15話「言わずに後悔はしたくない」
たどり着いたのは魔王の執務室。
彼はその部屋の中へ入るとレイビアに椅子へ座るように促した。
レイビアは一瞬戸惑ったような顔をした。用意されていたクッション性のある高級そうな椅子に自分が座るよう言われるとは思ってもみなかったのだろう。しかし想定外だとしても促しは促し。拒否するのもおかしな話で、ゆえに、彼女は戸惑いの色を抱えたまま指定の椅子に座った。
「それで、お話――頼み、とは、一体?」
魂燃ゆる炎のような、何よりも愛す薔薇の花びらのような、落ち着きと高貴さをはらんだ色の瞳がアドラストをじっと捉える。
「この際あれこれ遠回しに言うのはくだらないといったところか。では、単刀直入に言わせてもらおう」
「はい」
「お主、我が妻となる気はないか?」
レイビアの目は見開かれる。
彼女は動揺していた。
大声を出したり暴れたりといったことはないが、その目もとには心の揺れが確かに表れている。
「え……あ、そ、それは……一体……」
すらすらと言葉を紡ぐことはできない。
「驚かせてしまうだろうとは想像していた。だがそれでも一度言ってみようと思ってな。言わぬまま終わって後悔というのが一番虚しいからな」
アドラストとて驚かれないと思っていたわけではない。すんなり受け入れてもらえるだろう、なんて、そんな希望的観測の中で息をしているわけでもない。驚かれることも戸惑われることも覚悟したうえで、それでも敢えて口にしたのである。後悔はしたくない、それが彼の一番の思いだった。
「一体どういう……どういう、冗談なのですかそれは……」
「冗談ではない」
「いいえ冗談です。そうとしか思えません」
「いやだから本気なのだ」
「待ってください! ……そのように言われましても、私にはそれが本気であるとは理解できないのです」
ただ、レイビアはまだ受け入れられていない。
「私は人間、貴方は魔物の王、結ばれるべき二人ではないと思います」
「そのようなことは関係ない。大事なのは心であって種族ではないからだ。それに、お主が知っているから知らんが、お主に王妃となってほしいという意見も結構出ているのだ」
アドラストがそう言えば、レイビアは目を細めて僅かに顎を引く。
「だから、ですか」
その面には微かに警戒の色が浮かんでいた。
「皆が望むから、そうしようとしているのですか」
私が愛されるはずもない――レイビアはそうやって自分を納得させてこの想定外の事象を理解しようとしているようであった。
「それは違う」
「皆の期待に応えるため、ですよね」
「違う! ……それは違うのだ、本当に、お主を妻としたいというのは我が心であり我が感情だ」
二人はお互いを強く見つめ合う。
ただ、そこにあるのは愛し合いの色ではない。
「本当に、貴方の意思で、私を求めるのですか」
レイビアは問う。
「ああ」
アドラストは答える。
――静寂が訪れた。
執務室には二人だけしかいない。それゆえ二人が黙ってしまえば一気に静けさに包まれる。にぎやかし要員なんていない。
――長い沈黙の果て。
「そうですか、分かりました」
レイビアが先に口を開いた。
「では、それを踏まえて、少し考えさせてください」
そっと目を伏せる。
「ありがとうレイビア殿」