クラスの変人女子たちに諜報員に仕立て上げられた
高校生活は、思い描いていた通りの「平穏」そのものだ。俺、佐藤健一は、特に目立つこともなく、クラスの隅で静かに過ごしている。
友達も数人いれば十分だし、先生に怒られるようなこともしない。勉強はまあ、そこそこ。それでいいと思っていた。
……そんな俺の生活が、まさかあんな形で崩れるとは、まったく予想もしていなかった。
「──あなた、実は諜報員でしょ?」
教室の一角、静まり返った昼休み。クラスメイトで、あまり目立たないけれど不思議な雰囲気を漂わせる文学少女・藤崎茜が、唐突にそんなことを言ってきた。
「──は?」
訳が分からない。冗談にしては質が悪い。
藤崎は、その華奢な体を机に寄りかからせ、真剣そのものの顔つきで俺を見ている。
「……いや、俺はただの高校生だけど?」
「ふーん、そういう風にカモフラージュしているわけね……まあ、いいわ。あなたにしか頼めない『極秘任務』があるの」
藤崎は俺の言葉を完全に無視して、ポケットから折りたたまれたメモを取り出した。
そしてそれを俺の手に押し付け、にやりと笑った。
「ここに記された人物を見張って。動きがあればすぐに報告して」
俺は手元の紙を見たが、そこに書かれているのは同じクラスの生徒たちの名前だ。「鈴木」「田中」「佐藤」……俺を含む普通の連中ばかり。
見張るって何だ? そして、そもそも何のために?
「ちょっと待ってくれ。なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ?」
「だから、あなたは諜報員でしょう?私の情報網ではそうなってるわ」
彼女の「情報網」という言葉に、俺はますます訳が分からなくなった。
もちろん、俺はただの高校生だし、スパイでも諜報員でもない。第一、どう見ても俺がそんなことできるわけがない。
「冗談だよな?」
俺が半笑いで尋ねると、藤崎は真剣な表情で首を横に振った。
「これは冗談ではないわ。私には確かな筋からの情報があるの。あなたが諜報員であるという証拠もね」
藤崎の言葉には一切の迷いがない。むしろ、俺が否定すればするほど、彼女の中で俺が諜報員である「証拠」が強化されていくように感じる。
「いやいや、ちょっと待て。俺はただの普通の高校生だって……」
「もう、隠さなくてもいいのよ」
藤崎は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、俺の反論をまったく聞き入れようとしない。
その時だった。
「──え? 佐藤くんって、もしかしてスパイだったの?」
後ろから別の声が聞こえた。振り返ると、そこにはクラスの女子・天野美咲が立っていた。
明るくて、少しお調子者な性格の彼女は、藤崎の話を真に受けたらしく、目を輝かせている。
「いや、違うってば!俺は普通の——」
「やっぱり、秘密の仕事してたんだ!すごい!」
完全に話が通じていない。天野もまた、藤崎の妄想を信じてしまったようだ。
しかも、その言葉がクラスの他の連中にも聞こえてしまったのか、教室のあちこちから好奇の目が俺に集まってくる。
「あ、あの佐藤がスパイだったなんて……」
「嘘だろ、あいつ、地味なやつだと思ってたけど……」
どんどん話が勝手に広まっていく。最悪だ。
「だから違うって!俺は普通の高校生だ!スパイとか、そんなの漫画や映画の中だけの話だろ?」
声を張り上げても、クラス全体の視線は冷めるどころか、むしろますます熱を帯びていく。何なんだこの状況は。なぜ俺がこんな目に?
そんな俺をよそに、藤崎はにやにやと笑みを浮かべながら腕を組み、「これで証拠は十分ね」と満足げに言う。
「これで分かったでしょう?あなたが諜報員であることは、もうクラス全員が知っているわ。逃げられないわよ、佐藤健一」
「ちょ、待て待て!俺がスパイだなんて誰も——」
「信じるわ!私も!」
再び聞こえてきた声は、さらに予想外の人物からだった。クラスでクール系で知られる遠藤彩花が、いつの間にか俺たちの会話に加わってきたのだ。
普段は人と距離を取る彼女が、なぜこんなことに興味を持つのか、俺には理解できない。
「諜報員、カッコいい……」
遠藤まで俺を「スパイ」扱いし始め、クラスの噂はますます広がっていく。
「もういい加減にしてくれよ……!」
心の中で叫びながら、俺はなんとかこの奇妙な状況を収めようと試みる。
しかし、どうやら彼女たちは俺を諜報員に仕立て上げることを完全に楽しんでいるらしい。俺の言葉はどこにも届かない。
それからというもの、俺はクラス中の注目を浴び続けることになった。
彼女たちの妄想は止まることを知らず、次第に俺の周りに「協力者」や「同業者」まで現れる始末だった。
そんな訳で、俺の平穏な学園生活は、あっという間に消し飛んだのだった。
******
「ねえ、知ってる? 佐藤くん、実は諜報員なんだって!」
クラス中に広まってしまった藤崎茜の噂が、すぐに学校全体を駆け巡った。
誰もが半信半疑ながらも、なぜかその話を面白がっている。そんな中、俺、佐藤健一はひたすら否定し続けていた。
「だから、俺はただの普通の高校生なんだって!」
「わかってる、わかってる。でもね、秘密の諜報員が自分の正体を明かすわけないじゃん?」
そう言ってニヤリと笑うのは、小野寺真奈美彼女は映画オタクで、特にスパイ映画の大ファンらしい。
藤崎の噂を聞きつけ、俺を「秘密の仲間」だと信じ込んでいる。彼女のカバンにはいつもスパイ映画のポスターやグッズが入っているし、スマホの壁紙までスパイ映画の主人公だ。
「私、実はずっとスパイに憧れてたんだ! だから、佐藤くんが諜報員だって知った時、もう我慢できなかったの!」
「いやいや、我慢する必要ないし、俺、諜報員じゃないってば!」
小野寺は目をキラキラさせて俺の話を全然聞いてくれない。それどころか、自分も仲間になりたいと言い出す始末だ。
「ほら、見てよ、私も色々と準備してるんだから!」
そう言って、小野寺は自分のカバンからスパイ道具(自称)を取り出し始めた。
イヤホンに見える盗聴器や、ペン型の隠しカメラ、暗号解読のためのノート……。どれも明らかにおもちゃだが、彼女は真剣そのものだ。
「これで、いつでも情報収集できるわね!」
「それ、本気で言ってるのか……?」
俺が頭を抱えていると、突然、教室の扉が勢いよく開いた。そして、入ってきたのは、黒崎玲奈。黒髪ロングに鋭い眼光、まるで映画や漫画に出てくる「暗殺者」のような雰囲気を漂わせている。
「佐藤健一、見つけたわ……」
黒崎は俺を睨みつけながら、まっすぐこちらに歩いてくる。
その堂々とした足取りと真剣な表情に、クラス中の視線が一斉に集まった。
「え? 俺を?」
黒崎は何も言わず、俺の目の前に立ち、無表情でこう告げた。
「私も、あなたの仲間になる。私は裏社会で生きてきた暗殺者……その腕をあなたに捧げるわ」
「いや、そんな物騒なこと言われても……!」
黒崎玲奈は、真顔で物騒なことを言ってくる。だが、彼女は本気のようだ。
俺を見つめるその瞳には、確固たる決意が宿っている。
「藤崎茜から、あなたがこの学校で諜報活動をしていると聞いたわ。そして、小野寺真奈美も協力者だということも……私にはそれで十分よ」
「いや、ちょっと待ってくれ! 藤崎がそんなこと言ったのは、ただの妄想だって!」
「妄想? 違うわ……彼女は本気で言っている。あなたが自分の身を守るために否定しているのもわかる。だが、私はすべて見通しているのよ」
何を見通してるんだ……?
俺が口を開く前に、黒崎はポケットからなにやら怪しげな小瓶を取り出した。
「これを飲めば、48時間は眠らなくても平気よ」
「え? なにそれ?」
「試してみて」
──試すわけがないだろう! なんだその怪しげな薬は!
黒崎の真剣な顔つきに圧倒されつつ、俺はなんとか断ろうとするが、彼女の「暗殺者」という設定は完全に崩れることなく、次第に俺は反論の気力を失っていった。
「だから、俺はスパイでも諜報員でもないって……ただの普通の高校生なんだって!」
しかし、黒崎も小野寺も、藤崎茜同様、全く耳を貸そうとしない。むしろ「普通の高校生」という言葉を聞けば聞くほど、彼女たちは「それこそカモフラージュだ」と勝手に解釈してしまう。
「佐藤くん、隠さなくていいよ。私たち、もう仲間なんだから!」
小野寺はさらに興奮して、「次の作戦」を提案し始めた。
「ねえ、玲奈ちゃん、次は校内で何かミッションを実行しない? 例えば、先生の動向を探るとか!」
「悪くないわ。先生たちは私たちを監視しているかもしれない。注意を払うべきだわ」
黒崎もすっかりその気だ。
もう完全に俺の話は聞く気がないらしい。どうしてこんなことになったのか……。俺はただ、静かに学校生活を送りたいだけだったのに。
「なあ、ちょっと考え直さないか? そんなことしなくても、普通に授業受けていればいいだろ?」
俺がなんとか理性の声を届けようとするが、彼女たちは一向に耳を傾ける気配がない。
それどころか、さらに話はエスカレートしていく。
「それじゃあ、明日から『監視作戦』を開始しよう! 黒崎、君は体育教師を、小野寺は英語教師を担当してくれ!」
「了解したわ」
「任せて!」
二人とも、妙に張り切っている。俺は彼女たちを止めようとしたが、ここまで話が進んでしまった以上、何を言っても無駄だろう。
こうして、俺は次第に「奇妙な集団のリーダー」に仕立て上げられてしまったのだった。
「俺の学園生活、一体どうなるんだ……」
ため息をつきながら、俺は彼女たちの盛り上がりを眺めるしかなかった。
******
俺の周りで繰り広げられる妄想劇は、もはや止めようがなかった。
「──というわけで、作戦会議を開きます」
放課後、いつの間にか「作戦会議」と名付けられた謎の集まりが、教室の隅で始まっていた。
中心にいるのはもちろん、藤崎茜だ。彼女は自分のノートを開き、何かを真剣に書き込んでいる。
俺はというと、なぜかその場に引きずり込まれてしまった。参加した覚えはないが、拒否する勇気もない。
周囲には、いつも通りの笑みを浮かべた小野寺真奈美と、鋭い目つきの黒崎玲奈も座っている。
「さて、まずはこの学校に潜む陰謀について話し合おうと思うの」
藤崎が鋭い目つきで切り出す。その真剣な表情に、つい引き込まれそうになるが、冷静になれ、俺。ここで乗せられたら負けだ。
「陰謀って、何の話だよ……」
「それはね、学校の裏で進行中の秘密計画よ。私はずっと調査してきたんだけど、ようやくその全貌が見えてきたの」
そう言って藤崎が見せてくるノートには、謎の円グラフや人物相関図らしきものが描かれていた。
どれもまるで子供の落書きのようにしか見えないが、彼女にとっては真実なのだろう。
「それで、その陰謀ってのは具体的にどういう……」
「秘密組織がこの学校を拠点にして活動しているのよ。先生たちの行動を監視していると、いくつかの不審な点があったわ」
「不審な点?」
「例えば、数学の西川先生。いつも急に電話をかけに職員室を出て行く。何か隠してるのよ」
「それって、普通に電話がかかってきただけじゃ……」
俺が冷静に指摘すると、藤崎は無言で俺を見つめ、言葉を遮った。
「いい? 佐藤くん。スパイは物事をそのまま受け取ってはいけないの。常に裏にある真実を見抜くのが諜報員の仕事よ」
「……あ、そうですか」
もう何も言う気力が湧かない。藤崎の話は続く。
「それで、私は秘密組織の活動を暴くために、学校内に隠しカメラを設置するべきだと思うの」
「隠しカメラって……」
「大丈夫、私、これを持ってるから!」
小野寺が満面の笑みでカバンから取り出したのは、おもちゃの隠しカメラ。
どう見ても子供向けのものだが、彼女はいたって真剣な顔つきだ。
「これを先生たちの会議室に設置すれば、秘密の会話が録音できるかも!」
「それ、絶対バレるだろ……」
俺のツッコミは届かない。藤崎も小野寺も、それぞれ作戦の準備に夢中だ。
「そして……裏切り者の処分も必要ね」
そんな物騒な言葉を呟いたのは、黒崎玲奈だ。彼女はいつも通りの無表情で、鋭い視線を俺に向ける。
「裏切り者?」
「この学校には、私たちの作戦を妨害しようとする者がいる。もしかしたら、先生だけでなく、生徒の中にもスパイがいるかもしれない」
「いやいや、ちょっと待てよ! 何でそんな話になるんだ?」
俺は反論しようとするが、黒崎は聞く耳を持たない。それどころか、彼女は真剣に「裏切り者リスト」なるものを作り始めた。そこには、クラスメイトの名前がずらりと並んでいる。
「まずは西川先生。それから、クラスでやたらと成績がいい山田。彼も怪しい」
「いや、山田はただ勉強熱心なだけだろ……」
「裏社会では、表向きの姿を偽ることは常識よ」
黒崎の言葉には一切の迷いがない。
完全に話が通じない彼女たちに、俺はどうやってこの状況を収拾すればいいのか見当もつかない。
「佐藤くんも、何か提案してみたら?」
小野寺がにっこりと笑いながら俺に促すが、提案も何も、俺はただ普通に学校生活を送りたいだけだ。
しかし、ここで下手に反論すると、さらに事態が悪化する予感がする。
「じゃ、じゃあ……その隠しカメラ、もっと安全な場所に設置するとか……」
「なるほど、具体的には?」
「……えっと、図書室とか……?」
とりあえず思いついた場所を口にしたが、藤崎は満足げに頷いた。
「さすが佐藤くん。確かに図書室なら人目を避けられるし、先生たちも油断しているかもしれない」
本当に実行する気だ。俺の適当な提案が、妙に説得力を持ってしまったようだ。
「よし、次のミッションは図書室に隠しカメラを設置することに決定ね!」
藤崎が堂々と宣言し、小野寺と黒崎もそれに頷く。彼女たちの妄想はますますエスカレートしていく一方だ。
「……これ、本当にやるのかよ?」
俺が呟いたその瞬間、作戦会議は終了した。
こうして、俺は彼女たちの「スパイ作戦」に巻き込まれていくことになったのだった。
******
「俺、本当にこれやらなきゃいけないのか……?」
放課後の図書室。俺は、目の前で熱心に「作戦」を進める藤崎茜、小野寺真奈美、黒崎玲奈に囲まれ、仕方なくカメラ設置に手を貸している。
彼女たちは「学校の陰謀を暴く」ために、おもちゃの隠しカメラを図書室に仕掛けようとしているのだ。
「もちろんよ、佐藤くん。これも諜報員の任務なんだから」
藤崎が自信満々に言う。彼女は完全に俺をスパイだと信じ込んでいる。もう何を言っても無駄だろう。
「でも、さすがに隠しカメラを仕掛けるのは……まずいんじゃないか?」
俺は抵抗しようとするが、藤崎は「大丈夫」と手を振り、話を進める。
「私たちはプロよ。これくらい、朝飯前だわ」
いつも通りの自信たっぷりな態度。だが、俺は目の前で準備を進める彼女たちに違和感を覚えた。
何かが普段と違う。特に藤崎の視線が、妙に俺を追っている気がする。
図書室の奥に隠しカメラを設置しようとしたその時、俺はふと背後に藤崎の気配を感じた。いつもクールに振る舞う彼女が、少しだけ照れくさそうな表情を浮かべている。
「佐藤くん……」
「え?」
「あなた、結構真面目にやってくれてるのね。……意外だわ」
「いや、こんなの真面目にやるほうがおかしいだろ……」
藤崎は俺の言葉を聞きながらも、どこか柔らかい表情をしている。今まで俺に対してこういう顔を見せたことはなかった。普段の冷静さとは違う、ほんの少しだけ温かみを感じるような態度。
「ふふっ、あなたって、意外と頼りになるのね」
その一言に、なぜか心が跳ねた。
こんな風に見られていたなんて考えたこともなかったから、なんだか戸惑ってしまう。
さらに、小野寺も不意に近づいてきた。彼女はカメラを手に持ちながら、俺の横に並んで話しかけてくる。
「ねえ、佐藤くんって、本当に変わったよね」
「変わったって……何が?」
「だって、最初はこんなに協力してくれるなんて思わなかったし。普通、こういうこと嫌がると思うのに……」
小野寺の言葉に、俺は少し驚いた。確かに、なんで俺がここまで彼女たちに付き合っているのか、自分でもよくわからない。
おかしな作戦に巻き込まれているというのに、いつの間にか無理に否定できなくなっていた。
「別に……嫌じゃないってわけじゃないけどさ、何か放っておけないっていうか……」
俺がそう言うと、小野寺は小さく微笑んだ。彼女の顔が少し赤く見えるのは気のせいだろうか。
「……でも、ありがとうね。こうやって協力してくれて」
小野寺の言葉は、いつもより静かで優しい。いつも明るくて元気な彼女が、こんな風に穏やかに話すのは珍しい。
「いや、別にそんな大したことはしてないよ」
そう返した俺の声は、なぜか少し上ずっていた。
今まで彼女たちの妄想に振り回されてばかりだったけど、こうして何気ない言葉で感謝されると、不思議と悪い気はしない。
そして、今度は黒崎玲奈が近づいてきた。彼女は、俺が設置しているカメラの様子をじっと見つめている。
「……不器用ね、あなた」
「そうか? これでも一応ちゃんとやってるんだけど……」
「私が手伝うわ」
黒崎は無言で俺の手からカメラを取り、自分で位置を調整し始めた。彼女の冷静で無駄のない動きに、俺は少し感心する。
「玲奈って、器用なんだな……」
「当然よ。暗殺者たる者、常に正確な動きが求められるもの」
そう言う彼女は真剣だが、その表情にどこか柔らかさが混じっている。
いつもの鋭い目つきではなく、少しだけ優しげな顔つきだ。
「……あなたには感謝してる。任務に協力してくれて」
黒崎が俺を見つめながらそう言った。その言葉はどこか重みがあり、普段の彼女の態度とは違う。
「まあ……なんだかんだ、こうやって一緒にいるのも悪くないし」
俺が照れくさそうに答えると、黒崎は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにまた冷静な表情に戻った。
彼女たちが何気なく俺に向けてくる言葉や態度。それが、今までと少し違うことに俺は気づき始めていた。彼女たちの妄想に振り回されてばかりいたが、その中で少しずつ、彼女たちの本音が見え隠れしているように感じる。
「なんだか……俺、最近おかしくなってきたのかもしれないな」
自分が何を感じているのかは、まだはっきりとはわからない。けれど、彼女たちと過ごす時間が少し心地よく感じられるようになってきたのは確かだ。
「よし、作戦は無事終了ね」
藤崎がカメラの設置を終え、満足げに頷く。
これで一応、彼女たちの「作戦」は完了したことになる。俺もようやく一息つけるかと思ったが、どうやら彼女たちはこれで終わるつもりはなさそうだ。
「次はもっと大掛かりな任務が必要ね」
藤崎の一言に、小野寺と黒崎も同意する。
俺はまた新しい作戦に巻き込まれる予感を覚えながらも、どこか心が温かくなるのを感じていた。
******
──作戦は、あっけなく失敗に終わった。
「……これで本当に終わり、なんだよな?」
図書室での「隠しカメラ設置作戦」が、わずか数日で破綻するのは予想通りだった。
そりゃそうだ。おもちゃの隠しカメラなんて、普通に見つかるし、怪しまれるに決まっている。
案の定、図書室を利用していた先生にすぐバレて、カメラは回収され、俺たちは軽い説教を受けただけで済んだ。運が良かったとしか言いようがない。
「まあ、最初のミッションだし、失敗はつきものよね」
藤崎茜はそう言ってケロッとしている。作戦が失敗しても、彼女は何ひとつ気にしていない様子だ。
むしろ、新しい作戦を考えるつもりで、次なる「陰謀」を探っている。
「次こそは完璧にやってみせるわ。佐藤くん、期待しててね」
「いや、もう勘弁してくれよ……」
俺は深い溜め息をついたが、彼女のその自信満々な態度に、どこか安心感を覚えている自分がいた。
そういえば、彼女たちの妄想に巻き込まれてから、意外と退屈しない日々を送っていたのかもしれない。
「ごめんね、私がもう少し気をつけていれば……」
小野寺真奈美が隠しカメラの失敗について少し落ち込んでいるようだった。
彼女が持ち込んだカメラはおもちゃだったとはいえ、彼女なりに真剣に取り組んでいたのだろう。
「いや、小野寺のせいじゃないって。そもそもこんな無茶な作戦、無理があったんだよ」
俺がフォローすると、小野寺は少し顔をほころばせた。
「そうだよね……でも、佐藤くんが一緒にいてくれて楽しかったよ。ありがとう」
その言葉に、また心臓が跳ねた。こんな風に感謝されるなんて、想像してなかった。
もしかしたら俺、少しは役に立てたのかもしれない。
いやいや俺は何も考えているんだ。
「今回は失敗したけど……次は裏切り者を本気で探す」
黒崎玲奈は未だに諦めていない様子だ。彼女はどこか遠くを見つめながら、また新しい計画を考えているらしい。
「裏切り者ってのは、もういいんじゃないか……?」
「いいえ、任務は続いている。次はもっと慎重にやるわ。あなたも、私を信じてくれるわよね?」
その真剣な目つきに、俺はどう返事をすればいいのか分からなかった。
でも、これだけ信頼されているのなら、まあ少しは付き合ってやってもいいかな、なんて思ってしまう。
結局、彼女たちはそれぞれ満足した表情を浮かべながら帰っていった。
「次の任務が来るまで、待ってるわ!」
藤崎は最後にそう言い残し、教室を去っていった。俺はその後ろ姿を見送り、再びため息をつく。
「本当に次の任務なんてあるのかよ……」
だが、心の中では不思議とその「次」を少し楽しみにしている自分がいる。
彼女たちの奇妙な作戦に巻き込まれる日々は、意外と退屈しなかった。平穏な日常が戻ってきたようで、どこか物足りなさも感じている。
「俺、いつの間にこんな風に思ってたんだろうな……」
彼女たちの妄想には辟易していたはずなのに、いざ終わってみると、少し寂しい。
俺は自分が変わってきたことに気づき始めていた。今まで避けていた「面倒事」も、彼女たちと一緒にいることで、少しずつ受け入れられるようになっていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然教室のドアが開いた。振り返ると、そこには見慣れない制服を着た女子生徒が立っていた。
「えっと……今日からこのクラスに転校してきた、椎名清美です。よろしくお願いします」
彼女はそう言って、一礼する。クラス中がざわめく中、俺はぼんやりと彼女を見つめていた。
何かが違う。彼女の雰囲気は、これまでのクラスメイトとは違うものを感じさせる。
「佐藤くん、よろしくね」
彼女が俺に視線を向けた時、胸の奥で何かが引っかかるような感覚を覚えた。
まだ理由はわからない。でも、彼女がこのクラスに来たことで、また新しい何かが始まる予感がした。
読んでいただきありがとうございます!
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