8話「積み重ねで」
「どうなってるんだ、最近」
ガットソーは溜め息をこぼす。
城内の治安が悪化していることを彼は非常に気にしていた。
「それが、喧嘩が多発しておりまして……先ほどの大きな音も殴り合いによって片方の方がつぼに突っ込んだことによる音です」
「喧嘩していたやつらに弁償させろ!」
「はい、今後そうなるかと思われます」
「喧嘩なんぞで高級な品を壊すなど論外だ。あり得ない。どうしてここにはそんな野蛮な女がたくさんいるんだ……」
既に王家が長きにわたり大事にしてきていたいくつもの高級な品を破壊されている。
それに対して不満を持っていない王族ではなかった。
守ってきたもの、大切にしてきたもの、それを軽い気持ちで壊されれば苛立ちも募るというものである。
「すべてはレイビアがいなくなったせいだ」
「そうかもしれませんね」
「なら! 言いたいことは分かるだろう?」
「何でしょう」
「レイビアを連れ戻すんだ」
「……な」
「ここへ。そうしてもう一度あいつに不動の悪役となってもらう」
ガットソーの心には企みが生まれていた。
そう、それは、レイビアをもう一度連れ戻し利用するという悪質な企み。
「その予定で話を進めておいてくれ」
「……は。承知いたしました」
ただ、そのような作戦がすんなり成功するかといえば、その辺りは未知数である。
なんせ彼女は魔王のもとにいる。
それを簡単に取り戻せるかといえばはっきりしない点が多い。
◆
その頃レイビアはというと西の塔付近にある魔王の住処にて穏やかに生活していた。
あの日用意してもらった客室に今も住んでいるのである。
「レイビア殿、少し良いか?」
魔王――アドラストは、レイビアのことを気にかけていた。
それで、定期的に彼女のもとを訪ねるのだ。
用事なんてない。
そんな日であっても彼は彼女のもとへ行くことを欠かさなかった。
「……アドラスト様」
彼によるこまめな接触が凍り付いたレイビアの心に雪解けを迎えさせている――徐々に、ではあるが。
「何かご用でしょうか」
「いや特にこれといった用ではないのだが。この前の贈り物について少し意見を聞かせてほしく」
はじめのうちはレイビアはアドラストに対してそっけない態度をとっていた。が、それでもアドラストは挫けず、彼女へ声をかけ続けた。小さなことだけれどそれを積み重ねることによって関係は変わってゆくもの、アドラストの行動はまさにその王道であった。
「あのマカロンについてですね」
「そうだ。味なのだが、お主の好みにはどの程度一致していただろうか? ぜひ、正直なところを聞かせてほしい」
今日のアドラストは大きな手で小さなメモとペンを持っている。
「レモンが一番好きでした」
「おおそうか」
「ですがどれも美味しかったです」
「お主の好みに合っていたということだな」
「そうなりますね」
「それは良かった。ちなみに一番評価低めな味はどれだ」
「特別嫌いなものはありませんでしたけど……敢えて探すとすればマメタチオでしょうか」
マメタチオというのは魔物らが昔から育てて食べている豆の一種である。
「あれの味にはあまり馴染んでいませんので」
「ああそうだなそれはそうだろう」
「けど、美味しくないと言うほどの嫌いさではありません。美味しいことは美味しいです」
「遠慮はいらぬぞ?」
「いえ、遠慮ではなく。思ったまま、純粋な意見です」
「なら良い」