第十九話 孫弟子
「久しぶりだな、リーナ」
俺の顔を一瞥すると、咥えていた煙管をやめ、煙をゆっくりと吐き出した。
「久しぶりね。ハヤト」
それだけ言うとまた書類に目を落とす。別にこれは嫌われているというわけではなく、昔からリーナはこんな奴だった。
魔法の研究第一で、無愛想で、利己的で、他のことなんてどうでもいい。
「見てくれ、彼女はアリア・フーバー。俺の弟子だ」
俺の紹介で、アリアも頭を下げる。
「アリアです。以後お見知りおきを」
「無理ね。多分忘れるから、また教えて」
流石の塩対応にアリアも固まっている。
「おいおい、リーナにとっちゃ孫弟子だぜ? 何か授けてやってくれよ」
俺の言葉に反応したのはアリアだった。
「孫弟子?」
「ああ、言ってなかったか? リーナは俺の魔法の師匠なんだ」
俺がそう言うと、リーナは心底嫌そうな顔をする。
「私の弟子を名乗るのはやめなさい。私の名が落ちるわ。それにあなたにはキホンのキしか教えてないし」
俺はニヤリと笑うと、リーナに言い返す。
「じゃあアリアにも授けてやってくれよ。キホンのキをさ」
リーナは俺を睨むが俺は笑みを絶やさない。暫くすると、口から煙を吐き出し、ため息を吐いた。
「分かったわ。少しだけよ」
そう言うとリーナは椅子から立ち上がり、アリアと向き合う。
「アリア、魔法は使える?」
「《火球》を。あと回復魔法を練習中です」
「《火球》に回復魔法……ハヤトらしいわね。」
「俺が教えられるのはそれぐらいだからな。回復魔法は生存率に直結するし」
「ってことは、次教えるのは防御魔法あたりかしら?」
「まあそうだな。あとは簡単な攻撃魔法も」
防御魔法は集団戦闘の際には役立つが、魔法剣士は回避行動が取れるし剣で受けたりもできる。俺の経験則から言うと、習得順位は低い魔法だ。
加えて、防御魔法習得のためにはそれなりの攻撃を受け止めて効果を試さなくてはならない。
最初から防御魔法が成功しなかったら死ぬレベルの攻撃を受ける必要はないが、やはり痛いものは痛い。
とは言え、勇者が痛みに全く体制がないのも問題だと思ったから、ナイフ程度の傷で試せる回復魔法を覚えさせたが。
俺がそんなことを思っている間に、リーナは棚から水晶玉を持ってきていた。
「魔法には火、水、風、土、光、闇の全部で六つの属性があるの。程度の差はあれ、魔法を使うものはこの六つの属性のどれかに偏りがでるわ。まあ、得意不得意ね」
リーナが水晶玉に手を当て、魔力を流す。すると、透明だった水晶玉が紫に染まった。
「この水晶玉は魔力を込めた者の最も得意な属性を色で現してくれるわ」
「じゃあ、リーナさんは紫で闇属性ですか?」
「そうね」
「じゃあ師匠は……」
「俺は火属性だな」
俺が最初にアリアに《火球》を教えたのは、俺が最も得意とする魔法だったからだが、それは俺の魔法属性が火属性というのも大きいだろう。
アリアは俺でも分かるぐらいワクワクしながら、水晶玉に手を当て、魔力を流す。すると、水晶玉が黄色に光りはじめた。
「これは……光、ですか?」
「勇者らしい属性だな」
「光属性は防御や回復が得意な属性よ。もちろん攻撃用の魔法もちゃんと開発されているから、心配いらないわ」
「あの、もし得意な属性とは違う属性の魔法を使いたいと思ったら、どうやったら使えるんですか?」
アリアには俺が《火球》を教えたから、光属性の自分が火属性を使えることに疑問を持ったのかもしれない。
リーナは煙管から煙を吐いて答えた。
「ようはコスパなのよ。光属性の魔法なら、あなたは他の属性の魔法よりも早く覚えられたり、使用魔力量が少なくて済むわ。逆に苦手な属性なら、覚えるのに時間がかかったり、魔力が倍必要になったりするわ」
それだけいうと、リーナは席に座り直して、書類に目を落とした。
「基本の「キ」は教えてあげたわ。おせっかいはここまで、いいわね?」
リーナは薄情な奴だが、仲間としての義理だけでここまでやってくれた。これ以上を臨むのは酷だろう。
「ああ、ありがとう。しばらくはエレンのいる聖勇教の教会にいるから、何かあったら声をかけてくれ」
「分かったわ。また、いつか」
書類に目を落としているように見えて、リーナの目は俺たちをちゃんと見ていた。