さなくていい。事故の報を受けてタウンハウスの準備を早めさせたんだ。すぐに駆け付けられるからな。何か欲しいものがあれば言いなさい」
社交シーズンになると首都のタウンハウスに拠点を移すのだけれど、まだその時期ではない——だいぶ早い。
使用人たちにも無理をさせたに違いないわ。
「まだまだ辛いだろうけど、犯人の目星はついたよ」
お兄様の声——。
「犯人?どういうことですか?」
「事故ではなかったんだ。馬車に細工がされていてな……御者も共犯のようだ」
「……いったい誰が?」
「マチルダが人を雇ったんだ。本人は否定しているが、必ず明らかにしてやる。御者をようやく捕らえたからな」
お父様は辛いだろう。
自分が娶った後妻が、実の娘を傷付けたのだから。
連れ子のリディアはどうしているんだろう?
「落ち着くまで、このまま皇城で保護してもらうことになった。お前は未来の皇子妃だからな。陛下も力を尽くしてくださると仰せだ。安心して治療に専念しなさい」
継母のマチルダは、私とアルフォンス第二皇子殿下の婚約が決まったのをキッカケに、これまで以上におかしくなった。
自分の娘リディアには叶わない未来、それが前妻の娘には簡単に与えられてしまったのだから——無理もない。
ここルヴェルディ帝国の貴族法では、直系の血筋であることが社交界デビューの条件だ。だから直径でないリディアにとって、有力貴族との結婚など夢のまた夢ということ——。
だがしかし継母の気持ちは、法律で変えられるものではない。
そんな現実を受け入れられる器は持ち合わせていないのだ。
——高望みを続けたところで、何も得られるものなどないというのに。
更に継母は納得しないだけではなく、間違った方向へと突き進んでしまった。
——結果、今回の「クリスティナ傷害事件」が起きたのである。
幸いにも私が生きていたから、彼女の罪が『殺人』になることはなかった。
でも奪ったと同じくらい——自分も何かを奪われることになるはず。
まずは公爵夫人の座を追われ、公爵邸から追放されるのは時間の問題なのだから。
確かに私は継母から優しくしてもらったことも。褒めてもらったこともない。それでもなぜか——哀れな最後に思えて。不思議と恨む気持ちにはなれなかった。
一度目の人生では——私が早い時期から悪役令嬢として頭角を表したことで、この事件は起きなかった。
二度目の今、まさに状況は変って、間違いなく私は一度目とは異なるルートで正しく成長できているのだろう。
何がどう転んでも『皇后』にはならない人生——。
二度目の目標はそれに尽きる。
◇
ちょうどお昼を過ぎた頃、アルフォンス殿下が来てくださった。
今回の件が事故ではないこと、その犯人がマチルダであること、全てにおいて迅速に判断が進んだのは、ある意味『根拠のある殿下の第六感』のおかげだった——と、イアン兄様が言っていた。
おそらく、その第六感の根拠となったのは——私が5歳の時に起きた「お茶会の招待状、一通もクリスティナ本人に届きませんでした」事件だろう。(第6話)
マチルダの画策で、私への招待状は全て途中で抜かれて、めぼしい茶会やパーティーには全てリディアが『代理』として参加したという事件だ。
その事件の際、いち早く異変を嗅ぎつけ対処してくださったのが、他でもないアルフォンス殿下——私の婚約者だ。
それからというもの、殿下はマチルダに目を光らせていたそうで。
今回の事件を未然に防げなかったことに、とんでもなく大きな罪悪感と後悔を抱いていらっしゃるに違いないのだ。
「今回も速やかに動いてくださったとお聞きしました。ありがとうございます。お茶会の招待状事件の時と同じですね!」
「……でも、未然に防げたはずだよ。それができなかったんだから、褒められたもんじゃない。それと……公爵には既に伝えたんだけど、皇子妃教育を受けている間は皇城に住んでもらうことにした。タウンハウスからなら近いけど、それでも心配だからね」
「わかりました。殿下が週末に学園から帰城される時には一緒にお料理もできますし、とても楽しみです!」
殿下もようやく笑ってくれた。
事故のせいで誰の笑顔も見られない日々だったから、身体じゅう痛いけど——すごく嬉しい。
25歳からの死に戻り——クリスティナ8歳、子供の回復力に期待するしかない。