見るからに怪しい男がやって来ました
「あー、なんかムシャクシャするな」
「溜まってんだよ、色々と」
「こういう時は、酒と女に限るな」
まだ町全体が静かに眠る、朝日すら見えない薄暗い朝方。背中を丸めながら街中を歩く、絵に描いたようなガラの悪さの男3人は、どこか鬱憤溜まった様子だった。みんな寝静まっているというのに遠慮なく大声で話している姿から見ても、その育ちが手に取るように分かる。
「けど花街なんかで女買ってたら、金足りないぜ」
「うーん………」
寂しいポケットに手を突っ込んで、自分たちの手持ちの無さを再確認する。これではとても遊郭で女を買って遊ぶ、なんて贅沢は出来なさそうだ。しかし、この溜まった欲望の捌け口が欲しい。どうしたものか。黙り込む3人の中で、真ん中を歩いていた男が1人、「あ」と声を漏らす。
「良い事思い付いた」
「なんだよ」
「巫女だよ、この町の」
「巫女ぉ?」
「巫女って、あの無愛想な嫌われ者の?」
巫女と言えば間違いなく菖蒲の事であったが、何故ここであの巫女の名が上がったのか。未だにピンと来ていない様子の2人に、提案者の男はニマニマと厭らしい笑みを浮かべて声を潜める。
「あの巫女を襲えばいいんだよ」
「はぁ?襲うったって………、どうやって」
「適当な嘘の依頼をして家まで誘き寄せて、その後は力づくで監禁すりゃいい」
「お、おい、んな事したら犯罪だぞ?いくらなんだって………」
「なぁに、だからこその巫女なんだよ」
嫌われ者の巫女の身を心配する奴なんて、この町にはいない。むしろ清々したとすら思う奴だっているだろう。数日くらい行方不明なったって、大した騒ぎにもならないし、最悪殺して山にでも捨ててしまえばいい。………それが、この男の浅はかな考えだった。他2人の男も、なるほど、と納得したようで、ならば早速今日日が昇ったら寺にでも行こうではないか、と盛り上がった。
「けど巫女とヤって、祟られたりしないかな」
「んなのある訳ねぇだろ!巫女なんてインチキなんだから、インチキ」
「そうそう。それに、儀式だか何だか知らんが、その場で出会った男に簡単に股開くような女だぞ?」
「そうだな、何なら儀式の手伝いをしたって事で、俺たちにもたんまり報酬を分けて貰いてぇくれぇだ!」
男たちは、自分たちの天才的な考えと計画にすっかり気分が乗り、ゲラゲラと汚い笑い声を響かせていた。その足は、意気揚々と、静かに佇む寺の方へと向かっていったのだ。
「家に霊がいる?」
「へ、へぇ………、そうなんですわ」
私の前に立つ、3人の見窄らしい男。ヘコヘコと後頭部を掻きながら、薄ら笑いを浮かべている。
彼らは朝早く、この寺へとやって来た。巫女様に依頼がしたい、との事で和尚様に呼ばれ、今に至る。聞けば、彼らの住む家に悪い霊が住んでいて、もうここ何日も眠れていない程悩んでいるらしい。
「霊がいるとは………、例えばどんな現象が起こっているのでしょう」
「え?げ、げんしょ………?」
「な、何が起こってるんだっけ?」
「え、えーっと………、ほら、なんか勝手に物が落ちたりよぉ!」
ああ、そうだそうだ!と慌てて口裏を合わせる3人組。何だかあまりにも様子がおかしいが、折角入って来た仕事であり、大事な依頼人だ。無下にすることはできない。
「………おい、何だこの胡散臭い奴ら」
「……………」
私の後ろでは、黒馬様、白鹿様、紫狐様、青兎様がそれぞれ並んで、事の様子を見守っている。彼らもこの3人組のあまりの怪しさに、思わず訝しげな目を向けていた。
「分かりました。とりあえず、あなた方の家に向かいましょう。そこでまた詳しく聞かせて下さい」
「へ、へぇ、ありがとうございます巫女様」
「報酬はたんまり払いますんで」
それだけ言って私は、早速お祓いの儀式の準備の為、奥の部屋へと引っ込んだ。すると、その後に続く黒馬様に腕を掴まれる。
「おい。受ける気か、あの依頼」
「当たり前です。折角の仕事ですから」
「どう考えても怪しい気がするけど」
引き留めた黒馬様に乗っかる様に、白鹿様があの例の3人組の方を睨みながらそう言った。つられる様に窓から外へと視線を移すと、やはりあの3人の男たちが、何やら丸くなってヒソヒソと会話をしている。私とて、決して何も感じていない訳ではない。家に霊が出ると言ってここへ来た割には、あまり悩んでいる様子ではないし、とても寝不足とは思えない血色の良い顔色。何よりも、本人たちのあの態度………。引っかかる事ばかりではある。しかし、この依頼が嘘であるという確証も無い。もしかしたら本当に困っているかもしれない可能性も、無くはないのだ。
「まずは彼らの家に行ってから判断します。怪しいと決め付けるには、まだ早いですから」
「心配してるんだよ、菖蒲様に何か良からぬ事が起こるんじゃ無いかって」
「………心配?」
青兎様の口から出た、聞き慣れない言葉に私は思わず振り返った。青兎様もそこに突っ込まれるとは思っていなかったようで、私の反応に「え?」と驚いた声を漏らす。
「誰が心配なのですか?」
「え、菖蒲様のことに決まってるでしょ」
「私のことが、心配?」
言われ慣れない言葉がむず痒い。いつも私がどれだけ苦しんでいたとしても、この町の人は見て見ぬふりだったり、逆に喜んでいたりしたものだ。心配されることなんて………。ますます彼らの考えていることが分からない。
思わず弛みそうになった表情筋にキュッと力を入れて、前を見据える。今はそんな事より仕事だ。必要のない感情はすぐに振り払い、そのまま自分の部屋へと消えていく。
「………なんか、笑ってた?」
「いや………、相変わらずの無表情だったけど」
「気のせい、かな………」
一方で、巫女を外で待つ男たちは、焦っていた。巫女の後ろに控えていたのが、若い男の軍人たちだからだ。そういえば昨日辺りから儀式が始まって、男が何人かここに住んでるんだっけ………、と普段適当に聞き流していた情報を思い出す。
「軍人か………。めんどくせぇな………」
「なに、適当なこと言って、巫女を1人にすればいい」
「アイツらも儀式の為に無理矢理ここへ呼ばれたんだ。巫女を庇う様な義理もないだろ」
外から御堂の中の方へと恐る恐る視線を移すと、こちらを睨む様に見つめる4人分の目が、軍帽の奥から光っていた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、慌てて視線を逸らす。まずい、第一印象はかなり最悪の様だ。既にだいぶ怪しまれている気がする。しかし見切り発車で始めたこの計画に、今更後にも引けなくなってしまっていた。
「お待たせしました」
そしてパタパタと慌ててやって来た私の背後に、まるで怯えた子犬の様に隠れながら、怪しげな男たちは黒馬様たちを指差した。
「あ、あのー、巫女様………。コイツらも付いてくるんですか?」
「はい。彼らは私の付き人です。怪しい者ではありませんので、ご安心を」
「い、いやぁ………、なんか…………」
私の後ろで小さくなる男たちを、まるで眼圧で殺すつもりなのではないかという勢いで見下す黒馬様たちに、私は思わず目で控えるよう合図を送った。誰だって軍人の男4人に睨まれたら怖くもなるだろう。依頼人を怖がらせてどうするつもりなのだ。
「………本日はご依頼ありがとうございます」
「………怪しい動きをしたら、すぐにお巡りに引き渡すからな」
先程とは打って変わり、わざとらしいニッコリとした満面の笑みを浮かべる黒馬様、白鹿様、紫狐様、青兎様に、私は溜息を落とすのだった。